暦法上の太歳
木星は天球上を西から東におよそ12年で1周するため、木星は天球を赤道沿いに12等分した区画(十二次)をおよそ1年に1つ進むことになり、木星の十二次の位置で年を記述することが可能であった。
しかし、十二次は西から東に天球を分割したもので、地上の方位(12に分割されて十二辰と呼ばれ、それぞれに十二支が当てられている)とは逆方向となって不便であった。
このため、天球上の木星の軌道の直径を基準に、木星と線対称の位置にあって東から西へ移動する仮想の星を設定した。これが太歳である。
このように、太歳の十二辰の位置で年を記述する方法を太歳紀年法と呼ぶ。
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太歳星君
上記の太歳が信仰の対象となり神格化されたものであり、祟り神として畏怖の対象とされた。
中国の天文官達は太歳星君のもたらす災いを避けるため、特にその年の太歳の方位に注意したという。
太歳を恐れる信仰は長く、古くは後漢の王充が『論衡』で取り上げている。
太歳は天上の木星と呼応して土中を動く肉の塊と考えられ、住居を建設するときは決してその上に建ててはならないとされた。
『太平広記』(宋代に勅纂された説話集、宋以前の志怪小説や伝奇小説などの説話を網羅している)には、太歳の祟りを信じず地下から掘り起こしたために一族滅亡となった家の説話が記されている。
中国の民間信仰でも、太歳星君は凶神の代表格とされ、もっとも恐れられた神格であり、
「太歳頭上動土(太歳の頭上で土を動かす)」(身の程知らずの行為をすること)ということわざが存在する。
なお、時に土中から肉の塊のような物が掘り起こされることがあり、始皇帝の時代から「肉霊芝」の名で記録にあるが、「土中を動く肉の塊」と考えられた太歳のイメージ形成に繋がったのではないかと考えられる。
科学的な視点では、これは変形菌(いわゆる粘菌)の変形体ではないかと考えられている。
近年では、1992年に中国陝西省で地下から25.5kgもある巨大な肉の塊のようなものが発見され、太歳と呼ばれている。
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太歳神
上記の太歳星君信仰が日本に伝わり陰陽道の8人の方位神(八将神)の1人となったもの。同じ八将神の一人である太陰神の夫ともされる。
太歳神は、木星(歳星)の精とされ、万物の生成をつかさどるという。また、君主的な立場にあり、八方に影響力を持つとされる。
木星の精とされることから、樹木や草に関する性格を持っており、太歳神の位置する方位に向かって、草木等を植えつけることなどは吉であるが、樹木の伐採や草刈りなどは凶とされる。
君主的な立場にある神であることから、争いごと(訴訟や談判など)や葬儀・解体などは疫災にあうとされるが、貯蓄や家屋の建築や増改築、移転、商取引、結婚、就職などは大吉とされる。
ある年における太歳神の位置する方角は、その歳の十二支の方位と同じ方角となる(上述の「暦法上の太歳」参照)。