概要
社号の正字体は「靖國神社」。東京都千代田区の九段下にある、明治時代に創祀された神社。
「靖国」という社号は明治天皇の命名によるもので、「祖国を平安にする」「平和な国家を建設する」という意味。
神社の境内には戦没者の遺品が展示された遊就館を始め、日本近代軍事史にまつわる文献を多数収蔵する靖国偕行文庫、東京裁判に出席したラダ・ビノード・パール判事の顕彰碑、靖国刀と呼ばれた軍刀の製造所を戦後に茶室に改修した行雲亭、春の例大祭に全力士が奉納相撲を行う相撲場、戦争で犠牲になった軍馬・軍用犬・伝書鳩のための慰霊碑など様々な施設が存在する。
桜の名所としても高名であり、春になれば「靖国の桜」目当ての花見客も参拝ついでに多く訪れる。
ちなみに気象庁は境内にある三本のソメイヨシノを、東京都での桜の開花日を決定する『標準木』として指定しているため、これが開花すると東京都下の桜の開花宣言が行われることになる。
解説
かつては内務省、大日本帝国陸軍と大日本帝国陸軍所管の官幣社であった。特に戦時中においては、当時の軍部から戦意高揚・国威発揚の具として利用され、戦後は国家管理を離れ単立宗教法人(神社本庁に属していない)となった。
祭神となるのは戊辰戦争以降の戦没者であり、軍人ばかりでなく「国家保衛のために殉じた」とされた神霊が身分・勲功・男女の区別なく祀られ、祭神の数は246万6000柱以上であり、幕末の志士も大勢祀られている。ただし、明治維新に貢献した人物であっても、西郷隆盛や江藤新平らは政府と対立する形で死亡したため朝敵として祀られていない。くわえて銃殺刑にされた軍人も靖国神社に祀られることはない。
祭神名にはすべて本名に『命』が付く形となり、一例として歩兵第28連隊20代目隊長・一木清直は『一木清直命(いちききよなおのみこと)』となる。
なお小野田寛郎や舩坂弘など、合祀後に生存が確認された場合には祭神簿に『生存確認』と備考を記入し、初めから神霊がいなかったことにしている
この他にも国家総動員法や国民義勇隊の従事中の死亡者、終戦までの外務省等職員、ひめゆり学徒隊をはじめとした女学校生徒、沖縄疎開学童なども合祀されている。
祝祭空間としての靖国神社
元軍人の軍装参拝は戦後間もない頃から行われている。戦前生まれの著者のエッセイなどには、露店、見世物小屋、競馬、サーカスなども常設される一大レジャーランドであったことが描かれ、いかがわしくも魅力的な雰囲気の場所だったと描かれている(参考:坪内 祐三『靖国』)