概要
”蒿里”とは、小野不由美の小説『十二国記』に登場する麒麟・泰麒・高里要のことを指した雅号である。
もとより蓬山の捨身木から生まれる麒麟に名というものはなく、蓬山にある間は「蓬山公」、国にあっては官吏や使令から「○(国の名前)台輔」と呼びならわせるのが通例となっている。
ただし、 王だけは必ずしもその例にならうことはなく、 「景麒」「塙麟」と呼ぶこともあり、なかには「照彰(宗麟のこと)」、「梨雪(氾麟のこと)」と愛称をつける王もある。鳴蝕によって応仁の乱直前の蓬莱(日本)に胎果が流された延麒にいたっては「六太」は親につけられた名前だが、延王・尚隆につけられた愛称は「馬でもない、鹿でもない生き物だから馬鹿」 というヒドいものになっている。
高里要の場合
ケースとしては延麒・六太に最も近いが、六太が乱世に流されているのに対し、高里要は現代に流されたものとなっており、泰王・驍宗がつけた愛称も雅号に近いものとなっている。
驍宗「蓬莱生まれなら名があるな。なんという?」
驍宗「台輔と呼ばれるのは、大役を念押しされているようで息が詰まろう。ーなは?」
要 「‥‥‥高里、要です」
驍宗「名はよいな。文字どおり戴国の要となるのだから」
「姓は面白い。高里という山が蓬山にあるのを知っているか?」
要 「いえ」
驍宗「死者の魂魄が還るという。草冠をつければ、死者の住む山の名だな」
「いっそ不吉で縁起がよかろう」
要 「死者の‥‥‥」
驍宗「死気はやがて生気に転じる。死者もやがて生者に還ろう」
「-蒿里、お前が戴にとってもそのように、再生を約束するものであるように」
蒿里の語源
[1] 中国、泰山の南にある山名。死人の魂がそこに来て留まると考えられた。
[2] (転じて) 墓地。墓場。
※文華秀麗集(818)中・奉和侍中翁主挽歌詞〈菅原清公〉「桃蹊長掩レ迹、蒿里忽迎レ轜」 〔古詩‐蒿里曲詩〕