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能見篤史の編集履歴

2021-12-18 17:59:00 バージョン

能見篤史

のうみあつし

オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手(一軍コーチ兼任投手)。メイン画像は阪神時代。

概要

兵庫県出身。鳥取城北高時代は川口知哉(元オリックス・ブルーウェーブ)、井川慶(元阪神、オリックスなど)とともに「高校生左腕三羽ガラス」と呼ばれた。

後に社会人野球・大阪ガスに入社。ケガを抱えながら活躍し、2004年自由獲得枠で阪神タイガースに指名され入団。背番号は「14」。


ルーキーイヤーの2005年は即戦力として開幕一軍入りしたが、16試合で防御率5.57と振るわなかった。翌2006年ジェフ・ウィリアムスに変わる左の中継ぎとして38試合登板。

2007年2008年は不安定な投球が目立ったが、2009年に自身初の2ケタ勝利となる13勝を挙げて一軍に定着。この年規定投球回にも到達した。

2010年は途中ケガで戦線離脱した時期もあったが、結果的には8勝0敗の成績を残す。

2011年は自身初の開幕投手を務め12勝をマーク、200イニング到達を達成。2012年は中盤に調子を落としたものの2年連続2ケタ勝利となる10勝をマークした。

2013年は鳥谷共々WBC日本代表に選ばれた。


またバッティングが好きで、「野球人生、プロで1本は打ちたいなと思っていた」と述べた。

そして2013年5月6日にプロ初ホームランを放った。


2020年10月21日、阪神を自由契約となる。12月8、一軍投手コーチ兼任として、オリックス・バファローズと契約合意したことが発表された。背番号は「26」。

若手選手の指導も務めながら左の中継ぎとして26試合に登板。5月8日には小宮山悟と並ぶ歴代最年長での1.500奪三振も記録した。

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