ピクシブ百科事典は2023年6月13日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴

目次 [非表示]

概要

1972年6月6日生まれ、オーストラリアキャンベラ出身。

ポジションは投手、左投右打。


米国の大学への留学を経て、ロサンゼルス・ドジャースに入団。1999年9月にメジャーデビューを果たした。


2003年に阪神タイガースに入団。

クローザーとして25セーブを挙げ18年ぶりのリーグ優勝に貢献した。

2004年のアテネオリンピックではオーストラリア代表として出場。準決勝の日本戦で日本打線を徹底的に抑え込むなどオーストラリア代表の銀メダル獲得に貢献した。

シーズンでは昨年より数字を落としたものの、オリンピックでの活躍が評価され2年契約で残留。


2005年以降はセットアッパーに転向。藤川球児久保田智之とともにJFKの一角として活躍した。

特に2007年は、9月17日時点で自責点1、防御率0.15という驚異的な成績を記録。その後は疲労からか安定感を欠く場面も見られたが、最終的には60試合に登板し1勝2敗、防御率0.96という好成績を残した。


しかし、左肩の怪我の影響もあり2009年限りで退団。

現役復帰を目指しリハビリに励んでいたが2011年2月に引退を発表した。

NPBに所属した7年間で通算141ホールド・154ホールドポイントを記録したが、これは浅尾拓也に抜かれるまでプロ野球史上最多記録であった。


引退後は阪神の駐米スカウトに就任し現在に至る。


選手としての特徴

150km/hを超える速球とスライダーを織り交ぜるサウスポー。

サイドスローから放たれるスライダーは非常に変化が大きく、数多の左バッターを苦しめた。


関連タグ

阪神タイガース JFK

関連記事

親記事

日本プロ野球でプレーした外国人選手一覧 にほんぷろやきゅうでぷれーしたがいこくじんせんしゅいちらん

兄弟記事

pixivに投稿されたイラスト pixivでイラストを見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ 総閲覧数: 3311

コメント

問題を報告

0/3000

編集可能な部分に問題がある場合について 記事本文などに問題がある場合、ご自身での調整をお願いいたします。
問題のある行動が繰り返される場合、対象ユーザーのプロフィールページ内の「問題を報告」からご連絡ください。

報告を送信しました