概要
1956年11月16日に公開された、トムとジェリーの短編映画の一つ。
本来、トムとジェリーといえば、ネコのトムとネズミのジェリーが追いかけっこをするドタバタコメディであるが、この話だけ、実は他の短編映画の作品と異なり、かなり特異な内容になっている。後述する内容を確認すれば分かるが、この話は、本来の作品なら喧嘩をすることが多いトムとジェリーが、この話では喧嘩をしない上に、一切の救いのない悲劇の作品になっている。
内容
とある鉄橋の線路の上に、ボロボロの姿になったトムが、絶望の表情で座り込んでいた。これをジェリーは、信号機の上から哀れそうに眺めていた。
「可哀想に。もうすぐ何もかも終わって楽になれる。彼女と知り合ってからというもの、辛い毎日だったねぇ…」
「すっかり恋に窶れた惨めなその姿。人はなぜキミを助けなかったのだと聞くだろう。分かっているさ。でも、止めないほうがキミのためだ」
そして、ジェリーはトムの身に何があったのかを語りだす。
ある日の朝、親友同士のトムとジェリーは仲良くジュースを飲み合っていた。その時、一匹の白い雌ネコが現れた。彼女の容姿端麗な姿を見て一目惚れしてしまったトムは頭が吹っ飛び、必死に止めようとするジェリーの抵抗も虚しく、彼女に磁石のように引き寄せられてしまった。
それ以来、純情すぎるトムは、雌ネコの虜になり、彼女の言い様にされてしまった。それでもこれまでであんなトムは見たことがないとジェリーに言わしめるほどの幸せそうな姿を見せていたが。
しかし、そんなトムの前に恋のライバルが出現した。金持ちのブッチだ。ブッチも雌ネコに一目惚れし、トムから彼女を奪おうとしたのだ。
強力なライバルの出現に、トムの心は燃えた。(何かを危惧したのか)ジェリーは必死でトムを止めようとするも、完全に言うことを聞かなかった。
まず、トムは一輪の花をプレゼントするが、既にブッチからは沢山の花でできた大きなリングをプレゼントされていた。
次に小さな香水をプレゼントするトムだったが、ブッチはタンクローリーいっぱいの香水をプレゼントしていたのだった。
この時点で勝敗は決まっていた。だが、トムは決してあきらめなかった。トムは全財産を費やし、虫眼鏡で見えるほど、豆粒のように小さいダイヤの宝石の指輪をプレゼントした。だがブッチも、溶接用の防護マスクを付けなければならないほどの輝きを放つ巨大な宝石の指輪をプレゼントしていた。
諦めないトムは、貯金の次に人生を捨てて、「312ヶ月払い」「利率112%」、さらには「担保は自らの手足」などの契約をして、中古車を購入……するが、その中古車は今にも壊れそうな古い自動車であり、当然ブッチが操る高級オーブンカー(余談だが、その際の長さはかなり長すぎる)に轢き潰された。
こうして彼女は益々ブッチ一筋になっていき、トムの努力は全て徒労に終わった。トムは絶望のどん底に溺れてしまった。
仕事にも手をつかず、「酒浸り」(しかし、本編では、明らかに見た目が牛乳に見えてしまう)の日々を過ごすトム。ついには、泥酔した状態で水に流され排水口に落ちていった。それに気付いたジェリーは、急いでトムを救出。すぐに介抱を始める。その時、その二匹を尻目にして、結婚した彼女とブッチがオーブンカーに乗って、通り過ぎていった。
「そして彼女は結婚してしまった。そう、悲しい話さ。打ちのめされた猫の悲しい物語」
全てを語り終えたジェリー。トムを憐れみつつも「誰もが僕みたいに彼女がいるわけじゃない」と恋人の写真を眺めて物思いに耽っていた。自身には心から愛し合っている恋人がいるから平気だ。そう思っていた。
しかし……。
「結婚しました…。だってぇ…?」
突然通り過ぎる小さい車。その車にジェリーの恋人が乗っていた。別の雄ネズミを乗せて……。
そう、なんとジェリーの恋人も、雄ネズミ(帽子こそ被っているが、容姿がニブルスと似ている)と結婚していたのだ……。ジェリーも最愛の子の心を掴み取ることが出来なかったのである……。
変わらず絶望の表情で座り込むトム。その隣に座る、同じく希望を失ったジェリー。恋に敗れた二匹は、一緒に線路の上に座り込んだ。
そして、その二匹を憐れむかのように……。
迫り来る列車の汽笛とジョイント音が鳴り響いていたのだった……。
解説
上の内容を読んだ人なら、もう察した人もいるが、この話は失恋をテーマにしているだけではなく、経済的格差などのようなシビアなテーマが描かれている、かなり救いようのない話になっている。このような後味の悪さが目立つ悲劇的な内容と言うこともあり、トラウマ作品に挙げられる人も少なくない。一応この話ではツッコミどころが存在している(そんなに使わないレベルであるタンクローリーいっぱいの香水とか)ものの、それでもかなり悲劇的な内容であり、いつものトムとジェリーのような雰囲気で楽しもうとすると、トラウマになりかねない。これは本作のおよそ7年前に公開された『天国と地獄(原題:Heavenly Puss)』も同様である(但し、あちらは一応夢オチ+ハッピーエンド(?)扱いになっている)。
この話では金持ちの設定として登場する黒ネコのブッチだが、それ以外の作品だと、飼い猫であるトムよりも貧乏な野良猫の設定で登場することが多かったので、これもまた異質である。ちなみに、これが影響したのかどうかは不明だが、この話がハンナ=バーベラ期でのブッチの最後の登場作品になった(但し、あくまで1940年代~1950年代のハンナ=バーベラ期の作品に限っての話であり、その後も『トムとジェリーテイルズ』などでは、いつも通り、ブッチが登場している話が存在する)。
なお、内容が原因で、これがトムとジェリーの最終回なのではと思う人がいるのだが、実際はこの作品からおよそ1ヶ月後に『バーベキュー戦争(原題:『Barbecue Brawl』)』が公開されている(しかし、この話は、意外にもスパイクとタイクがメインの話であり、トムとジェリーの出番は少ない)し、それ以降も数多くの短編作品が登場しているので、実質的にはこの話は最終回ではない。
余談
前述したように、この話がハンナ=バーベラ期でのブッチの最後の登場作品となっているが、1957年制作の『気楽に行こうよ』では、赤毛の猫が登場しているが、その猫に対しても『ブッチ』と呼ばれることが多い。しかし、赤毛の猫は『強敵あらわる』に登場したライトニングの存在もあり、ブッチなのかライトニングなのかで意見が分かれることが多い。ちなみに、『気楽に行こうよ』では、トム&ジェリーとブッチの立場が入れ替わっている(トム&ジェリーは、前者は『世界ネズミ捕りオリンピック優勝者』という設定持ち、後者に至っても『誰にも捕まえられないネズミ』や「El Magnifico」という二つ名を持っている設定があるのに対して、『気楽に行こうよ』でのブッチの場合は、ジェリーを捕まえられないブッチに対してウンザリした飼い主に『のろまでぐうたらで怠け者』と称されるほど、非常に扱いが悪い)。
余談だが、この作品のトゥードルのデザインが、他の話に登場するトゥードルよりもかなり奇妙なデザインになっていて、少し怖いと感じる人もいるとか。ちなみに、そのデザインのトゥードルは、『楽しい浜べ』にも登場し、こちらはトゥードルと仲良くバカンスを楽しむ描写があり、トムがブッチを倒す場面もあるので、ある意味『悲しい悲しい物語』とは真逆の展開になっている。
作中でトムは『312ヶ月払い』を契約しているが、恐らく『26年払い』、つまり、1982年まで支払わないといけなくなるのだが、前述したように、指輪を購入するために全財産を費やしている関係で支払うのは完全に不可能である。
- ちなみに、1982年には、『銀河烈風バクシンガー』が放送されている時期になる。あちらも第37話『巨烈燃ゆ(後編)』や最終話『烈風散華』で、前者はドン・コンドールが戦死、後者は銀河烈風隊が全員殉死するという展開が出てしまった。展開こそ全く異なるが、本当に26年後の作品で本作のトムとジェリーの末路と似たような展開になってしまった作品が生まれてしまった。銀河烈風隊の設定がアレである関係上、『悲しい悲しい物語』になる可能性を避けられなかったのは仕方ないことではあるが。
- また、広告代理店の倒産によって、手塚治虫原作にもかかわらず僅か4話で打ち切りという憂き目に遭ってしまったことがあるドン・ドラキュラも、1982年に放送された作品である。不人気ではないのに、倒産という悲劇で打ち切りにあってしまったという関係上、こちらも『悲しい悲しい物語』を経験した作品になってしまった。
同じく作中でブッチがプレゼントした、溶接用の防護マスクを付けなければならないほどの輝きを放つ巨大な宝石の指輪が登場しているが、後に『アサルトリリィふるーつ』第1話『いちご』でも、楓・J・ヌーベルが、指輪を無くした一柳梨璃に対して、本作とほぼ同じような、凄い輝きと大きいサイズの宝石の指輪をプレゼントしようとする場面がある。あちらはハッピーエンドだが、その作品の原作の方では、(特に二年目以降)大きな異変が起きて暗雲が包まれている状況になってしまったため、ある意味こちらも『悲しい悲しい物語』になってしまっている。
関連タグ
怪獣使いと少年:この話の公開から15年と3日後に放送された、『帰ってきたウルトラマン』の話で、こちらもトラウマ話として挙げられる人も多い。何気に11月に公開・放送された、後味の悪いトラウマ話という繋がり持ち。
檸檬が泣いた日…の巻:トムとジェリー同様に、コメディ色や明るい作風が強い作品『こち亀』の話の中でも、この話は、本作同様、飛びぬけて重く陰惨な話となっていて、屈指のトラウマエピソードになっているという点で共通している。しかも、本作とは異なり、ギャグ描写が非常に少ない。