概要
日本の政治活動家、ストリートミュージシャン。
1970年7月26日生まれ、鹿児島県姶良郡隼人町(現:霧島市)出身。
高校時代から学校の管理教育に反発するようになり、4つの高校を転々とし、いずれも中退。
この頃から左翼活動家として名乗りを上げる。
2001年に逮捕され、2年間服役したのを機に左翼と決別し、ファシストに転向。
「ファシスト党・我々団」なる政治団体を結成し、そのトップ(臨時総統と称する)に就いている。
2007年には東京都知事選挙に立候補し、話題を呼んだ(後述)。
生まれ育ったころには既に学生運動は下火であり、更に外山自身は大学に進学していない。
新左翼由来の活動家としては遅咲きの部類であるが、あらゆる活動家の著書を読破しているため知識の幅と交友関係は広い模様。
現在では右でも左でもないと自称しているものの、政治思想の持論から、いわゆるネトウヨやSEALDs、レイシストをしばき隊は敵視している。
2007年の東京都知事選挙
2007年春には、東京都知事選挙に無所属で立候補。
この時の政見放送での過激な発言がニコニコ動画を中心に話題となり、知名度を一気に上げた。
冒頭で「この国は最悪だ!」と述べたのを筆頭に、「スクラップ&スクラップ!すべてをぶち壊すことだ!」「もはや政府転覆しか無い!」「選挙で何かが変わると思ったら大間違いだ!」などと主張。
最後に「どうせ選挙じゃ何も変わらないんだよ!」と、中指を立てながら発言して締められた。
選挙結果は14人中8位、得票率0.27%で落選。
しかし残したインパクトは凄まじく、この後しばらく外山はニコニコ動画でMAD動画の素材として持て囃された。
ちなみに、この政見放送のせいで過激派じみた人物であるかのようなイメージが付いてしまったが、本人曰くこれはパフォーマンスでわざと演じたキャラクターとのこと。
実際、他の講演会などの動画を観ると大人しい口調で話しており、印象が大きく異なる。
また、当時は外山を極左と思い込む人が多かったが、先述の通りこの時点で既にファシストに転向している。