伏とは、桜庭一樹の小説『伏 贋作・里見八犬伝』と、それを原作とするアニメ映画『伏 鉄砲娘の捕物帳』のことである。
概要
滝沢馬琴(曲亭馬琴)の一大伝奇小説『南総里見八犬伝』を下敷きとした時代小説。
江戸の町を舞台に、田舎から出てきた猟師の少女・浜路と、江戸で暴れまわる謎の犬人間『伏』との捕物劇を描いた物語である。
『南総里見八犬伝』としての要素はあるものの、全くの別作品もしくはそれを基盤とした異伝であり、読む際にはまず「里見八犬伝を読む」という概念を外すことをお勧めする。
原作の副題『贋作・里見八犬伝』とは、物語内で登場するとある人物が書いた「南総里見八犬伝」とは違う異伝の拾遺物語であり、また物語のキーワードでもある。
また、アニメ映画・コミカライズ・ドラマCDと、各所へのメディアミックスも盛んな作品である。
あらすじ(贋作・里見八犬伝)
祖父を失った猟師の少女・浜路は、兄・道節に呼ばれて江戸へ来る。
そこで兄から聞かされたのは、昨今に江戸に跋扈する謎の怪物「犬人間・伏」を一緒に狩って一攫千金を狙おうというものであった。
腕利きの猟師に育った浜路は、兄の提案に乗って伏退治を始めることに……。
登場人物
伏せを追う者
浜路(はまじ)
田舎の山奥で猟師の祖父に育てられ、腕利きの猟師として育った14歳の少女。
身の丈ほどもある猟銃と獣じみた鋭い鼻、そして大胆な行動力と強い覚悟を武器に、兄とともに伏を追う。
田舎で猟ばかりして育ったため、学が浅く字が読めない。
明るく真っ直ぐな性格で、年頃とは思えないほど自立している。しかし、本来的にはまだまだ子供であり、江戸の町の風景に目を輝かせたり、兄に対してまだ甘えたい気持ちがあったりという部分を残してる。
のちに、冥土に『贋作・里見八犬伝』を語られ、伏との因果を強めていくことになる。
道節(どうせつ)
江戸で暮らす浪人で、浜路の兄。
江戸の下町にあるおんぼろ長屋で自堕落に暮らしており、伏に多額の懸賞金がかけられたことから、その金を目当てに伏狩りにいそしんでいる。
祖父に死なれて身寄りのなかった浜路を引き取る際に、ついでに彼女の猟師の腕を頼ろうと考え付く。
だらしがないが妹思いで、浜路のことを大切にしている。
剣の腕はめっぽう立つのだが、自堕落な性格が災いして仕官を渋っている。
滝沢冥土(たきざわ めいど)
瓦版「冥土新聞」を町で配り歩く、痩身に青瓢箪を背負った読売の男。
大作家・曲亭馬琴の息子であり、普段から伏の情報をかき集めては、伏せ狩りなどでことが大きく動くと新聞を発行して江戸中に撒いてい歩いている。
父・馬琴の足として『南総里見八犬伝』の史料を収集するうちに、安房国に伝わる伏姫伝説に独自の解釈を持つようになり、それをまとめた『贋作・里見八犬伝』を世に放つことを夢としているが、家の事情やその膨大な資料の整理に押され、上手くいっていない。
浜路とは、伏絡みで縁を持つようになり、彼女に『贋作・里見八犬伝』を読み聞かせ、彼女と伏との因縁を強めることになる。
伏
信乃(しの)
若集歌舞伎で役者を生業としている伏。
女のように美しい容姿と、それに合わせたような中性的な声色を持つ美男子。
浜路が最初に出会った伏であり、物語を通して浜路と奇妙な縁を結びながら対峙していく。
凍鶴(いてづる)
浜路が最初に戦った伏。
伏としての寿命が近く、「そろそろ死ぬからね」が口癖となっている。
禿の葉と花の二人を連れており、彼女たちも伏である。
親兵衛(しんべえ)
凍鶴の息子。
信乃が面倒を看ており、それ以前は現八が面倒を看ていた。
幼く無邪気ながらも伏の性に忠実で、非常に気性が荒い。
現八(げんぱち)
信乃と顔見知りの大柄な伏。
かつて江戸の町で医者として生活していたが、江戸での生活に危機感を覚えて上方へと脱出していた。
しかし、とある事情でやむなく江戸に帰ってくる。
現実主義者で冷たいが、こと伏の起源については強い興味を持っており、信乃たちに『贋作・里見八犬伝』の存在を知らしめ、とある行動を起こさせる。
毛野(けの)
物語のはじめで、河原に晒し首にされていた伏の美男子。
江戸の大店で下働きをしていたらしく、伏の本能に任せて破滅の道を辿り、狩られた。
物語後半で、彼の半生が語られることとなる。
雛衣(ひなぎぬ)
江戸の大店の一人娘。
自分が伏とは知らずに育ち、のちに毛野と運命的な出会いを果たす。
江戸の人々
兄妹の既知
船虫(ふなむし)
一膳飯屋の女将。
道節とは顔なじみで、よく飯をたかられている様子。
姐御肌で色っぽい女性だが、実はこそ泥稼業も陰でやっているらしい。
「南総里見八犬伝」の関係者
曲亭馬琴(きょくてい ばきん)
いま最も江戸が注目する大作家。
『南総里見八犬伝』の作者であり、冥土の父。
かなりの高齢で既に目を病んでおり、紫色以外のものが見えなくなってしまっている。
養女の妙真に筆を取らせ、自身は思い描いた物語を語る形で執筆している。
自身の作品の結末、そして放蕩息子の冥土を心配している。
妙真(みょうしん)
馬琴の養女。
妙齢の女性で、字も読めない少女だったが父・馬琴の教育によって才女に育ち、馬琴のために筆をとっている。馬琴の老い先、作品の完成を馬琴とともに憂いている。
『贋作・里見八犬伝』の登場人物
里見一族
八犬士伝説の起源となった安房国の姫君で、里見の長子。
絶世の美貌をもつが、『南総~』とは違い、非常にオテンバで男勝り。周囲から父親をそのまま女子にしたようだ、と言われるほど剛毅だった。
父・里見義実を敬愛しており、強い憧憬を抱いている。
ただ、その出生には不幸な予言が付きまとっており、後にそれは成就されてしまう。
里見義実(さとみ よしざね)
安房国・吊城の城主で、伏姫の父。
臣民から愛される立派な君主であり、仁義を重んずる正義の人。
伏姫を大変愛しており、「俺の伏」と言っては周囲に自慢していた。
剛毅で聖人君子のような人物であるが、頑固で短気なのが欠点。
五十子(いさらご)
義実の妻で、伏姫の母。
遠国から来た美貌の姫君で、臣民からも慕われる慈愛の深い女性。
鈍色(にびいろ)
伏姫の弟で、里見一族の二男。
父・義実の岩のような面容を濃く継ぎながらも、その性格は内向的で軟弱。
それゆえに座敷遊びを好み、その趣味も非常に女性的で女の格好を好んだ。
その「軟弱さ」ゆえに義実からは邪険にされ、また姉からも軽蔑される。
そして当人も、姉に対していびつな感情と憎悪を抱いている。
大輔(だいすけ)
鈍色の遊び相手となった童子。
元来病弱だったため、錆色の遊び相手として抜擢され、成長後は鈍色の一の家臣となった。
八房(やつふさ)
八犬士の祖となった、伏姫の伴侶とされる犬。
『贋作~』では本物の犬であり、竜の如く逞しく大きな白銀の犬で、目は青い。また腰のあたりに牡丹の花のような、八つに分かれた形の痣があり、これが名の由来でもある。
仔犬の頃に鈍色によって拾われるも、後に伏が飼い主の座を奪って我がものとした。
藍色(あいいろ)
里見の居城・吊城の天守閣に幽閉されている女性。
うわさでは「義実の妹」とされているが、不用意に「銀の歯の森(伏の森)」に入って気がふれてしまったといわれている。
その他
安西景連(あんざい かげつら)
隣国の領主で義実の盟友。
剛毅で意思の強い人物であり、ときに強引にでも自分の考えを通そうとすることがあるらしい。
のちに思わぬかたちで義実と相対することとなる。
キーワード
伏(ふせ)
昨今、世間を騒がせている人の姿をした化け物。
人間離れした身体能力に、鋭利な爪や牙を持ち、人とは相容れない獣じみた感性をもつ。
一見して人そのものだが、総じて独特の青白い肌を持つ。また美男美女も多い。
浜路曰く、その体臭は「獣臭い」らしい。
『贋作・里見八犬伝』
滝沢冥土が執筆中の読本。
父・曲亭馬琴の大作『南総里見八犬伝』のためにかき集めた史料を元に、独自の視点と考察によってより伝承・説話に忠実な内容として改められている。
作中でも重要な役割を成しているが、未だその膨大な資料をさばけず、序章である伏姫と安房国の興亡にまつわる話までしか執筆できていない。
伏の森
安房国にある魔性の森。
その森の木々の葉は白銀の色をした人の歯の形をしており、一度入れば二度と帰ってこれなくなるとされ、また万一帰ってこられても、気がふれてまともではなくなってしまうとも言われる。
『贋作~』において、伏姫と八房が共に消えていった森とされている。
土地の人間たちは"銀の歯の森"と仮に読んでおり、「その森に名前を付けると森は消えてしまう」という伝承を信じ、決してこの森に名前を付けなかった。
しかし、後にとある人物らによって『伏の森』と名付けられることとなった。
本作を原作とする作品
『伏 鉄砲娘の捕物帳』
本作を土台とする、文藝春秋90周年記念作品として制作されたアニメ映画。
監督は宮地昌幸、脚本は大河内一楼、キャラクターデザインをokama氏が担当。
浜路と信乃の関係にスポットライトを当てて描かれている。
主な登場人物
関連イラスト
『伏 少女とケモノの烈花譚』
スクウェア・エニックスの月刊誌「ビッグガンガン」にて連載中。
作画はpixivユーザーでもあるhakus氏、脚色担当に続真琴氏を起用している。
浜路により強くスポットライトを当て、さらに本作独自のアレンジを利かせた時代活劇となっている。
関連イラスト
『伏 銀華と氷刃の猟奇録』
本作よりさらに後、明治時代を舞台としたNitro+によるスピンアウト作品。
『贋作』版の設定を受け継ぎながらも、ニトロ節炸裂なダークな雰囲気が物語を引き立てている。