Kanonenjagdpanzer 4-5(カノン砲(搭載型)駆逐戦車 KJPz.4-5)は、第二次世界大戦後に西ドイツで開発された駆逐戦車。
前史
かつてドイツ軍は第二次世界大戦中に、コンパクトな車体で高威力な主砲を装備し製造コストが安い自走砲や突撃砲を多く使用した。
これらの兵器は、主力戦車と比較すると戦術こそ限られるものの、防衛戦には大いに威力を発揮した。
第二次世界大戦の終結とともにドイツ国防軍や武装親衛隊などの軍事組織は解体されてしまったが、西ドイツは分断と冷戦の勃発に伴って強大な軍事力を誇るソビエト連邦や東ドイツと対峙しなくてはならなくなった。
そこで、主力戦車の他にコストが安く防衛戦を得意とする駆逐戦車の開発が行われた。
諸元
開発は1960年から開始され、1965年にKJPz.4-5としてドイツ連邦軍に制式採用された。
主砲はラインメタルが開発した40口径90mmライフル砲を備える。他にMG3 7.62mm機関銃が2丁搭載されている。
エンジンは6気筒 出力500HPのディーゼルエンジンで最高時速は70kmほど。
乗員は4名だった。
運用
同じ時期に開発されたレオパルト1と共に西ドイツの護りに就いたが、105mm砲を搭載したレオパルト1と比較すると、主砲の威力に見劣りがした。
また、この車両が制式採用された1965年にはソビエト連邦は115mm砲を備えたT-62を採用しており、これらに対して威力が不足することが懸念された。
また、制式採用から間を置かずに更に強力なT-72が登場したり、他の対戦車兵器の発達が著しかったこともあって、登場から程なくして本車の存在意義が低下した。
このため、時代が下ると主砲を撤去して対戦車ミサイルに載せ替えたり、或いは装甲偵察車などに改造された。
770両がドイツ陸軍で、その他に80両がベルギーで使用された。