概要
歩兵が携行するほか、車両や航空機、ヘリコプターに搭載される。
主に戦車や装甲車両、陣地などの地表の硬目標の撃破に用いられる。
運動エネルギーで装甲を貫徹することは困難であるため、弾頭は速度が必要のない成形炸薬(HEAT)弾が用いられる。
近年の戦車はこれでも正面装甲を打ち抜くことが難しいため、目標上空で急降下したり下向きに弾頭を向けて上面装甲を狙うトップアタック機能や、サブ弾頭で増加装甲等を無力化した後にメイン弾頭で主装甲を抜くタンデム弾頭を有しているものも。
英名のAnti Tank Missileを素直に略せばATMになるのだが、ATM→アトム→核兵器と誤解されるのを防ぐためにMATとなったらしい。
誘導方式による分類
手動指令照準線一致誘導方式(MCLOC)
速い話がラジコンで、射手がミサイルを後ろから目で追いながらジョイスティックで操作する。ミサイルを人間が目で追える速度にしておかなければならないため高速化ができない。
有線誘導であるので妨害に強いが、弾着まで操作する必要がある為、移動が出来ず反撃されるおそれがある。
また、飛翔途中にコントロールワイヤーが障害物等で切断されるとコントロール不能となる、残ったワイヤーがクローズラインというトラップのようになってしまうという問題もある。
熟練した射手が使えば、敵車両の弱点を狙ったり、障害物を迂回させて見えない標的に着弾させたりもできる。しかしながら速度の不利はかなり重大で、SACLOCにとってかわられることとなった。
半自動指令照準線一致誘導方式(SACLOC)
分かりやすく言えば自動MCLOC。照準器を目標に向けておけば、照準器が自動でミサイルに指令を出して目標まで誘導してくれる。
MCLOCほど融通は利かないが、機械で誘導する分高速化可能。
有線式、無線式がある。有線式の利点、欠点は先述した通りで、無線式はその逆。
レーダー、レーザー光で道を指示してこれを辿らせる「ビームライディング」という形式もある。この場合は目標までの誘導はミサイル自身が行い「指令」はされないのだが、指令誘導にまとめられることが多い。
撃ちっぱなし式が実用化されてもその確実性やコストパフォーマンスから現役。
半自動レーザー誘導(SALH)
目標にレーザーを照射、跳ね返ってきたレーザーをミサイルがたどって目標に向かう。よってレーザーは命中するまで照射を続ける必要がある。
跳ね返ったレーザーに近づけば近づくほど精度が上がるという性質上、命中精度はピカイチ。
また、レーザーにパルスコードを設定し、ミサイルにどのコードを拾うか設定する事で、複数目標にレーザーを照射して複数のミサイルを個別に誘導することが可能となっているものもある。
コレの利点は、レーザー照射機と発射機が同方向になくてもいい、つまり必ずしもレーザー照射機と発射機の両方を射手一人で使う必要がないという点。
SACLOCは反応速度の問題から照準器はミサイルをほぼ後方から捉えられる位置に置く必要があり、発射機と照準器が目標から見て同方向になければならず、よって射手自身が発射後誘導を行う必要があった。しかしながら、SALHであれば発射機とは全く別の方向からレーザーを照射して構わないので、照射機を全く別の場所に置いて誘導を別の味方に任せることができる。
このため味方にレーザーを照射してもらって自分は撃つだけという戦術がよく使われる。ミサイル発射機より照射機は小型で隠しやすい(携行可能なものでは小さいものでは大型拳銃サイズ)ので、安全性が増すだけでなく、味方が撃ってほしい所に確実に当てられる、自分は撃てばすぐに逃げられる(ファイア・アンド・フォーゲット:撃ちっ放し能力)というメリットが大きい。
しかしながらあまりにもメジャーすぎる誘導方法のため、昨今の戦車はレーザー検知器を搭載していることも多く、レーザーを照射した場合即座に方向を割り出されて反撃されることも。照射機が破壊されればミサイルはレーザーを見失ってどこへともなく飛んでいくしかない。
目標形状によってはレーザーがうまく反射しなかったり、天候等により影響を受けたりして誘導が行えない事がある。反射光である円錐形のバスケット内から外れると誘導できず、ミサイルの検出器に対する妨害レーザー照射により妨害されてしまうことも。
また製造には高度な技術が要求されるので値段がお高くなってしまう欠点もある。
赤外線誘導
ミサイルが目標が放つ赤外線を捉えて全自動で追尾を行い、撃ちっ放し可能。
他に照準器、照射機は必要ないため、周辺機器をシンプルにできる。
高温の赤外線を放射する目標はもちろん、その応用で、逆に建築物等の赤外線放射が周囲より少ない目標に誘導することも可能。
しかしながら、赤外線というのは欺瞞が容易。耐赤外線スモークや赤外線ジャマー等で無効化される可能性も高い。天候の影響も大きく、条件次第では建築物といった固定目標であっても外れる事があり、確実性には一歩劣る。
この弱点を克服するべく、現在では後述する画像誘導と組み合わせた赤外線画像誘導も開発されているが、小型化とコストが課題となっており、肩に担げるサイズで実現したのはFGM-148や01式軽対戦車誘導弾等の限られたもののみ。
ミリ波レーダー誘導
ミサイル自体にレーダーを搭載しており、撃ちっ放し可能。
レーダーは赤外線より欺瞞が難しいため確実性が高く、悪天候にも強い。
しかし発射機自体に索敵レーダーがないと本領を発揮しない。
画像誘導
ミサイル本体に搭載されたカメラの映像で目標を識別する。撃ちっ放し能力を備え、画像で目標を識別するため欺瞞に強く命中精度も高い。また、命中の瞬間までを映像で確認できるので戦果確認の手間を省ける他、命中直前に民間車両など間違った目標だと映像で判別できた場合は誘導をキャンセルして意図的に外す機能を持ったものもある。
短所は高度な画像処理技術が必要で必然的にレーザー誘導以上にお値段が高くなる事や、ロックオンに手間がかかり多数の同時発射に向かない事など。
予測照準線一致(PLOS)
発射前に一定時間標的を照準し続けることで、発射点に対する照準線の角速度を記憶し、慣性誘導によってその角速度を維持するように飛行する。照準時間を取らず即座に撃つか、標的が静止している場合は風などの影響を補正しながらまっすぐその方向に飛び続ける。
つまるところ偏差射撃を自動でやってくれるシステム。何かを追尾しているわけではないので誘導ミサイルにカテゴライズすべきかは微妙だが、現状ではミサイルの括りで扱われることが多い。
発射時点の未来位置を狙うため、目標が急な加減速や旋回を行うと命中が見込めないが、それでも風に振られやすい無誘導の無反動砲やロケットランチャーと比較すれば高い命中精度を発揮し、本格的な誘導ミサイルと比較すると軽量、安価である。
現行の製品には高耐久の戦車向けにトップアタックが可能なものもある。照準線の数メートル上方を飛行し、磁気やレーザーによって戦車の真上に達したことを感知すると、90度下方に向けられた対戦車弾頭を炸裂させて天井をぶち抜くのである。
デュアルモード
それぞれの誘導方式には一長一短があるため、異なる誘導方式を2つ組み合わせて短所を補い合い、さまざまな状況に対応するもの。
しかしながらお値段もうんとお高いのがネック。
発射方式による分類
地上発射型
オーソドックス。
コスト、弾速、弾数が戦車砲に劣っており、発射プラットフォームの防御力も戦車に比べれば紙であるため、積極的に対戦車戦闘を狙っていく装備ではない。
だが上手くいけば格上殺しが可能な一発逆転の切り札であり、現代戦では非常に重要な戦力である。
航空機発射型
地上発射型と違い、発射機は大きな搭載量を持ち、また高度を有している。
このため地上型に比して巨大な弾頭を搭載可能であり、重力に頼って滑空できるので重量当たりの燃料量を少なくできる。
これらの要因から、航空機発射仕様の対戦車ミサイルは地上発射型より大きく、射程が長くなる。
歩兵携行型
歩兵が担いで発射できるサイズのミサイル。
歩兵が担げるサイズ、という制約があるので射程、威力の向上が難しいが、その辺の茂みから戦車殺しの一撃が飛んでくるかと思えばのんびりもできない。
運用法
以下のように対戦車に限らず多くの目標に使用可能なことから多目的誘導弾と呼ばれているものもある。
対戦車戦闘
名前の通りの運用。歩兵が携行している発射機や戦車駆逐車、装輪装甲車などから発射される。
また、戦車自身がガンランチャーや発射機等を備えていたり、主砲から発射可能な場合もある。
対船舶・舟艇戦闘
なお、専守防衛のわが国では上陸舟艇を水際(すいさい)で阻止することも想定されていた。
対陣地戦闘
狙撃兵の潜伏地点や重火力の火点、立て籠もり拠点を潰すために用いられる。
現在では本来の目的である対戦車戦闘より陣地潰しの方が多い。
一発当たりのコストの問題も有り、射程によっては無誘導の無反動砲等が使われる。
テロリスト殺害
主に合衆国軍が取っている戦術である。
ヘリや無人攻撃機等から発射し対象人物を殺害する。
対戦車兵器という性質上、火力過多であったり、弾種によっては貫通後に爆発ができない為に建築物内部の目標には使えないと、この用途には適さない事が多いことから低威力の対地ミサイルや誘導型ロケット弾へ変更する案が出ている。
我が国で運用されている主な対戦車誘導弾(退役済みも含む)
BGM-71 TOW(トウ)
有線誘導型。射程約3.8km。
わが国ではAH-1S対戦車ヘリコプターが運用している。
AGM-114 ヘルファイア
撃ちっぱなし方式/レーザー誘導方式。射程約8km。
一部のモデルのみが撃ちっぱなし可能で、レーザー誘導型が主となっている。
アメリカでは対地攻撃だけでなく短距離防空にも用いられており、ロングボウヘルファイアによる対攻撃ヘリ迎撃が想定されている。また、艦艇にVLSを搭載し、対小型船舶集団向け兵装としての運用が研究されている。
AGM-65 マーベリック
撃ちっぱなし方式/レーザー誘導方式。射程約25km。
対戦車だけでなく対地、対艦など多目的に使用可能。
弾頭重量は57kg(125ポンド)と136kg(300ポンド)。
軽量型は成形炸薬弾頭、重量型は遅延信管により貫通後に内部爆発をする爆風破片効果弾頭となっている
64式対戦車誘導弾
有線誘導型(MCLOC)。通称「MAT」。
わが国初の国産対戦車ミサイル。地上の他、トラックや装甲車に搭載して運用が可能な反面、MCLOC式の対戦車ミサイル共通の弱点として弾速が遅かった。
如何せん旧式化が進行していたことから、後述の中MATに代替されて現在は退役している。
79式対舟艇対戦車誘導弾
有線誘導型(SACLOC)。通称「重MAT」。
その名の通り戦車の他に上陸用舟艇への使用も想定しており、対戦車用の成形炸薬弾頭と対舟艇用の磁気信管付き通常榴弾の2種類の弾頭が用意されている。
対戦車中隊で運用され、89式装甲戦闘車にも搭載される。
87式対戦車誘導弾
レーザー誘導方式。通称「中MAT」。
MATの後継として開発された対戦車ミサイル。レーザー誘導の採用により、MATと比べて弾速は数倍以上にまで改善された。また、三脚を用いての発射の他、肩撃ちも可能。
現在は重MAT共々、後述の中距離多目的誘導弾に置き換えられる予定。
96式多目的誘導弾システム
有線誘導型(光ファイバー有線誘導式赤外線画像誘導)。通称「96マルチ」。
重MATの後継として開発された対戦車・対舟艇ミサイルシステム。世界でも珍しい光ファイバー有線誘導式のミサイルで、車両に搭載して運用する。
重MATよりも遥かに高性能化しているが、各種車両合わせて1セットにつき6両が必要などと大規模化してしまった上、価格も1セット約27億円と高額になってしまい、37セット分で調達が打ち切られた。
そのため、重MATの後継としては後述の中距離多目的誘導弾が担うこととなった。
01式軽対戦車誘導弾
撃ちっぱなし方式(赤外線画像誘導)。通称「軽MAT」。
普通科隊員が携行する肩撃ち式で、それまで普通科の対戦車火力を担ってきた84mm無反動砲の後継として開発された。
一方でシステムの起動には熱感知が必要で即応性に欠ける、仕様上車両以外の目標への使用が困難(実質対戦車専門)などの弱点を持っており、それまで使用されていた84mm無反動砲も継続して使用されている。
中距離多目的誘導弾
撃ちっぱなし方式(赤外線画像およびレーザー誘導方式の複合)。通称「中多」。
中MAT及び重MATの後継として開発された対戦車・対舟艇ミサイルシステムで、車両搭載の他、地上に下ろしての運用も可能。
96マルチの反省を生かし、1両に各種システムをまとめた自己完結性の高いシステムとなった。また、開発に当たっては軽MATの技術が生かされているという。