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球磨の編集履歴

2019-09-15 19:31:21 バージョン

球磨

くま

球磨の曖昧さ回避。 主に地名に使用される。

曖昧さ回避

1. 地名。


 1-1. 熊本県南部を流れる球磨川


 1-2. 主に球磨川の流域である熊本県の郡名・地域名。大半はかつての人吉藩(相良氏)領。


2. 1-1.を由来とする大日本帝国海軍軽巡洋艦


3. 2.を由来とするブラウザゲーム艦隊これくしょん』の艦娘


4. 『戦国ランス』の登場キャラクター。


本項では、2について解説する。


大日本帝国海軍の球磨

水雷戦隊の旗艦を担うために5500トン型軽巡洋艦の最初の艦として佐世保海軍工廠で1918年(大正7年)に起工し、1920年(大正9年)就役。


機関の最大出力が90000馬力(完成当初の長門ですら80000馬力)と言う高出力に加え、最大船速も36ノットと言う脅威の性能だったが、太平洋戦争時には旧式化しており、近代化改装の上参戦。1944年(昭和19年)1月11日、マラッカ海峡沖でイギリス海軍のツタンカーメン級潜水艦タリー・ホーの雷撃2発が直撃し、轟沈した。


なお、残骸は後に中国の違法サルベージ業者によってスクラップとして売却されてしまった(羽黒も同じ業者による被害にあっている)。


軽巡洋艦球磨の艦内神社の分祀元は、熊本県球磨郡湯前町にある「市房山神宮」(本宮)であった。しかし地元ではこの事を知ったのはごく最近の事で、市房山の山中にある本宮には勿論、湯前町にある下宮の「里宮神社」にもそういった資料が一切残っておらず、宮司の息子さんが2014年にTwitter上で初めて知った。「公式HP

平成28年の1月11日に初めて慰霊祭が執り行われ、現在は下宮の「里宮神社」の境内に軽巡洋艦球磨の慰霊碑と球磨の戦歴や、地元人吉の海軍遺構等が紹介されている。

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