概要
前半は英雄ジークフリートの英雄譚、後半は妻のクリームヒルトの復讐譚と構成される叙事詩。全39編からなる。 現在現存する写本A、B、Cはユネスコ記憶遺産に登録されている。
竜殺しの英雄の栄光と悲劇を主軸とするニーベルンゲン伝説とブルグント族の滅亡の叙事詩の2つの物語を下敷として成立したものであり、同じくニーベルンゲン伝説を起源とする北欧神話の『ヴォルスンガ・サガ』と度々比較される。更にリヒャルト・ワーグナーのオペラ『ニーベルングの指環』は北欧神話を元にしながらもニーベルンゲンの歌からも多くの要素が引用されている。
主な登場人物
前半の主人公。ネーデルラントの王子。竜を退治し、その血を浴びて無敵の肉体を得たが唯一血がかからなかった背中が弱点となっている。
クリームヒルト求婚のためブルグントを訪れ、グンテル王の求婚に協力することになるがそれが悲劇の始まりとなる。
北欧神話のシグルドに相当する人物。
- クリームヒルト(クリエムヒルト)
後半の主人公。ブルグントの姫君。
北欧神話のグズルーンに相当する人物だが、グズルーンの母親の名前がグリームヒルドと似た名前であったりする。
- ハーゲン(ハゲネ)
ブルグントの勇将。
北欧神話のホグニに相当する人物。
- グンテル(グンター)
ブルグントの王。ジークフリートに対し、妹クリームヒルトとの結婚の条件に自身の求婚の手助けを求める。
北欧神話のグンナルに相当する人物。
イースラントの女王。
北欧神話のブリュンヒルデに相当する人物。
- エッツェル(アッティラ)
フン族の王。ジークフリート死後のクリームヒルトと結婚する。
北欧神話のアトリ王に相当する人物。
- リューディガー(リュエデゲール)
エッツェルの配下。クリームヒルトとの結婚をエッツェルに勧める。
- ディートリッヒ・フォン・ベルン(テオドリック)
東ゴート族の王。「ディートリッヒ伝説」の登場人物。謀反を起こされ亡命しエッツェルの元に身を寄せている。また別の伝説ではジークフリートと御前試合を行ったこともある。
史実ではエッツェルの死後に誕生しているため本来エッツェルと出会うことはない。
- ヒルデブラント
ディートリッヒの配下。ディートリッヒ同様「ディートリッヒ伝説」の登場人物。
用語
小人族ニーベルング族との一件でジークフリートが入手したもの。彼の死後も持ち主が転々とする。
- ニーベルングの財宝(ニーベルンゲンの財宝)
北欧神話のアンドヴァリの黄金、ニーベルングの指環のラインの黄金に相当する。
バルムンクと同様ニーベルング族との一件で入手したもの。
- ネーデルラント
ジークフリートの故郷。現在のオランダその他周辺国に該当する。
- ニーベルング族(ニーベルンゲン族)
小人族。
- ブルグント
ブルグント族の国。
- イースラント
女王ブリュンヒルトの統治する国。現在のアイスランドに該当する。
- フン帝国
エッツェルが率いる遊牧民族・フン族の国。ヨーロッパの広範囲を征服した。
余談
「ニーベルンゲンの歌」の写本は、書かれた当時に近い13~14世紀に書かれた写本には大文字のA,B,C…という記号がつけられ、3種類の写本それぞれについて、概要をまとめてみた。
写本A:ホーエンエミス・ミュンヘン本
基本的に、2人の書写家によって13世紀末ごろに書き写されたもの。18世紀末までフォーアアルルベルグのホーエンエムス伯爵家にあったが、その後、経緯を経てミュンヘンのバイエルン国立図書館へ移る。エピソードの繋がりが不自然で語調もバラバラ。カール・ラッハマンは、この最も矛盾の多い写本Aこそ最も原典に近いと考えた。
最も不完全なものが最も古い形を示しているとされていた時代は、これがオリジナルに近いとされていたが、現在では改悪されたものとして否定されている。
詩節2361。
写本B:ザンクト・ガレン本
3人の書写家によって13世紀半ばないし後半に書き写されたもの。もともとはヴェデンベルグ伯爵の所蔵であったが、16世紀にはスイスの歴史家チューディの所蔵するところとなり、1768年にザンクト・ガレンの修道院図書館に移される。エピソードの繋がりは自然で完成された形態になっており、数字や時間の進み方にメルヘン的な要素(実際にはありえない人数や年数)が含まれている。
1865年、バルチュによってこの写本Bが最も原典に近いとする説を発表され、その後、1900年に出されたブラウネの論文「ニーベルンゲンの歌の写本事情」が決定的となって、現在に至る。
詩節2379。
写本C:ホーエンエムス・ラスベルクあるいはドーナウエッシンゲン本
13世紀前半に書き写されたもの。写本Aと同じくホーエンスムス伯爵家に由来するが、それからラスベルク男爵の所有を経て19世紀半ばにドーナウエッシンゲンのフエルステンベルク公爵の図書館に移る。エピソードの繋がりがより滑らかになり、メルヘン的な要素がかなり修正されている。
アドルフ・ホフマン(1810~1870)とツァルンケは、最も矛盾が少なく、話がスムースに進むこの写本Cが最も原典に近いと考え、ラッハマンの説に異議を唱えた。現在では、ニーベルンゲンの歌の「後日談」というべき外伝作品(別の作者によるものと思われる)との繋がりから、B写本を修正したものと考えられている。
詩節2440。
この写本Cは、インターネット上にテキストがある。
さて、B写本とC写本だが、内容は良く似ているのだが、面白いことに作者の基本的なスタンスが異なる。
B写本とC写本では、特にハーゲンの扱いが大きく異なっている。
B写本は日本語訳でもお馴染みの内容なので、作者はハーゲン側にもクリームヒルト側にも立っていないし、これが後半、クリームヒルトが悪女の如き存在に転化した際に生きてくる、異教的な内容もそのまま書き記していることが分かるはずだ。
ところがC写本では、作者はクリームヒルトに肩入れし、終始ハーゲンを悪役として罵倒し続ける、クリームヒルトはその復讐のために全生涯をかけることになる悲劇のヒロインで正しいことをやっているんだ、というシナリオになっている。キリスト教的な要素を全面に押し出そうとし、伝説的な内容に細かく修正を加えている。