北欧神話
ほくおうしんわ
「スカンディナヴィア神話」とも
キリスト教が伝わる前にゲルマン人が持っていた「ゲルマン神話」のうち、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、アイスランドなど北欧に伝わっていたものの総称。
(北欧の一つであるフィンランドが含まれていないのは、ゲルマン人ではなくフィン民族で構成されているため。あちらではフィンランド神話という独自の神話がある)
「エッダ」と呼ばれる伝聞伝承を基盤とする、スカンジナビア半島を中心に伝えられる古代神話。宇宙樹ユグドラシルを基盤に据えた世界観を有し、神・人・巨人・精霊・幻獣など多くの存在が登場し、非常に幻想的かつ壮大な物語を紡いでいる。またそれと双璧を成すように「戦い」についても非常に多くの逸話を持ち、その残虐で現実的な雰囲気は幻想的な雰囲気と入り混じり、世界観に一層の特異性を与えている。
神は巨人と絶え間なく争い、また神はそのための戦力を人間界に求めて人間同士を争わせ、人もまた神々の思惑に踊らされながらも戦い続ける。そして最後には「ラグナロク」が訪れ、すべてが滅び、また始まるという予言によって締めくくられている。
野望と戦いが連鎖する「血と炎の彩る神話」は、現在に至るまでの創作作品にも多大な影響を及ぼしており、多くの物語が画題や楽曲、文学作品などとして描かれ、今日でも人々の創造の糧として生き続けている。
また、諸説あるものの、現在残されている古代神話の中では西暦に編纂された物語が多い為、一部の登場人物は史実に存在した人物をモデルに描かれている。
例:(シグルド:シギベルト1世またはアルミニウス、アトリ:アッティラ、グンテル:グンタハール、ブリュンヒルデ:アウストラシア王妃としてのブリュンヒルド、シズレク:テオドリックなど)
ギリシャ神話のように特定の聖典を持たない自然宗教。文字に特別な力を見いだす文化であり『シグルドリーヴァの言葉』ではルーン文字を用いた魔術について言及されている。
神殿は「神の家(ノルウェー語” gudehov ” , 英語”godhouse”)」と呼ばれている。ノルウェーのオーサ村で発見された8世紀の遺跡の神殿はキリスト教の教会堂と共通する構造を持ち、調査を担当した考古学者曰く、南方に旅行した人がみたキリスト教建築の「バシリカ」を模したものだという(オーディンら北欧神話の神々を祀ったノルウェー最古となる八世紀頃の神殿が発見)。
建物部分の周辺では男根の石像も発見されており、受胎を祈る儀式に使われていたとみられる(マイティ・ソーのモデルである北欧神話の神をまつる1200年前の珍しい神殿が見つかる)。
オーサの神殿では神々のためにつくられた料理が捧げられ、豊穣を祈る儀礼がなされていたとみられる。
いっぽう、サクソ・グランマティクス著『デーン人の事蹟』において豊穣神フレイが人身御供の創始者とされたり、『オークニーの人々のサガ』や『ヘイムスクリングラ』においてオーディンへの人身御供の儀式「血の鷲」が記される等血生臭い側面が存在した。
また11世紀の著作ブレーメンのアダム『ハンブルク教会史』によると、スウェーデンのウプサラは信仰の中心地であり、主神である豊穣の神トール、戦争の神オーディン、婚姻の神フレイが祀られる神殿があったとされる。
キリスト教の教勢拡大に伴い、歴史の表舞台からは姿を消すが、近現代において歴史資料から再構成された「ネオ・ペイガニズム」の一種として復興される。
代表的な団体はアサトル協会(Asatrúarfélagið、Asatru Association)。人身御供だけでなく他の多神教でも一般的な動物犠牲も行わない等現代的アレンジが加えられている。神々や神話についても比喩や象徴として認識しており、隻眼の神オーディンが八本足の馬スレイプニルに乗る、といった事を信じない(ガーディアン紙記事
)。
アサトル協会や「オーディニズム」を奉じるヒーザンリー(Heathenry、ヒーザンとは「異教徒」のこと)では九つの高貴な美徳(Nine Noble Virtues
)という徳目が実践されている。
北欧神話の説話では
そしてこの三層論とは別に
という土地・世界が存在し、それら階層全てを貫く巨大な宇宙樹ユグドラシルが生えているとされる。
ユグドラシル
メインの三層、他の階層全てに根を伸ばすトネリコの大樹である。いうまでもなく世界で最も巨大な木であり、世界の起源も知れぬ過去より存在してラグナロクの後も存在する。三層構造を貫いてそびえかつ支えるこの木は、それゆえ世界樹の名でも知られる。アースガルズに伸びた根の下にはウルドの泉があり、そこに住む三人の運命の女神ノルン、すなわち運命、存在、必然は未来についての予言をなすという勤めとは別に泉の水によってユグドラシルを育み守る役割も持っている。
アスガルド
支配者アース神族の館が立ち並び、強固な城砦によって囲まれている。この世界にはまたアース神族と同盟するヴァン神族の国ヴァナヘイム、エルフの国アールヴヘイムが含まれている。アースガルズを支配する神々の長はオーディンであり、その館はヴァルハラと呼ばれる。ヴァルハラには戦いにおいて戦死した勇敢なる者たちがオーディンの使者たる戦乙女ワルキューレによって運ばれる。彼らは毎朝互いに戦いを開始し、敗れて死んだ者も夕刻には再び立ち上がって宴に列席するという。彼らはオーディンの命によって互いに闘って技量を高め合い、最後の戦い神々の黄昏に備えているのだ。ヴァルハラではまた、オーディンの妻にして女神の第一位にある女神フリッグが夫と共に玉座から世界の全てを見守っていた。
ミズガルズ
ミズガルズとは北欧神話において人間が住む世界のことである。その周囲は大海に囲まれ、大海の中には世界蛇ヨルムンガンドが潜んでいる。ヨルムンガンドは大海(世界)を一巡して自身の尾をくわえて見守っている。
アースガルズとミズガルズをつなぐのは炎を上げる虹の橋ビフレストである。この入り口は番人としてヘイムダルという神が守っている。また別伝では、アースガルズとヨーツンヘイムの境界には決して完全には凍らないイヴィング川という川があったともいう。
ニブルヘイム
死者の国ミズガルズから地下あるいは北方に馬で九日進んだところにあるという。雪と氷に覆われて寒気と夜に閉ざされ、その女王はヘルという。ヘルが治める同名の城砦ヘルよりさらに遠くに死者の世界ヘルヘイムがあり、悪人はその地まで流れていって死ぬという異説もある。
ムスペルヘイム
世界の始まりにおいて、北方には寒きニヴルヘイム、南方には暑きムスペルヘイムがあったともいう。ムスペルヘイムは炎が燃える灼熱の地であり、その地に生まれた者以外は耐えられないという。その守護者は燃える剣を持つ黒き者スルトである。彼はこの階層固有の種族・炎の巨人ムスッペル族の生まれともされている。
ヴァナヘイム
神の巨人ヴァン神族が治める世界・領土。
ギムレー
北欧神話におけるいわゆる「天国」。アスガルドに位置する「名誉の戦死者」専用の冥界ヴァルハラとはまた別の世界。
後述するように北欧神話の原典は複数ある。ここでは一般的な流れを挙げる。
ユミル
最初にあったのは南方の灼熱の地ムスペルヘイムと北方の極寒の地ニヴルヘイムであった。その間にあったのは欠伸する裂け目で、北からの氷雪が氷河となって流れ込んでいた。この裂け目の中心では南方の暖気が北方からの氷河と出会い、穏やかな気候となっていた。暖気に暖められた氷河は溶け、その滴が生命となって巨人ユミルが生じた。ユミルの眠っている汗から男女が生まれ、こすり合わせた足からも息子が生まれた。かくして生まれた者たちはみな巨人であり、霜の巨人と呼ばれる。
ボルの息子たち
欠伸する裂け目で溶けた氷はまた一頭の牝牛アウドムラともなった。アウドムラは氷を舐めかつ食べ、その舐めている氷からブーリという人間が現れた。ブーリの息子はボルといい、ボルは霜の巨人ボルソルンの娘ベストラと結婚してオーディン、ヴィリ、ヴェーの三兄弟をなした。
天地創造
オーディンらボルの息子たちは乱暴な霜の巨人族が気に入らず、ユミルを殺してその血に溺死させて霜の巨人族の大半も殺してしまった。三兄弟はユミルの体から世界を作った。肉塊は大地、骨は山脈、血は湖と海、頭蓋骨は天空とし、ムスペルヘイムが発する火花と燠から太陽と月、星々を配置した。ユミルの肉から生まれた大地は一部を生き残った霜の巨人に与えてヨーツンヘイムとし、ユミルの眉からこしらえた垣根に守られた地をミズガルズとした。また大海の波打ち際でトネリコとニレの流木を見つけ、そこからアスクとエムブラという人間の男女をこしらえてミズガルズの住人とした。
大地が人間や巨人たちで溢れてくると、三兄弟は虹の橋ビフレストの向こうにアースガルズの輝く宮殿を築いた。三兄弟とその子孫らこの地に住む神々がアース神族であり、オーディンは彼らの最長老として君臨したのである。
ヴァン神族との戦い
ヴァン神族とはアースガルズに隣接するヴァナヘイムに住む神々である。アース神族の元にヴァン神族の魔女グルヴェイグが訪ねてきた時、アース神族はこの黄金への欲しか示さない魔女に腹を立てて、拷問にかけて殺してしまう。しかしこの偉大な魔女グルヴェイグは平然と復活したので、神々は三度魔女を殺し、三度ともグルヴェイグは復活した。ヴァン神族はこのようなアース神族の仕打ちに激怒して戦いを挑んできた。この戦いは長引いて決着がつかず、ついには両陣営は和睦することになった。和睦を誓う証しとして、双方の指導的な神々が人質として交換された。かくしてアース神族と共に暮らすことになったヴァン神族が海の神ニヨルドとその子である豊穣伸フレイと愛の女神フレイヤの兄妹である。
主要な神話の時代
このヴァン神族との和解の後の時代、オーディンの息子バルドルが死ぬまでの時代が、北欧神話の主要な舞台となる。神々は巨人殺しの必殺の武器ミョルニルを持つ雷神トールを中心にして巨人と争い、その争いをあるいは始めあるいは神々の勝利に終わらせるために狡知の神ロキが活躍する。この構図を中心とした数多くの神話が残されている。
ロキには多くの子がいて女巨人アングルボダとの間に生まれた、巨狼フェンリル、大蛇ヨルムンガンド、女神ヘルの三兄妹であった。運命の三女神ノルンは、この三兄妹が神々を滅ぼす場に居合わせると予言する。かくして神々は三兄妹を捕えることにした。オーディンはヨルムンガンドを大海に投げ込み、ヘルをニヴルヘイムに投げ落とした。またヘルにニヴルヘイムの支配者として死者の世話をすることを命じた。フェンリルは神々には手におえないほどに強大な狼となっていたが、勇敢な神テュールが片腕を犠牲にしてついにこれを捕えた。
この時代の最後に美しく罪のない神バルドルが殺され、その犯人がロキであることが暴かれる。ロキは神々に処罰されて幽閉されるが、それはもう既に神々の黄昏の前兆であった。幽閉されたロキが苦しむと大地は揺れ動く、これが我々の体験する地震の正体であるという。
ラグナロク
神話中の様々な予言が、最後に起こる神々の黄昏のことを語っている。この神々の黄昏が始まると、巨人の子たちによって太陽が呑み込まれ月が切り刻まれる。大地が揺れて山も崩れ落ち、フェンリルがそのいましめから解放される。ヘルの死者たちが目覚め、ヨルムンガンドやフェンリルと共に攻め込んでくる。スルトに率いられたムスペルヘイムの軍勢も押し寄せてくる。またすべての巨人たちも幽閉から逃れたロキの下に動き出す。彼ら全ての神々の敵が目指すのは、アースガルズである。
ヘイムダルがその角笛ギャラルホルンを吹きならすとその音は全世界に轟き、それを合図に全ての神々が集ってオーディンの号令のもとに反撃に出る。オーディンは真っ先にフェンリルと闘うがこれに呑み込まれて死を迎える。トールはヨルムンガンドと相打ちになり、ロキとヘイムダルも斬りあって互いに力尽きる。神々も巨人も、またヴァルハラの勇士たちも戦って倒れ、生き残った者たちはスルトが放った全世界を焼き尽くす炎の中に消える。人間も妖精も含め、何もかもが死に絶え、大地は海中に没して消える。
そして大地が海中から現れ、青々とした緑が蘇ってくる。生命が再び世界に戻り、かつての神々の息子たちが現れ、また死んだ神バルドルらも復活してくる。かくして世の再生を描いて北欧神話は幕を閉じる。
現存する北欧神話の原典は多くが十三世紀のアイスランドに遡る。その一つはアイスランドの司教が1643年に発見し、その後の発見部分を含めて8〜13世紀ごろにまとめられたという34篇の神話詩・英雄詩、通称「詩のエッダ」(古エッダ)である。もう一つの原典は、アイスランドの文学者スノリが13世紀に執筆した『散文のエッダ』(新エッダ)という著作によって数多く引用した、スカルド詩とよばれる神話を題材とした賛歌や悲歌である。別名は詩のエッダの方が成立が古いと看做された事によるが、散文エッダ執筆後に編纂されたという異説もある。エッダによって神話が文書化された当時のヨーロッパはすでにキリスト教化しており、北欧神話は過去のものとして忘れ去られていた。
ノルウェーやスウェーデン等その他のスカンジナビアに残る神話の資料はより断片的なものである。アイスランドは辺境ゆえにキリスト教の影響が少なく、原点に近いものが残されていたと考えられる。
北欧神話は、ゲルマン人の共有していた失われた神話の一部を現代に伝えている。ドイツの国民的叙事詩「ニーベルンゲンの歌」は北欧神話の英雄シグルズの物語と同じ伝承に起源をもつ(※)。
またデンマークなどバイキングの移住が多かったイギリスにも痕跡がある。英語の火曜日(Tuesday)、水曜日(Wednesday)、 木曜日(Thursday)、金曜日(Friday)は、それぞれテュールの日、オーディンの日、トールの日、フレイヤの日を意味する。
(※)このことが原因で19世紀に「シグルズこそがオリジナルでありジークフリートはシグルズから派生したキャラクターである」という誤解が生じている。ワーグナーはこの説を真に受けて(「ニーベルンゲンの歌」ではなく)エッダの伝承をベースにしてオペラ「ニーベルングの指環」を創作している。
- ルーン文字:ゲルマン人が表記に用いた古い文字。
- ベルセルク:異能の戦士たちでバーサーカーや狂戦士とも言われる。
- ワルキューレ:戦場で生きる者と死ぬ者を定める女性。
- エインヘリャル:戦死した勇者の魂。
- ラグナロク:日本語訳で神々の黄昏。
- 古エッダ、サガ:物語群の名称でほとんどのタグは別の用途に使われている。
世界
登場人物
男性
女性
道具、武器
幻獣
※作品名別50音順
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