てらす池
てらすいけ
概要
キタカミの里に登場する池。「キタカミ六選」の一つで、鬼が山の頂上にある。
パルデアの大穴(エリアゼロ)に存在しているテラスタルの結晶と酷似した塊が底に沈んでいる池で、あわく発光しておりどことなく神秘的な印象を与える。
池の光を見ていると、亡くなった人に会えるという伝承があるという。
こうした事情からか、地元では神聖な場所として扱われており、本来であれば部外者が許可なく勝手に立ち入ることはできないとされるが、現代では風化し戒め程度になっているのか、主人公は簡単に出入りでき、立ち入りを制限するような人物も設備もない。
火山地帯のような地獄谷と隣接していることや、野生のマグマッグも生息している事から、大昔の火山活動の結果形成されたカルデラ湖である可能性も考えられる。
また、ここにある洞窟の底にある地底湖にはヒンバスが生息している(これ以外の場所では、テラレイドバトルを除いて出現しない)。
オーガポンのお面を直すのに必要な「けっしょうのかけら」が取れるため、シナリオ中ではそのためにここに立ち寄ることになる。
謎
この場所ではエリアゼロくらいでしか出現しない野生のキラフロルが生息していたり、本来は大人しいミロカロスが襲いかかって来たり、エリアゼロで流れる様なコーラスが入ったBGMが流れるなど不可解な要素が多い。
ゼイユによれば、「たまにこういうことが起こる」とのことで、これ以前にもポケモンが攻撃的になる事案が発生していた模様。
またこのエリアではテラピースが落ちていることがある。
また、調査を行ったブライア曰く、池の水はテラスタルエネルギーと同じ波長を持っているとのことで、パルデアから海を隔てて遠く離れたキタカミの里でテラスタルに関する現象が発生しているのもこの池が関係しているのではないか?と考察されている。
名前も奇しくもテラスタルに近しいが、単なる偶然なのだろうか?
このように不穏な要素が多い池だが、池の水はなんと飲用可能でキタカミの里の水源となっており、この事から「住民やポケモンたちに何らかの悪影響が出ているのでは?」など様々な憶測を呼んでいる。
この他オーガポンのパートナーだった男がてらす池に結晶を持ち込んだのではないか?という憶測がある。現在池の底にある結晶は到底持ち運びできない大きさだが、エリアゼロのテラスタル結晶は成長・拡大していくことが明らかになっており、時間をかけて増えた可能性もある。
余談
モデルは下北半島にある恐山の山中にある宇曽利湖。
湖から流出する正津川への流出部にはてらす池に存在した赤い橋と似た太鼓橋も存在する。
宇曽利湖は硫化水素なども混じっているため湖水が強酸性であり、言うまでもないが、ゲーム内のように飲用水になどはとてもではないが利用できない。
様々な生物が暮らしているてらす池とは対照的にウグイしか生息できないうえ、湖底には水草すら全く生えない正に死の湖であり、そこから流出する正津川も別名では三途川と呼ばれているなど、霊場恐山をモチーフにした鬼が山とてらす池に相応しいオカルトなスポットである。
またテラスタルの結晶と酷似した塊が存在するという部分は、宇曽利湖周辺や恐山に結晶や金など鉱物が多く存在している所が元ネタだと思われる。なおこちらの方も土壌にヒ素が大量に混ざっていて毒性が非常に強い為に、地面を掘れば作業者の生命に危険が及ぶため、鉱物の採掘自体が不可能であるなど、部外者立ち入り厳禁に相応しい要素の一つである。
ゲーム内においては描画の処理が最適化されていないのか、池の中の結晶を画角に収めるだけでかなりの処理落ちが発生する。
藍の円盤ネタバレ注意!!
後編クリア後のネタバレになります
DLC後編藍の円盤のクリア後にテラパゴスを連れた状態で訪れると、本当に過去のある故人と出会えるイベントが発生。
どうやら高濃度のテラスタル結晶は、同じものが存在する別の場所・時間同士を繋ぐゲートになり得るようで、幻覚などではなく、本編の時間軸とは別の並行世界に居た生前の本人が調査中のエリアゼロ(恐らく高濃度の結晶が存在する「ゼロの大空洞」だと思われる)から直接飛ばされてきた模様。
だが、ずっとその場にとどまり続けることはできず、一定時間が経過すると元の時空に戻されてしまうようで、件の人物もそのことを把握し、主人公と短いやり取りを交わして互いの書物を交換した後、元の時代へと戻っていった。
このことから、はるか昔にも誰かが同じように「時空を越えてやって来た生前の故人と短時間再会する」という出来事を経験した結果、上記の伝承が生まれたのだと考えられる。
なお、このイベントが終了すると強制的にオートセーブがかけられ、アカデミーの自室に戻されてしまう上、ゲーム起動時の画面が夕暮れ時へと変わり、スカーレットブック/バイオレットブックがテーブルの上に再び置かれるようになるという演出がある(BGMも全体的にしんみりとしたものに変わる)。さらに、ある人物に話しかけた際の台詞が変化するというイベントも。
このことから、このイベントは映画で言うところのポストクレジットシーンに相当するものと考えることもできる。