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関本賢太郎の編集履歴

2013-03-13 18:58:55 バージョン

関本賢太郎

せきもとけんたろう

阪神タイガースに所属する選手。

概要

奈良県出身。天理高から1996年ドラフト2位で阪神タイガースに入団。主な同期入団選手は濱中治今岡誠ら。

2013年現在、高卒入団の生え抜きでは阪神最年長(チーム最年長での生え抜きは桧山進次郎)。


一軍デビューは2000年。その後2002年に71試合に出場してブレイクを果たす。さらに2004年には規定打席には到達しなかったものの打率.316を記録した。

背番号を44から3に変更した2005年には二塁手、一塁手、三塁手を務めた。2006年は今岡の不振から三塁のレギュラーを確保。自己最多9本塁打を放つ。

2007年は自身初の開幕スタメンを勝ち取るが前半戦は不振に苦しむ。それでも後半に7本塁打を放ち、守備では二塁手の連続守備機会無失策記録を更新した(804)。

2008年からは登録名を本名の関本「健」太郎から現在の関本「賢」太郎に変更。この年トレードで移籍した平野恵一が二塁手のレギュラーに定着したことで二塁手での起用は減ったが代わりに三塁手のレギュラーに定着。この年初めて規定打席に到達し、打率は.298をマークした。

2010年は内野のスタメンをクレイグ・ブラゼル、平野、新井貴浩鳥谷敬で固定されスタメン出場の機会を失ってしまう。結局代打要員と守備固めとして79試合に出場。2011年は平野をセンターに据える起用が増えたため再び二塁手での出場機会を得る。9月には新井に代わって4番にも配置された。2012年は開幕戦で代打本塁打を放ったが試合数、打席数を前年より大きく減らす結果となった。

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