👁🗨概説
竜骨座を構成する恒星の中で最も明るい星「カノープス」、その周りを巡る惑星の内、数えて三番目に位置する惑星が「アラキス」である。
二つの衛星を持ち、その運動は惑星の地磁気を乱す。その為この星ではまともなコンパス程、北を指さなくなる。
惑星の表面は大部分が砂に覆われており、「デューン」の通称で呼ばれる所以でもある。
その環境は過酷を極め、人の生存には到底不向きな惑星である。
しかし自律機械なき現帝国において、精神拡張に欠かせない物質である香料「メランジ」を宇宙で唯一産出するため、この星を巡って幾つもの勢力がそれぞれの思惑の下介入し、時には支配してきた。
👁🗨歴史
人類が長きに渡る戦乱を終え、拡張期に入ろうとし始めていた時代に砂漠惑星「アラキス」は見出された。
当初はその劣悪な環境のため、定住しようと考える者はおらず、帝国の実験所が幾つか置かれただけであった。
しかし聖戦を経た人類は、自律機械に代わる新たな解決策を求める中、自らの肉体と精神を変異させることで自律機械或いはそれ以上の力を発現させようと考え付く。
その方法を模索する中で、この星の表面を覆う砂に含まれる物質「メランジ」に人間の肉体だけでなく、精神すら拡張しうる力が宿っていることが発見される。
この発見によって、アラキスは辺境の一惑星から一気に現帝国の存続の鍵を握る最重要惑星となったのである。
原住民であるフレメンがいつこの星にやって来たのかは詳しくは不明なものの、帝国がこの星を発見した時にはすでに彼らが存在していたことから、遅くとも聖戦が終結した頃から、ここに辿り着いていた可能性がある。
👁🗨惑星環境
一言で言うならば「劣悪」。人間活動に足る酸素は十分にあるものの、空気中に含まれる水分量は他の惑星に比べると最低の部類に入る。
日中の気温が五十度を上回ることは、この星では日常茶飯事であり、なんの準備もなしに外を出歩けば、非常に乾燥した気候も相まって、すぐに重篤な脱水症状になりかねない。
当然この星には液体の水は表面には存在せず、安定した水資源の確保は死活問題となっている。
惑星の大部分を覆う砂漠には、この星で独自の進化を遂げた砂蟲と呼ばれる巨大生物が泳ぎ回っており、表面を動く物があるならば見境なく襲いに掛かる凶暴さを持つ。その為、砂漠に出ることは「死」を意味する。
また砂漠の奥地には二つの月によって引き起こされる地磁気異常により、暴風「コリオリの嵐」が吹き荒れている。巨大宇宙船すら容易く破壊するその勢いに巻き込まれれば、まず命はないと言われる。
このように通常の生命にとって、この星は地獄にも等しい環境であるが、それでも安息の地は僅かながらに存在する。
惑星の北部には砂漠から幾つもの岩山が纏まって突き出る一帯があり、天然の障壁として砂漠に吹く皮膚を切り裂く鋭い風から守ってくれる。その中でも特に守りが厚い「シールド・ウォール」と呼ばれる地には、帝国によって建設されたこの星最大の都市「アラキーン」がある。
☆生態系
そもそも生物の生存に不向きな惑星であるアラキスにも、生命の息吹は息づいている。
幾つかの哺乳類と鳥類、植物、昆虫そして砂蟲である。
彼らの多くはこの星由来の物ではなく別の天体、特に旧地球からやって来た者たちが多く、他の場所では見られなくなってしまった最後の生き残りたちでもある。
または砂蟲とも呼ばれ、最大四百メートルを超える巨体に成長するこの生物は、この星の生態系の頂点に君臨する。
フレメンは「シャイ・フルード」即ち「永遠の者」と呼び、その言葉通り人間を遥かに超える遠大な寿命を持つ。
その始まりは、砂に潜む非常に小さな「幼生」であり、多くはその段階で寿命を終えるが、「黄塵爆発」と呼ばれる大爆発を生き残った者が次の段階である砂蟲へ変貌する。
砂の侵入を防ぐ硬い鱗に覆われたその細長いオレンジ色の胴体は、非常に強靭な筋肉そのものであり、その爆発的な推進力により広大なアラキスの砂漠を自在に泳ぎ回っている。
彼らの体内はある種の天然の炉というべき高温を保っており、彼らが動く度に大量の酸素が排出される。
アラキスが辛うじて生物の生存を許容するのは彼らの存在があるからこそと言える。
食性は主に砂に潜む極小の「砂生プランクトン」であり、円形状の口内に隙間なく生えた独特な形の歯で漉し取るようにして摂食する。
この歯はフレメン達がその一員である事を証明するクリスナイフの刃となり、その鋭利さは最高級の逸品にも匹敵する。
最初は柄との付着が悪く、持ち主が常に側に置くことで徐々に馴染ませて行く。フレメンにとってこの過程は人生における非常に重要な儀礼でもあり、他人にクリスナイフを託すことは言葉以上の意味を持つ。
音に対して鋭敏な感覚を持っており、自然の不規則な砂の動きと生物が発する規則的な動きを区別する事すら出来る。
これは彼らの警戒心の高さの表れでもあり、非常に強い縄張り意識を持っている。
同類が二体、同じ領域で鉢合わせしてしまった場合、その地にはオレンジ色の地獄が表出する。どちらか一方が死に至るか、それとも逃走するかまで熾烈な縄張り争いが終わることはない。
フレメンたちは「砂歩き」という、独特な歩法により自然の砂の動きを擬態しながら、砂蟲の感知から上手く逃れている。
フレメンたちにとって砂蟲は唯の凶暴な巨大生物ではなく、彼らの精神文化に於いてしばしば重要な役割を果たす不可分にして神聖な存在である。
砂蟲はフレメンたちにとって試練を与える「父」である。
「砂乗り」と呼ばれる儀式はその際たる例であろう。
これは「サンパー」と呼ばれる振動を意図的に発生させる装置で砂蟲を呼び寄せ、隙を見て砂中より顕になった胴体に「メイカー・ピッケル」と呼ばれる砂蟲のぶ厚い皮膚に突き立つ程鋭利なピッケルを使ってよじ登る。
その背中にまで到達すれば、晴れて一人前のフレメンとして認められることになる。
恐怖に打ち克ち、勇気を試すその内容は通過儀礼と呼ぶに相応しい。
砂蟲は、またフレメンたちを育む「母」でもある。
そもそもフレメンの肉体に大きな影響力を与える香料「メランジ」は、砂蟲の排泄物であり、摂取する事は彼らと肉体的・精神的に強固な繋がりを持つことになると強く信じられている。
その表れの一つが「命の水」である。
フレメンの居住地「シエチ」には、水が張られた特別な部屋がある。フレメンはここに捉えてきた子供の砂蟲を意図的に溺れさせる。水は人間にとってのメランジのように、砂蟲にとっての毒であり、溺れる事は「死」を意味する。
その死際に砂蟲から排出される液体こそ「命の水」である。それは、体内に蓄積されたメランジが水と混ざり合うことで、殺人的なまでに高濃度に凝縮された液体である。
神聖な砂蟲を殺すことは、すなわちそれと同等の重要な宗教的イベントが起きた事を意味する。
その液体は、フレメンの精神的支柱の一つである巫女(サヤディーナ)の意識の位相をさらに上階へ押し上げ、彼女たちを指導者「砂漠の教母」へと変異させる一世代に一度あるかないかの宗教儀式にて使われるのだ。
生と死。フレメンに起きる大きな始点と終点に深く関わる存在であり、故に「造物主」と呼ばれ、畏怖される。それは次の言葉に全て集約される。
「我らを作りたもうた者よ。全ての水は彼の者より生まれ、帰って行く。その口より出し言葉以て世界を清め、その産み出せし世界に生きる者に祝福を与え給え」
砂鼠
フレメンからは「ムアッディブ」と呼ばれるサバクトビネズミ。後ろ脚が非常に発達しており、跳ねるようにして移動する。
かつての旧世界の遠い子孫であり、祖先の形質を色濃く継承している。
その肉体は砂漠に完全適応しており、長期間水を摂らずとも生存可能な体質を持つ。
過酷なアラキスに於いて、特に危険な砂漠地帯を主な生息域とすることから、フレメンからは敬意を払われている。
アラキスの空に浮かび二つの月の内の一つ「クラン」は、その月影が似ている事から「ムアッディブ」の別名を持つ。
シエラゴ
サバクコウモリ。他の多くの生物同様、その祖先は旧世界からやって来た。
岩山の洞窟に住まうフレメン達にとって、見知った同居人である。
人に慣れ、ある程度言葉を理解する知能を持っている為、砂漠に於ける数少ない伝達手段である「伝書コウモリ」としてよく使役される。
👁🗨民族
帝国がこの地に都市「アラキーン」を建設するまで、この地に長きに渡って住んできたのは「イヴァードの眼」と呼ばれる青く輝く瞳が特徴的な「フレメン」と呼ばれる民族である。
フレメン
かつて帝国によって奴隷階級に堕とされた宗教派閥「彷徨える禅スンニ派」を祖に持つアラキスの先住民。
長きに渡って安住の地を求めて宇宙を放浪し続けてきた彼らは、詳しい時期は不明なものの、この星に辿り着き、この地を旅の終着点とし、生きる事を選択する。
高濃度の香料環境下に置かれてきた彼らは、厳しい環境でも生存可能な強靭な肉体に変異しており、その潜在力は宇宙最強の軍団と呼ばれる「サルダウカー」にすら対抗し得る物である。
とはいえ彼らにとっての戦いは、手段であり目的ではない。
彼らの関心は専ら、貴重な資源である「水」を如何に有効活用するかに焦点が置かれてきた。
その精神は、特に彼らの発明品の中でも最高傑作と呼ばれる「保水スーツ」によく表れている。
特殊なマイクロ・サンドイッチ構造によって、内部に籠った熱は外に逃され、その内部は常に涼しい。またその際に水分だけを抽出、濾過しスーツに取り付けられた保水ポケットと呼ばれる箇所に飲料可能な状態で集められる。
この効果は絶大で、通常の環境下で失われる水分量の九割を放出させる事なく、スーツ内で循環させることが出来るのだ。
このように彼らの生活において「水」は何よりも重要視されるが、その考えは外世界人にとって奇異に映る事も多い。
その一つが、死した者はその体に含まれる水分を全てその人間が生前に属していた共同体に返されなくてはならないという思想であり、見様によって人の死を冒涜するかの様に捉えられることから、嫌悪感を抱かれることもある。
何にせよ、彼らは上手くこの惑星に併せた生活様式に変化を遂げていった事で、過酷な環境を生き抜いてきた。その歴史的な事実は彼らに誇りを与え、それ故にこの地を支配しようとしてきた外世界人に対してはあまり好意的ではない。
特に長きに渡ってこの地を暴政を以て統治してきたハルコンネン家とは対立し続けており、ゲリラ戦を駆使し、その支配に頑健に抵抗し続けてきた。
とはいえ帝国とフレメンとの間には交流が一切無いかと言えばそれは間違いであり、香料を秘密裏に外に運び出す「密輸業者」を通してギルドとは裏で繋がりを持っている。
また帝国も一部のフレメンを優遇する政策を取っており、都市アラキーンに住まうフレメンはそうした「文明化」された者たちである。
時に帝国側の人間がフレメンの一員になることもあり、この星で自らの夢を実現しようと彼らに接触した帝国の惑星生態学者「パードット・カインズ」は、フレメンの妻との間に子供を一人設けている。
彼の夢はシンプルに言えば、「惑星緑化計画」であり、この砂に覆われた不毛の惑星を緑豊かな水の惑星に人工的に変化させようという壮大な計画であった。
自らの計画が実現可能であることを力説した彼を、フレメンは救世主「マフディー」として受け入れるようになり、夢物語でしかなかった「水の惑星」が一気に現実味を帯びるようになった。
後にパードットは計画の最中に起きた落盤事故により命を落としたものの、彼の意志はその子「リエト・カインズ」に引き継がれることになる。