概要
この兵器はSU-100(ロシア語:СУ-100)と呼ばれ、SU-85(T-34中戦車の足回りを再利用してD-5T 85mm戦車砲を搭載し作成した対戦車自走砲)に装甲し、ティーガー重戦車やパンター中戦車に対抗するため、より強力なD-10S 100mm砲に積み替えた自走砲(一部の見方では駆逐戦車)である。
この機種に関してはSU-85がT-34の改修によりD-5 85mm戦車砲を搭載することになり、自走砲として存在意義がなくなったことにより作成されたという事情により「砲身が完成していないにもかかわらず車体を先に生産」したため、SU-85の砲身にSU-100の車体という合いの子のようなSU-85Mという派生車種も登場している。
この兵器は派生機は試作されたものの、SU-85と同様にT-54に掲載された戦車砲を搭載されたため製造が中止された(なお、自走砲としては同時期に開発されたSU-152が使用された)。1944年から1946年にかけて1600台あまりが作成された。また、チェコスロバキアでもライセンス生産され、主として中東向けに輸出された。ユーゴスラビアやキューバなどに売却、供与されている。