概要
プロフィール
来歴
横浜高校から2004年に横浜ベイスターズ(現横浜DeNAベイスターズ)に入団。高校の同期に涌井秀章がいる。
2008年に石井琢朗・村田修一の代役として出場機会を得たことから一軍に定着し、以降は遊撃手・二塁手として出場を続ける。2012年から2014年にかけてはチームのキャプテンを努めた。2016年8月13日の広島東洋カープ戦で通算1000試合出場を達成した。
最盛期の2010年に打率.294を記録しているが、2015年以降故障が相次いでフルシーズン出場できないこともあり良い成績を残せずにいた。現役最終年となった2020年はついに一軍出場がなく、来季の戦力構想外となり退団。他球団からのオファーを待っていたがそのまま現役引退となった。
プレースタイル
俊足が売りであり、2010年には梵英心に次ぐリーグ2位の36盗塁を記録。翌年以降は盗塁数は減っているものの走塁技術には定評があり、捕手のタッチを忍者のように掻い潜りホームインする・スクイズの場面で守備の乱れの隙をつき二塁からホームインするといった好プレイを見せている。
守備では失策が多く(特に遊撃手時代)、なんJ界隈では大事な場面で痛恨のミスを犯すキャラとしての扱いが確立されている。また、肘の故障などもあり送球を不安視する声があった。