概要
旧ソ連が開発した戦闘機のひとつ。
全体的なシルエットはスホーイ設計局が開発したSu-27と似ているが、機体のサイズはこちらのほうが小さい。これは元々一つの研究から開発が始まっており、同じく航空空気力学の研究機関であるTsAGIのデータを基にした為。
また燃料の搭載量や航続距離ではSu-27に劣り、フライ・バイ・ワイヤすら採用していないものの、機体をほぼ垂直にしながらも平行移動するプガチョフ・コブラに代表される、ポストスト-ル性能(失速域における機体の制御能力)をはじめとする軽快な運動性が評価され、MiG-21に次ぐ、東側戦闘機のベストセラーとなった。
最新版として、推力偏向ノズルを搭載したMiG-35が登場している。こちらは従来のプガチョフ・コブラだけではなく、高度を変えずにその場で宙返りをするクルビットと呼ばれるマニューバも可能(ただし、推力偏向ノズルはオプション装備)。
東側戦闘機の代表として映像作品にもよく登場するが、「フランカー」ことSu-27が真打として登場することが多いため、MiG-21と同様に噛ませ犬扱いされがち。というか実戦でもSu-27には敵わなかった(エチオピア・エリトリア国境紛争)。
北朝鮮もこの機体を導入していることが分かっている。2003年にRC-135S/Uコブラボールが日本海上空において、北朝鮮戦闘機4機(うち2機はMiG-23)に追尾された。
情報そのものは以前から知られていたが、実際に証明されたのはこれが初めて。50機程度が配備されているようだが、実態は明らかではない。
1ユーロの戦闘機
ドイツ民主共和国の国家人民軍ではかつてMiG-29を導入していた。東西ドイツ統一後もドイツ空軍が使用していたことからドイツはヨーロッパの西側国家で唯一東側戦闘機を使う国だった。しかし、部品不足や低い稼働率などが影響していたため、第4.5世代に類するユーロファイタータイフーンが導入されたのを契機に、2005年に退役。保有していたほぼ全てのMiG-29をポーランドに1機あたり1ユーロ(当時日本円で約130円)で売却した(ちなみに改修費は含んでおらず、最新版への改修はドイツが行うため、単なるたたき売りではない)。
※MiG-29とドイツの関係はよく「西側唯一」と言われるが、厳密には誤り。インドなどの南アジア国家や東南アジア国家では、政情的に西側であっても高額なアメリカ製戦闘機を購入できず、ソ連時代からロシアの戦闘機を買っている国が多い。
迎撃戦闘機と前線戦闘機
Su-27との類似は前述のとおり。
防空軍の迎撃戦闘機として長距離・長時間の飛行能力や強力な索敵能力が求められたSu-27に対して、MiG-29は前線戦闘機(戦術戦闘機)として設計されており、前線近くの飛行場(または一般道路)などから発着することが要求されていた。
そのため空気取り入れ口(エアインテイク)には異物防止のための展開式フェンスが備えられており、他にも前側着陸脚のタイヤにはカバーを付ける事でタイヤにより異物を跳ね上げる事を防ぐなど、離着陸性能には気を使って設計されている。小型、軽量なのはその極致で、軽ければ離着陸に有利だし、小型なら地上での取り回しにも苦が無いのである。
もちろん敵戦闘機との格闘戦も想定しており、ヘルメット装備型の照準装置などは世界で初めて導入された。これはインドへの輸出機にも装備されている。
総じて安価ながら性能の良い機体と評価が高く、ソ連崩壊の頃までは東側同盟国や第三世界で好まれた機体となった。
ただし代償として航続距離や搭載力は見劣りするため、その点は「戦場の近くから発進し、戦場の制空や対地支援を担当する」という運用で補うことになる。
また、前線で酷使する事を想定している故に「長く使う」事を意識した設計になっていない。そのため、エンジンは「故障したら直さずに丸ごと交換してしまえばいい」とばかりに寿命が短く頻繁なオーバーホールが必要となった結果運用コストが高くついてしまい、ソ連崩壊後はMiG-29を手放し旧型のMiG-21を残す国が東ヨーロッパ圏で続出した。
「フルクラム」開発史
アメリカ製第4世代機への対抗
ベトナム戦争で重装備の戦闘爆撃機が空中ではあまりに鈍重・脆弱であることに気づかされたアメリカ空軍では、F-15やF-16といった新世代の格闘戦対応型戦闘機の開発に取り組むようになった。スパイ等を駆使して手に入れた公開・非公開情報から、そんなアメリカの対応を知ったソビエトでは、更なる対抗として新世代の戦闘機開発は急務となった。
1969年、のちにMiG-29となるこの戦闘機は、「PFI:先進的前線戦闘機」として開発が始まった。その要求仕様はこれまでにない航続距離や高い火器管制能力、優れた運動性を備え、しかも従来のような離着陸性能やマッハ2級の最大速度はそのままという、その困難さに関してはアメリカにも全く引けをとらないものであった。このため、研究開発には全ソビエトの知見が動員され、スホーイ設計局やTsAGIとも協力して行われる事になった。
ふたつに分かれた新型戦闘機 ~ミグとスホーイと~
1971年、様々な研究の結果、1種類の戦闘機で全ての要求を満たすのはやはり困難として、PFI計画はLPFI(軽PFI)・TPFI(重PFI)の2種類に分割される事になった。ミコヤン・グレヴィッチ設計局ではLPFI計画を引き継ぎ、これがのちのMiG-29となる。開発コードネームは「製品9」で、これは後々にも9.13等の細かな分類で登場する。
アメリカにその姿を初めて撮影されたのは77年11月のことで、ラメンスコイにあるジュコーフスキー飛行場で確認された、11種類目の新型機であることから「ラムL」と仮称が付けられた。実機がはじめて西側関係者に公開されたのは86年7月の事で、88年のファーンボロ航空ショー(この航空ショーは展示即売会でもあり、ここに展示する事は販売の意思発表を示すとされる)にも出品された。
こうした展示を通じ、MiG-29はF-16やF/A-18にも匹敵する、非常に恐るべき性能を持った戦闘機であると周知されるようになった。コックピット設備こそやや旧式だったものの長所もあり、外形にはまさしく最新の知見が適用されていた。Su-27でプガチョフ・コブラが初めて披露されたのもこの頃で、「ソビエト科学は侮りがたし」との驚きが広がった。
しかし、最新鋭科学の結晶だった戦闘機をも、こうした商業の場に担ぎ出さねばならぬ程ソビエトは逼迫していた。そんな中でも何とかやりくりして、何とか販売努力を続けていたが、93年の「エア・タトゥー」航空ショーでは、展示飛行を行っていたMiG-29の2機が空中衝突する事故を起こしてしまった。とくに1機はコクピット直後で真っ二つにされ、もう片方も翼端を失って墜落・炎上した。地面に激突するまで時間的余裕の少ない低空・低高度の射出だったにも関わらず、操縦士2名は無事に生還しており、この事故以降はむしろ安全性の高い射出座席への問い合わせが集中するという珍事が起こっている。
現在のファルクラムと将来の展望
ロシア空軍のMiG-29の多くは、80年代の配備以降ほぼ何の更新も受けておらず、2000年代後半には金属疲労による墜落が起こっている。修復と更新を兼ねてMiG-29SMT規格への改造が始まったが、資金難により事業は停滞気味で、現在も完了していないものと思われる。
輸出事業も前述した欠点や評価が理由で現在はSu-27の方が人気が高く、販売は思わしくない。
最新型MiG-35ではAESAレーダーを装備して搭載する電子機器類もデジタル化され、コクピットも多機能表示装置を用いた完全なグラス・コクピットになるなど、アビオニクスはSu-27系統に遅れを取らないよう改良が続けられている。
主な派生型
MiG-29A(製品9.12)
1983年から配備の始まった最初のMiG-29で、NATOコードネームは「フルクラムA」。
ワルシャワ条約機構加盟国向けの「A規格」、その他への輸出用「B規格」があり、とくにB規格ではECMやIFFといった機能は省かれている。
MiG-29UB(製品9.51)
複座練習機型で、IRSTは装備するも、レーダーは未装備となっている。NATOコードネームは「フルクラムB」。
これもA規格とB規格がある。
MiG-29S(製品9.13)
背面の一部を電子機器収容のため拡大(内部にはECMを内蔵)し、飛行制御コンピュータを更新。NATOコードネームは「フルクラムC」。やや重量が増加したが、主翼内舷、胴体下に増槽を搭載できるようになった。この型はソ連崩壊以前には輸出されていないため、A規格やB規格は存在しない(A規格を提供するワルシャワ条約機構が解散したため。)ソ連崩壊後では、ロシアやウクライナ、ベラルーシなどから中古機がペルーなどに輸出されている。
MiG-29SE
MiG-29Sの輸出型で、レーダーFCSをファザトロンN-019NEとしている。内舷側パイロンにはR-27(NATOコードネームはAA-10「アーチャー」)系各種中距離ミサイルの他、爆装も可能になった。輸出型とはいえ、かつて程あからさまな「格下げ」までは行われていないようである。
MiG-29SM(製品9.13M)
基本的にはMiG-29Sと同様だが、爆装では精密誘導兵器に対応した。見た目が変わらない為か、NATOコードネームは「フルクラムC」から変わりない。
のちにシリア向けに輸出されたが、本国仕様のようなECM装置は搭載せず、こちらの外観はMiG-29A同様になっている。シリア内戦で実戦投入された。
MiG-29G/GT
統一後のドイツ空軍向けにNATO規格に合わせて改造されたMiG-29。
格闘戦では運動性やヘルメット装備型照準器、R-73ミサイルの機動性も相まって、かなりの優位を誇ったが、BVRミサイルへの対応は遅れていた為に評価を落としていた。
結局は上記のような経緯でポーランドに売却される事になる。
G型は単座戦闘機、GTは複座練習機。
MiG-29K(製品9.31、製品9.41)
NATOコードネームは「フルクラムD」。
元々は空母「アドミラル・クズネツォフ」用艦載機として開発されていたが、財政難による空母開発計画の中止、また艦載機としてもSu-27Kに競り負けた事により開発は放棄された(1992年)。
1999年、インド海軍がこれに注目し、来る空母「ヴィクラマー・ディティヤ」の空母航空隊向けに発注した。インド向けMiG-29KはMiG-29M(製品9.15)を基に再開発され、「製品9.41」と新たに指定された。2017年までに合計45機(複座型のKUBを含む)がゴア地方のハンサ海軍飛行場所属300飛行隊・303飛行隊に配備された。
後にロシア海軍でも採用され、黒海に面したクラスノダール地方の第100独立艦上航空連隊へMiG-29KR(単座)・MiG-29KRUB(複座)合わせて24機が配備されたといわれる。
MiG-29M(製品9.15)
かつてはMiG-33とも。NATOコードネームは「フルクラムE」。
MiG-29の再設計型で、機体設計にまで及ぶ本格的な手直しが入っている。MiG-29初の本格的マルチロールファイターではあったが、ようやく試験が終わろうとしている段階でソ連崩壊を迎えたため、既存機の維持にも悩まされているロシア空軍では採用されなかった。6機が生産されたが、MiG-MAPOのデモ用・技術開発用として運用されている。
のちに様々な派生型の基となる。
MiG-29SMT(製品9.17、9.18、9.19)
MiG-29AおよびMiG-29Sを、MiG-29M(製品9.15)など生産第2世代型に基づく仕様に更新したもの。
コクピットでは不十分だったHOTAS導入を更に進め、フライバイワイヤに対応。レーダーFCSはジュークMEとなり、MiG-29SMと同じく精密誘導兵器を運用できる。エンジンはRD-33ser.3。
仕様に合わせて別々の製品コードが設定されており、改良度合や背部フェアリング・フェアリング内燃料タンクの有無などによる。
MiG-35
MiG-29Mより更に発展した型で、現在も開発進行中。NATOコードネームは「フルクラムF」。
2019年に最初の2機がロシア空軍に引き渡された。インド空軍などへの売り込みも図っている。
MiG-29OVT
MiG-29Mとして製造され、不採用となってMiG設計局に留められた内の1機を改造した技術デモ機。推力偏向エンジン・フライバイワイヤを取り入れている。