ピクシブ百科事典

初代ゴジラ

しょだいごじら

1954年11月3日に公開された東宝制作の怪獣映画『ゴジラ』。『ゴジラシリーズ』第1作。および、それに登場する怪獣。
目次[非表示]

概要

正式タイトルは「ゴジラ」。 

ゴジラシリーズ』の記念すべき第1作にして、戦後日本の娯楽特撮の原点。
1954年に公開されるや否や大ヒットを記録し、当時の東宝の初日動員記録を塗り替えた日本映画の金字塔である。当時、東宝は厳しい経営難に陥っていたが、この『ゴジラ』の空前の大ヒットで一気に立て直しに成功したという。

ビキニ環礁での核実験に伴う第五福竜丸の被爆事件に着想を得て、「海底二万マイルから来た大怪獣」という企画案からスタートし、反戦やへの怒りをテーマとした。ゴジラは核の悲劇を体現し、恐怖の象徴として不気味なイメージで描かれている。

単なる怪獣ものでは終わらない、時代を超えた強いメッセージ性を持つストーリーは、公開から60年以上が経った現在でも非常に高い評価を得ており、今でもシリーズ最高傑作の1つに数えるファンも少なくなく、現在でも度々再放送が行われることがある。
2014年には生誕60周年とを記念して、ハリウッドからの10年ぶりの最新作の公開に先駆けて、6月にデジタルリマスター版が全国上映され、同年7月8日にはNHKのBSプレミアムでも放送された。その後、2016年には『シン・ゴジラ』公開を記念して同じくBSプレミアムでリマスター版が放送されている。
また、生誕60周年記念および『GODZILLA』公開記念として日本映画チャンネルより開催された、ファン投票により全ゴジラ28作の中からベスト・オブ・ゴジラを決定するゴジラ総選挙において、第一次投票で堂々の1位に君臨。決選投票候補である上位4作に選ばれている。

製作

撮影

日本初の怪獣映画であったため、当然ながら現場は試行錯誤の繰り返しだった。円谷英二は今作の特撮を監督する上で、『キングコング』(1933年)を参考にしたという(ちなみに、キングコングとはこの2作後の作品で直接対決を繰り広げている)。
当初は『キングコング』と同様、人形を使ったコマ撮りの予定だったが、制作期間の短さから着ぐるみスーツ)撮影に変わった。コマ撮りは細かな動きの描写ができ、比べて着ぐるみでは生物学的な動きはできず鈍い動きになるが、圧倒的な重量感と巨大さが表現できた。

撮影セット(街のミニチュア)を作るために、再現するビルの管理者に設計図や三面図を貸してくれるよう頼んだが、作中でそのビルが壊されると説明するとほとんどが「ビルを壊すなんてとんでもない!」という理由で断られてしまった。作中で壊される銀座和光ビル時計台も本作でも屈指の名シーン(本記事のメイン画像を参照)の1つだが、当然ながら和光側は大激怒(東宝は「うちも日劇やられました」と説得したが、「それはお前ん所の事情だろ!!」と、火に油を注ぐ結果となってしまった)、その後2年、「うちを侮辱した東宝の関係者は店に来るな!!」と追い出され続けたという。また、やはりゴジラにやられてしまった松坂屋についても当時の社長が「縁起でもない!」と怒り狂ったそうな。
そこでスタッフは実際に現場の街まで赴いて正確なサイズを測定しなければならなくなった。ところが、ロケハンをしていたスタッフが「あの建物を壊そうか」等と話していたために、警察怪しまれて職務質問されたこともあったとか。

こうした、着ぐるみとミニチュアを用いて巨大感を生み出すという独自の撮影法は、以降の特撮作品においても連綿と受け継がれてゆくこととなり、日本の映像技術・文化にも極めて大きな影響を与えることとなった。この制作体制は2001年NHKの番組『プロジェクトX』で紹介されたこともある。

劇伴

1935年にアレクサンドル・チェレプニン賞を受賞し、当時日本を代表する音楽家として知られていた伊福部昭氏が楽曲を担当することになった。

特に、伊福部氏の「ゴジラのテーマ」は、日本の怪獣映画を象徴する有名な曲となり、以降のシリーズでもたびたび使用される人気作となった。他にも、『宇宙大戦争』や『怪獣大戦争』のテーマの原型となった「フリゲートマーチ」など、数々の名曲が生み出された。

伊福部氏はこの映画により名を高め、以降の東宝特撮には欠かせない存在となってゆくことになる。

なお伊福部氏は、自身も戦時中に軍の研究施設で働いていた際に病(本人は放射能障害と思っていた)を患ったという過去を持っており、自らも放射能に対して強い恐怖を感じていたことから、特別な思いを抱きながら制作に臨んでいたという。

兵器

作中でゴジラを人類側は近代兵器を駆使して迎え撃うとするが、公開年の1954年は自衛隊発足と同年だが、制作の段階で物語での反映に間に合わず、作中の軍事組織は「防衛隊」という設定になっている。いわゆる、「東宝自衛隊」の始まりである。
作中での登場兵器では榴弾砲M114M2戦車M24軽戦車M4中戦車、ゴジラを東京湾で追撃するのはF-86F戦闘機。そのほとんどが当時の自衛隊の装備で、米軍から供与されたもの。
街中でゴジラに戦車隊が砲撃するシーンは作中の名シーンの一つであり、「戦車が怪獣に戦いを挑む」という典型の始まりとなった。

あらすじ

太平洋上で船が次々に謎の遭難が相次いでいた。時を同じくして大戸島で嵐の晩に謎の巨大生物によって島が荒らされ、多数の犠牲者が出た。政府は調査団を島に派遣するが、そこで巨大な怪獣を目の当たりにする。それは大戸島近海の海底に潜んでいた太古の怪獣で、島の伝説の「呉爾羅」にちなみゴジラと呼ばれた。ゴジラは人類の度重なる水爆実験により目を覚ましたものと推測されたが、ついにゴジラは日本首都東京を襲撃する。ゴジラの猛威の前に人類のあらゆる攻撃は無力であり、東京は焦土と化してゆく。

対ゴジラの秘策を持つと噂されていた青年科学者・芹沢大助博士は、密かに開発していたオキシジェンデストロイヤーならばゴジラを倒し得ることを、かつての恋人・山根恵美子に告白する。それが悪用されれば、ゴジラ以上の恐るべき災厄になると考え、オキシジェンデストロイヤーの使用を躊躇う芹沢だったが、恵美子の懇願と被災者たちの悲痛な姿を見て、遂に使用を決断した。

自ら潜水服を着て、東京湾の海底で眠るゴジラにオキシジェンデストロイヤーを仕掛ける芹沢。装置の作動と共に、ゴジラは苦悶しながら白骨と化し葬られた。だが人々が歓喜に沸く中、芹沢は二度と浮上して来なかった。彼は命綱を切り、自分の命と共にオキシジェンデストロイヤーの秘密を永遠に葬り去ったのだった。

ゴジラの設定

「今からおよそ二百万年前 学問的に言うとジュラ紀と呼ばれる時代に生息していた、海生爬虫類から陸生獣類進化する際の過渡期的生物」(劇中での山根博士の説明による)。

身長50メートル
体重2万トン
武器放射能火炎(白熱光)
メイキングの段階では、「頭部は原爆のきのこ雲」を暗示させるような形状で方向づけられており、かなりグロテスクかつエイリアンチックな外見であった。また、それより以前は米国の古典的な大ダコ怪獣として企画が始まった(その意味で、『フランケンシュタイン対地底怪獣』は二重・三重の意味でも「ゴジラではなし得なかった対決」の体現であった)。
1953年に公開された『原子怪獣現わる』も作品製作に大きな影響があり、ゴジラが「太古の生物」という設定のきっかけにもなった。

ゴジラの鳴き声の表現は、音楽を担当した伊福部昭がコントラバスの「スル・ポンティチェロ」と呼ばれる奏法の音を使用することを発案し、最終的に音響技師の三縄一郎が録音テープを逆回転させるなどして、完成に至った。また、ゴジラの足音も伊福部が制作している。

なお、上記の山根博士の解説は思いっきりジュラ紀の時期を間違えているが(ジュラ紀は約1億5000万年前)、香山滋の原作及び小説版でもこの表記であり、一部では「人類誕生の歴史に合わせたものではないか」等の説がある(実際、ジュラ紀の時期が二百万年前という発言は今作のみであり、次作以降は現実の正しい年代となっている)。

なお、絵コンテの段階では鬼瓦獅子舞山猫のごとき風貌をしていて、積極的に人間を捕食したり逃げ惑う人間を狙って白熱光で殲滅する、二又に白熱光を吐いたりする、などの特徴が見られ、非常に恐怖心を煽った。

海中で積極的に白熱光を使うのは、後のエメリッヒ版ゴジラの続編にも活かされた。

キャスト

尾形秀人 - 宝田明
山根恵美子 - 河内桃子
芹沢大助(芹沢博士) - 平田昭彦
山根恭平博士 - 志村喬

スタッフ

製作 - 田中友幸
原作 - 香山滋
監督 - 本多猪四郎(本編) / 円谷英二(特撮)
脚本 - 村田武雄 / 本多猪四郎
音楽 - 伊福部昭
撮影 - 玉井正夫(本編) / 有川貞昌(特撮)
編集 - 平一二
配給 - 東宝

公開:1954年11月3日
上映時間:97分
製作国 - 日本
言語 - 日本語

ハリウッド版

がおー!


1956年に、海外版の『怪獣王ゴジラ』(GODZILLA, King of the Monsters)が作られたが、レイモンド・バー演じる主人公アメリカ新聞記者東京に立ち寄った際にゴジラに遭遇するという内容に再編集されたもので、この中では政治色・反戦・反核のメッセージ性は完全に消されている(東西冷戦の只中であった当時の情勢を考えると仕方がないとも言えるが…)。

ちなみに、ゴジラの英語表記である「GODZILLA」という言葉が生み出された記念すべき作品でもある(しばしば勘違いされるが、この綴りを考案したのは、米国人ではなく日本人である)。

後年への影響

今作の人気により、『ゴジラ』はその後続々とシリーズが作られ、他の映画会社もこれに肖ろうと次々と怪獣映画を製作・放映することとなり(そのうちの一つが大映ガメラであり、ガッパギララなどとは違ってシリーズ化に成功した)、日本の映像分野に怪獣文化が根付くことになる。海外でも、『怪獣ゴルゴ』のように影響を受けた作品は少なくない。

また、後年、『ゴジラ』で特技監督を務めた円谷英二氏が「お茶の間でも特撮作品を見せよう」ということで円谷プロを設立してウルトラシリーズが放送を開始し、さらに、このウルトラシリーズに対抗する形で東映仮面ライダーシリーズスーパー戦隊シリーズなどの数々の特撮作品を世に送り出すこととなった。

C89に一般参加してお知り合いの方々に配るだけの名刺


このように『ゴジラ』は怪獣映画だけでなく、すべての日本の娯楽特撮の原点とも言える存在であり、この作品がなければウルトラマン仮面ライダー戦隊ものも誕生することはなかったかもしれないのである。

余談

  • 公開当時は「ゲテモノ映画まかり通る」といった批判的評価も多かったが、三島由紀夫小津安二郎淀川長治手塚治虫水木しげるなどは当時から高評価で紹介しており、特撮界の偉人であるレイ・ハリーハウゼンや若きスティーブン・スピルバーグも強い衝撃を受けたという。ちなみに、後年『ゴジラVSキングギドラ』では“スピルバーグ”という名前のアメリカ軍軍人が登場するシーンがある(作中でのやり取りから、スピルバーグ監督の父親である可能性が示唆されている)。スピルバーグ自身も根っからのゴジラファンである。
  • 当時、国民には再軍備化の兆しが見える吉田茂内閣の日本政府に不信感が高まっていた時期で、国会議事堂がゴジラに壊されるシーンでは観客が総立ちで拍手する劇場も多かったという。また映画内では、有名な「バカヤロー解散」への皮肉なのか、菅井きん演じる婦人議員が報道管制を敷くと立案した与党議員に「バカモノ!」と叫ぶシーンがある。
  • 前述のとおり建物のミニチュア再現に設計図を作中で壊されるという理由から貸してもらえず、スタッフ自ら測量して再現したが、今作が成功しシリーズ化すると、方々から「うちの建物も映画で壊して欲しい」という申し込みが増えたという(次回作大阪城などがその良い例である)。
    • また、観客の中には、映画を観終わった後、銀座の和光ビルや松坂屋がちゃんと建っているかどうか思わず確認してしまった人もいたという。本作の特撮シーンの完成度の高さが伺えるエピソードである。


関連タグ

映画 邦画 特撮 怪獣映画 映画の一覧
東宝 東宝特撮 東宝怪獣
ゴジラ ゴジラシリーズ 昭和ゴジラ

オキシジェンデストロイヤー - 本作のキーアイテム。

ゴジラの逆襲(続編)
ゴジラ(1984)(本作以外の昭和シリーズをリセットした続編)
シン・ゴジラ(本作を含むすべてのシリーズを初めてリセットした作品)
原子怪獣現わる本作の元ネタと言われることもある作品)
超兵器R1号(『ウルトラセブン』第26話。核実験で故郷を滅ぼされた怪獣が人類に復讐するというストーリーが本作と共通する)

君の名は(初代ゴジラが公開された1954年興行収入1位の作品。62年後の2016年にはほぼ同名のアニメ映画がほぼ同時期に公開されたシン・ゴジラを上回る興行収入を挙げ、「因縁」と呼ばれるようになった。また初代『ゴジラ』と『君の名は』双方には戦争や空襲を踏まえた描写やストーリー展開があるが、『シン・ゴジラ』と『君の名は。』双方にも東日本大震災を踏まえた要素がある)

原点にして頂点 全てはここから始まった 全ての元凶

外部リンク

ゴジラ (1954年の映画) - Wikipedia
映画 ゴジラ - allcinema

pixivに投稿された作品 pixivで「初代ゴジラ」のイラストを見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ 総閲覧数: 189365

コメント