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明智光秀

あけちみつひで

戦国~安土桃山時代の武将。織田信長に仕えた重臣の一人だが、後に反旗を翻し「本能寺の変」を起こした。
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概要

生年不明(後述)~1582年7月2日(天正10年6月13日)

戦国時代、安土桃山時代に活躍した戦国武将
別名・惟任日向守。家紋桔梗紋。

尾張の大名・織田信長に仕え、その覇業を支える重臣の一人であったが、後世に「本能寺の変」として伝わる謀反を引き起こした。こうした経緯から日本史(とくに信長や秀吉の時代)を語る上では必ず名が触れられる非常に有名な一人だが、その半生は謎に包まれている。

生涯

出生~織田家仕官

清和源氏の土岐氏の支流・明智家の明智光綱の子として生まれたという。幼名は彦太郎
生年は永正12年(1515年)、大永6年(1526年)、享禄元年(1528年)など複数言われ、出身地も明智城か山県市美山と2つ説がある。青年期のおける光秀の行動は資料に乏しい。つまり、わからないことだらけの前半生である。

通説としては、美濃斎藤道三に仕えていたが、道三が息子の斎藤義龍に討たれた後は放浪し、毛利元就に仕官を求めたともいわれる。朝倉義景足利義昭に仕えていたが、義昭の上洛要請に応じようとしない義景に見切りをつけて母方の従兄妹だったと言われる濃姫(帰蝶)と弟の斎藤利治を通じ、濃姫の夫・織田信長に仕官し織田家家臣となった。

義昭も光秀を通じて信長と接触して、将軍に擁されて上洛を果たし、義昭に仕え、友人でもあった細川藤孝も織田家臣となった。各地で転戦を繰り広げ、織田家家臣の中でも、異例の早さで出世(同じくスピード出世だった羽柴秀吉よりも更に速かった)し、城(坂本城)を築くことも許され近畿の指揮権も与えられた。

本能寺の変

天正10年(1582年)6月2日、信長の友人である徳川家康の接待役を務めていたが、羽柴秀吉の依頼により、毛利征伐の支援を命ぜられて出陣することになる。その途上、桂川を渡ってへ入る際に、光秀は何故か主君・信長の宿泊する本能寺へ向けて進軍する。
(この時に加わっていた武士の口述によると、行軍の理由は直前まで知らされず、当人は「徳川家康を討つ」と思い込んでいたという)

近習100人足らず、ましてや夜中の奇襲により碌に武装も出来ていない信長に対し、明智軍は1万3000人もの軍勢で包囲する。予期せぬ重臣の奇襲と圧倒的な戦力差に信長は近習とともに奮戦するも、最期は自ら寺に火を放ち自害したとされる。このとき、信長の嫡男・織田信忠も同じく京におり、父を助けようと戦火に飛び込み命を落としており、結果的に織田家は以降力を失っていくこととなる。ただし、信長(および信忠)の遺体は今現在も見つかっていないという。

その後

信長を討った光秀は京を押さえると共に信長の居城であった安土城を押さえるなど新政権を整えようとしたが、協力を求めた細川藤孝・忠興父子や筒井順慶などからいい返事は得られず、藤孝は出家して信長の喪に服し、忠興は妻・(光秀の三女)を丹後国・味土野に幽閉する。

その後、急遽毛利氏と和睦して中国地方から引き返してきた(中国大返し)秀吉の軍と摂津国と山城国の境に位置する山崎にて交戦することになる。羽柴軍の予想以上に早い帰参に軍備が間に合わなかったことや、要所である天王山を先に押さえられたことにより敗北。逃走中に近江は小栗栖の辺りで落ち武者狩りに遭い、百姓たちの竹槍(もしくは錆びた槍)で深手を負いその場で自害したとされる。介錯は側近の明智茂朝溝尾茂朝)が務め、竹藪の溝に首を隠させたが翌日には発見され、信長の三男・織田信孝の手に渡り本能寺や粟田口にて晒されたという。

謀反を起こしてわずか11日後の出来事である。

人物

「本能寺の変」により主君を裏切ったこと(加えて秀吉によるプロパガンダもあったとも)で悪名が知られるようになり、後世では野心家や裏切り者のように悪人として語られることが多かった。ただし、そもそも謀反を起こした経緯については未だ不明瞭であり、信長との関係や光秀の心の苦悩を物語る史料は少なく、良悪とも語られる経緯の多くは憶測や創作がほとんどである(本能寺を奇襲した際に発したとされる「敵は本能寺にあり」という言も実際は江戸時代幕末)の歴史家頼山陽の創作といわれる)。

『日本史』の著者であるイエズス会のルイス・フロイスは「狡猾」「陰謀を好む」「根暗」等と言った評価を下しているが、フロイスは京や大坂で布教を許されるなど信長に優遇されたこともあり、主君を討った光秀に対する採点が辛辣なものになった可能性がある。(ただし、フロイスは光秀の事を評価していたのではないかという見方もある)

しかし昨今では、内政手腕に優れ領民や家臣から慕われていたことや、平時は和歌茶道を好む文化人であったとされ自ら連歌会を催すことも多かったなど、良心的な側面も注目されるようになり、苛烈なエピソードの多い信長とは対称的な仁君として扱われることも多くなった。

武芸においては鉄砲による射撃を得意とし、これが高じて義景に仕官できたという。
一部では、空に向けて十分に狙いも定めずに発射し、飛んでいた鳥に命中させたとまで言われているが、流石に俗説であるとのこと。

正室の煕子(妻木広忠の娘)とは非常に仲が良く、浪人時代に資金が困窮した際には妻が自身の髪を売って金を用意したという逸話が存在する。その愛妻ぶりから生涯側室を持たなかったとされる一方で、実際は側室がいたとも、彼女は後妻で早世した前妻がいたともいわれる。煕子との間に3男4女をもうけており、著名な人物に細川忠興の妻となる珠姫(別名・細川ガラシャ)がいる。

因みに外見に関しては当時の髷を結った頭でもそれと分かるくらいのハゲ(脱毛症)だったらしく、信長が光秀の禿げあがった頭を見て「金柑頭」と名づけたという逸話もある。

本能寺の変の裏側

毛利攻めの出陣前に愛宕山の神社へ参詣し、三回おみくじを引いたが、すべて「凶」だったという。
その後に列席した連歌会で「時は今 雨が下しる 五月哉」と発句を詠んだ。この「時」は自身の出身「土岐氏」、「雨が下しる」は「天が下知る=治(し)る」の意味合いが込められ、すなわち「土岐氏が天下を治める」、または「朝廷が治める」を意味していると言われる。

光秀が信長を討った理由はわかっておらず、様々な説が唱えられ、光秀の意志だけで実行した単独説と、何者かの指示や協力で光秀が実行した黒幕説の大きく二つに分けられる。

なお、光秀は長宗我部氏と家臣団ごと関係が深く(元親の嫡男・信親の母は光秀の重臣の妹で、「信」の字を信長から与えられた)、親三好氏に傾き三男・信孝と重臣・丹羽長秀に長宗我部氏を攻略させようとしていた信長に反感を抱いていた疑いが強い。
その頃に、同僚の家臣に引き抜きを掛けていたのが、「家臣間の引き抜き合い禁止」を方針にしていた信長にばれても返そうとせずに殴られていたという記録もある。

また、光秀の明智家の出身・土岐氏は源氏の中でも清和源氏の摂津源氏から続く美濃源氏で、摂津源氏は第六天魔王にも例えられた酒呑童子を倒した源頼光平清盛を倒そうと挙兵して敗れた源頼政の系統である。そして、第六天魔王を自称した信長の織田家の本姓は「平家」である。両者には運命づけられた因縁が潜んでいたかもしれない。

本能寺の変・単独犯説に挙げられる主な俗説

  • 丹波の波多野氏攻略に光秀は苦労し、明智氏滅亡以来ずっと連れ添った自分の母を人質にして講和を結んだが、信長はそれを許さず、城主兄弟を死罪に処した。当然、光秀の母は波多野氏側に殺され、光秀は信長を恨むようになったという説。
  • みずからの領地丹波・亀山を召し上げ、新たに敵地にある出雲・伯耆もしくは石見への国替えを命じられたという説。
  • 本能寺の変直前に光秀は徳川家康の接待を命じられたが、そこで信長に接待の不備をとがめられ、大いに面目を失ったという説。
  • 家康の接待役を更迭され、毛利との戦いで苦戦している同格の羽柴秀吉の指揮下に入るよう命じられ、その屈辱的措置に愕然として謀反を起こしたという説。
  • 古今東西、家来の妻に手を出して滅びた主君の例は多く、好色かつ両刀使いだった信長も光秀の妻を気に入り強引に召し上げてしまい、愛妻家だった光秀の恨みを買ったという説。


本能寺の変・黒幕説に挙げられた主な人物、組織

  • 朝廷説…信長の武力・政治力によって荒廃していた京の都は復興し治安も安定した。朝廷はその功を認め信長に右大臣職を与えたが、信長に朝廷を敬う意思はなく威光を利用するのみであり、その危機感に光秀に信長追討の命を下したという説。
  • 足利義昭説…信長のおそろしさに気づきつつあった光秀に、旧主君・足利義昭が光秀に密命を下したという説。
  • 羽柴秀吉説…秀吉と光秀が共謀して謀反を起こしたという説。
  • 徳川家康説…家康が光秀に謀反をそそのかしたという説。家康の動機としては信長と同盟はしていたがけっして対等なものではなく、生殺与奪の権は信長にあった。事実、家康の嫡男・信康は信長の命により切腹、正室・築山殿も死罪という憂き目にあっている。(しかしながら、このとき家康は信長の招きにより京、堺を観光しており、信長横死を堺で知った家康は命からがら領国・三河に逃げ帰っている)


光秀=天海説

一方では死なずに生き延び、天海と名を変えて徳川家康に仕えたという説もある。
天海と光秀の筆跡が限りなく近い物という証拠や、日光東照宮に桔梗紋(メイン画像参照)が掘り込まれている等、結びつける事象は多い。
また、天海本人にも経歴に謎が多く当時にあっても異例の長命である。
江戸幕府・第3代将軍・徳川家光の乳母・春日局の父は「本能寺の変」に際して処刑された光秀の家老・斎藤利三であり、謀反人の娘をそのような重職に就けたことに疑惑の目が向けられている(一説には紹介したのは天海であったという)。等、その説に拍車を掛けている。
創作作品ではこの説を汲み、光秀と天海が同一人物ないし、限りなく近い人物として登場していることがある。

もう一つの生存説

あまり知られていないが、美濃へ落ち延びて荒深又五郎と名乗ったという説もあり、実際に美山に光秀の墓と位牌を所持している家もある。
しかし、関ヶ原の戦いに東軍として参戦する途中に水死したという。

関連イラスト

名将列伝を見て
覇王の月



関連人物

煕子(妻木煕子) 妻木広忠 細川ガラシャ 明智秀満
斎藤利三 明智茂朝/溝尾茂朝
織田信長 濃姫 羽柴秀吉/豊臣秀吉
斎藤道三 朝倉義景 細川藤孝 細川忠興
南光坊天海

クリス・ペプラー:タレント。光秀の実子という説もある土岐頼勝の子孫

関連タグ

戦国時代 戦国武将 本能寺の変


創作の明智光秀

ほとんどが時代や信長に対し苦悩する人物像が描かれているが、史実では信長より年上なのに、近年のアニメ漫画の光秀は若い青年姿で描かれることが多い。

明智光秀(戦国無双

光秀



CV:緑川光

史実の光秀公と同じく、時代に苦悩する様子が描かれている。
礼儀正しく誰にでも敬語で話す。

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関連タグ
戦国無双 戦国無双2 戦国無双3 無双OROCHI 明智親子 ガラシャ

明智光秀(戦国BASARA

明智さん、出番ですよ!



CV:速水奨

快楽殺人者として描かれており、自身が傷付けられることすら悦ぶ変態
それゆえファンからは「本能寺の変態」と呼ばれている。

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関連タグ
戦国BASARA 学園BASARA 織田軍

明智光秀(へうげもの

へうげもの



CV:田中秀幸
白髪の生えた中年で、物静かで無私の人物。主人公古田織部の数寄者ぶりを気に入っている。
領民や家臣を思い、天下の太平を望んでいたが、家臣よりも親族を可愛がり、世界制覇を目指して戦乱を続けようとする信長の野望を止めようと決起したが、秀吉千利休の謀略で追い込まれたものだった。ただし利休の関与には気づけなかった。
山崎の戦いで敗れて、延暦寺の招きで比叡山に向かうも、反対派の僧兵に襲われ、若き天海を庇って深手を負ってしまう。
直後に光秀を慕って駆けつけた家康に助けられ、秀吉による謀略の真実と自らの遺志を家康に託した。辞世の句を上の句しか詠まずその理由を「下の句など蛇足」と述べ命を絶つが、これが後々になって話に大きな影響を与えることとなる。

明智惟任光秀(ドリフターズ

CV:速水奨
容貌は壮年の白髪美丈夫。廃棄物サイド人物として、4巻45幕単行本化追加ページより本格的に登場。3巻で既に当人ではないかと示唆される、EASYに送り込まれた桔梗紋の装備をした竹槍で深手を負った武将が登場していたが、明確に素性が示されたこととなる。
本能寺織田信長の死体が発見されなかった事の理由がドリフターズ世界へ召喚された事である事を知り、今度こそ信長を殺害すべく黒王軍へと加入する。

テレビアニメ版では、最終話においてCVが判明。速水氏は上記の戦国BASARAでも明智光秀を演じている。

明智光秀(戦極姫

明智光秀



織田家重臣で火縄銃に優れ、冷静沈着で非情にもなるが、愛する者に一途に尽くす人物。

明智ミツヒデ戦国乙女

朱雀剛爆砕


CV:釘宮理恵(原作)/喜多村英梨(桃パラ)

眼鏡っ娘。冷酷な知将で、織田ノブナガに仕えているが、もともと仕えていた足利義昭を慕っている。豊臣ヒデヨシからは親しまれている。
アニメ『桃色パラドックス』では少し設定が異なる。

明智光秀(殿といっしょ

明智さんのお願いに半兵衛さんは…!?

(画像右。左は竹中半兵衛
CV:平川大輔

長い黒髪とデコボクロが特徴的な男性。放火魔の主君とドSな従妹に振り回される気苦労の絶えない中間管理職森蘭丸からは弄り倒されている。
妻・熙子は良妻賢母であるがかなりの俗物であり、寝ている時に髪を剃られて売り飛ばされたことが二度もある。

明智光秀(信長の忍び)

光秀百姿+


CV:立花慎之介

『殿いつ』光秀同様のツッコミスト。文武に優れた武将だが、小心者で思い込みが激しい一面もある。「金柑頭」と呼ばれていた逸話からか非常に丸顔。従妹の帰蝶の事が大好きで、信長との縁談を聞いた時には自害しかけたほど。

明智光秀(戦国ARMORS

なぜ打ち切ったし


本作の主人公『南光坊天海』その人。重臣級甦土無「迦楼羅」を右腕に装着しており、岩や金属を瞬時に蒸発させる程の炎熱を生み出し敵を薙ぎ払う。この炎熱の効果により、信長より年上であるにもかかわらず(御年66歳!)非常に若い外見をしている。
信長の政治手法に疑念を抱いた秀吉に謀反を誘われるも断ったことが原因で、秀吉が起こした本能寺の変の濡れ衣を着せられ、「天下一の逆賊」として追われる身となる。
落魄した後に名を捨て仏門に入り、信長の遺児・お長を救い桃山政権を打ち倒すべく活動を開始した。
史実の光秀は生涯側室を娶らなかった程の愛妻家なのだが、本作では若い頃から大の女好きで、お市に色目を使って300回も信長にシバかれたという。仏門に入ってからもちっとも女禁を護っておらず、隙あらば遊郭に行こうとするほどのスケベジジイとして描かれている。

明智光秀(戦国大戦

無間



「戦国大戦 1570魔王上洛す」にて織田家の一員として登場。兵種は鉄砲隊で、信長の片腕とも言うべき優秀なスペックを備わっている。

詳しくはこちら

明智光秀(アニメ版戦国コレクション

明智光秀


声・日笠陽子 二つ名・復讐ノ牙
織田信長の家臣であったが、他の家臣への嫉妬が原因で謀反を起こし、信長等が現代へ飛ばされる原因を作ってしまった人物。
自身も森蘭丸と共に現代に飛ばされたものの、記憶を失ってしまう・・・
武器は刀の他に銃を使用する。

アケチ・ミツヒデ(ノブナガ・ザ・フール)

【ノブナガ・ザ・フール】アケチ・ミツヒデ


声・櫻井孝宏
東の星、オワリ国オダ家の軍師。リンク先参照。

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