ピクシブ百科事典

キャラ厨

きゃらちゅう

キャラ厨とは、キャラクターを愛するあまり作品の本題や本質を無視し、制作者あるいは気に入らない消費者に敵意を向ける消費者の事である。
目次[非表示]

似て非なるもの

ゲームなどにおける誰が使っても思考停止に強い「厨キャラ」及びその使用者の事ではない。
逆に「弱いキャラクターを愛するあまり強キャラの使用者を批判する」層がここに含まれている。

概要

要するに「特定キャラへの思い入れが強すぎる人」「そのキャラが活躍してさえいれば満足で、ストーリー面など作品自体はまともに見ていないような人」である。
「キャラクターの保護者ぶっている消費者」というのが適切だろうか?
また「作品そのものは嫌いもしくは無関心で、好みの(特に非成人指定作品の)キャラクターのR-18にしか興味を示さない、公共の場で下ネタを連呼する等の下劣な萌え豚腐女子」も含む事がある(いかがわしい話は然るべき場所ですべきである)。

「愛していた推しのキャラクター死亡した、不遇な目に遭った」「期待通りの動きをしなかった」「キャラクターの行動や物語(「作品全体」のマクロか「その話、場面」のミクロかは問わない)の結末が消費者の期待を裏切った」「それに対する制作者のフォローが稚拙あるいは雑で納得できない(あるいはフォローそのものがない)」「制作者が消費者の傷口に塩を塗るような真似をした」等の理由で、作者プロデューサー監督演出脚本家、あるいはコンテンツそのものに対して敵意を向け、悪質なものになるとそれらに対する迷惑行為を行う。

この手の作品批判の常套句は「キャラは良かったのに」であり、小説にせよアニメ、マンガにせよ、どれだけ立派な世界で素晴らしいシナリオを考えたとしても、その中に生きるキャラクターのみを中心に考えて作品を評価する傾向が特徴。

ここにゲームであれば「運営やゲームシステムがクソ」「キャラを人質に課金を強要するな」、アニメや漫画であれば「監督や脚本がゴミ」「バカな作者が無能にしたせいやぞ」等、キャラクターに肩入れするあまりそれらを創り出している現実の人間への非難がくっつくのがお約束。
勿論実際に脚本や演出に難があって不振に終わった作品は数知れないが、その中でキャラクターを褒めるのは作品に対する「フォロー」ではなく、自分の好みを当てつけにしたに過ぎない「皮肉」というものである。
キャラや声優の良さを褒めた所で、それはあくまで『役者・演者』への評価であって『作品』を褒めた事になどなりやしないのだ(重要な要素には違いないが)。

わかりやすく言えば
ロミオとジュリエットが悲恋になったのは、シェイクスピアのせいだ。シェイクスピアがいなければ、ロミオもジュリエットも幸せになれたんだ
(そもそもシェイクスピアがいなければロミオとジュリエット自体が誕生していなかった事は棚上げであり、信者としてもアンチとしても作品・作者に全く付属していない)
モナ・リザに描かれている女性可愛いですね!絵は色彩のセンスから絵の具の使い方までダメダメだけど
(「自分はこのタイプの女性が好き」という評価者の趣味嗜好を語っているだけ=単なる自己紹介・自分語りで、作品への評価はしていないも同然。亜種で本人の中で「かわいいと思う女性の性格」がたった一種類(性的消費に都合のいい性格、キャラ厨と同じ性格、キャラ厨が嫉妬せずに済む性格など)しかない為、「女性の性格も絵の描き方もどっちも間違っていますね」と言って、キャラの性格と絵師の画力を同時に否定するパターンもある)

主張する理由や理屈は様々ながら作品そのものよりも「キャラクターにとってのハッピーエンドを勝手に都合よく妄想する」「キャラクターごとの魅力・センス・イメージのみで作品を見る」という性質上、信者アンチを併発しているケースも多い。
キャラの扱いおよび物語の内容に不満があるか、自身にとって理想的な作品が必要なら一次創作(ネタ元を伴うもの含む)・二次創作共に自ら創作活動なり、別に理想的な作品を探すなりなんなりでそれを発散するくらいならば個人の自由である。
中には後述のようにその自分の理想を元にした創作物を笠に着ての厨行為に走る者もいないわけではなく、実際にキャラクターを盾に制作側に執拗に誹謗中傷を加える悪質な厨まで存在するが…。
趣味趣向は人それぞれで当人にとって主人公・ヒロインに相応しいキャラクターを知っているのは当人しかいないのだから、結果はどうあれ自ら理想的な作品を作ってそれで満足してくれと突っ込まざるを得ないのである。

「キャラ厨」を生み出す主な原因

前述との重複も含む。アンチの「ファン転向型アンチ」の項目も参照。

  • 期待された新作のシナリオ(内におけるキャラの言動や顛末)が期待外れな出来だった、あるいは出来の良し悪し問わず消費者の望むものではなかった。
  • 推しのキャラクターが死亡した、不遇な扱いを受けた
    • 基本的に「キャラクターがシナリオ上の不遇を被った」場合だが、ゲームではプレイアブルキャラクターが次回作などでリストラNPC化による非プレイアブル扱いにされる等も該当する。「推しのキャラクターが次回作で登場しない、出ても操作できない」というのはキャラクターのファンにとっては深刻かつデリケートな問題になり得、そのような扱いにした制作側への非難とキャラクターへの未練を繰り返す存在になってしまう事も。
  • キャラクターの行動が消費者の期待を裏切った。
  • 制作者による不祥事の発覚。そもそもこの手の厨は「作者」ではなく「コンテンツ」「キャラクター」に敬意を払っているので、コンテンツやキャラの魅力にとっての害悪になる(なり得る)のであれば例え原作者や功労者であろうとも「攻撃」「排除」の対象となる。原作者や主要スタッフが表舞台から消えようが、(自分達の目にかなう)作家や声優陣さえ残っていればコンテンツ自体は生き残るからだ。
    • 批判を浴びた結果芋づる式に業界の闇やさらなる不祥事まで洗いざらいされ、実際に謝罪に追い込まれたという事例もあるが、これもほとんどは「キャラクターやコンテンツを制作者の『魔の手』から守る」という一種の独善から来た側面も大きい。「制作者による違反行為が行われていた」事ではなく「違反行為をしていた『人物』がコンテンツやキャラクターを汚していた」事が批判されているのである。キャラ厨が本当に必要としているのは「法令遵守」や「再発防止」ではなく「戦犯』達に私刑も含めた社会的制裁を加える」事と「そのような人物が排斥される事でキャラクターの生きる場が守られる」事なのだ。

「キャラ厨」の主な行動

  • 「キャラクターは好きだが、作品そのものや作者やスタッフは嫌い」だとSNS掲示板で公言する。
  • 公式よりもキャラクターを愛している、愛することができると自負している
    • だが、実際に注目しているのは自分に都合のいい、自分が好んでいる要素だけ(翻案、換骨奪胎が出来る創作者は意外とこういうことは言わない)。
  • 自分にとってのキャラクターイメージを崩される事を過剰に嫌う
  • 酷い時には「話は嫌いだがキャラは好き」すら言わず、作品に「つまらないけど見てやる」「第三者として物申す」「編集者や読者全員の代表になって下手な作品をあるべき姿に導いてやる」と言って超上から目線で作品に近付き、説教者や仲人面をし、キャラの性別、立ち位置、自分が自己投影するのに便利な環境(努力せずに楽してモテた気分になれる環境)だけを見て細かい設定を無視し、自分に向けられていないキャラ、好きでもないキャラに理解者面で馴れ馴れしくし、自分がシコれる作品と自分がシコれない作品により分けようとする(サイコパス、ヤリモク、オナニストとの合併症)。
    • 自分がシコれる作品は全員が萌える作品ないし上流層だけが萌える作品、自分がシコれない作品は全員が萎える作品ないしキモヲタ、不細工などの底辺層だけが萌える作品だと思っている。
      • 実際にはこいつの言う「魅力があるキャラクター、魅力がないキャラクター」の基準はまるで当てにならない。説教はどこかで聞いたような内容だし、読者が「キャラが立ってる」「面白い」と思わなそうな改善案ばっかり出してくる。
  • キャラクターの描写はされているが、明らかに本編と関連が薄い(あるいは全くない)茶番ギャグ描写を「ほんへ(本編)」と称し、本筋のストーリーを批判するダシにする。
    • 当然ながら、消費者からの笑いを誘うのが目的の茶番が、物語において重要な要素となる事は少ない。ストーリーなんか興味ないからブヒる出来高をよこせと明言しているようなものである。
  • 嫌いなキャラクターがいた時に、そのキャラクターを自分が好きなキャラクターと同様に好きな人がいることを考慮せずに公の場で平気で貶し、キャラ厨同士で仲違いする。
  • 評価している点がサービスシーン。
    • 「カメラ目線でキャラクターが振り向くこのシーンが可愛い」「脚本がクソ-100点、ヒロインの書き込みがくっそエロい+114514点」等。大体は本筋の流れとほとんど、あるいは全く関連・影響がない場面のワンショット(のgifアニメ)だったり、シャワーシーン水着回といった単なるサービスシーンだったりするので作品評価の指標自体が歪んでいる(評価しているのが1クール中の数秒・数十フレーム単位で、逆に長い時間が割かれている本筋の描写は酷評しているなんて事もある)。尤も、最初からそういった層を狙っている作品であれば、一概にこれが悪い事とは言えない。
    • または、自分がキャラ厨なので(自分以外のキャラ厨への同族嫌悪で)、嫌いなヒロインの可愛い衣装、可愛いショットを見た時に「この作品は恋愛がテーマではないので、○子(意訳・自分の嫌いなヒロイン)に、××(意訳・男性キャラ、真面目なキャラ、実用性・機能性のある衣装を着ているキャラですら滅多にしないダサい格好、ショット)をさせたほうがいい」「萌え豚、腐女子向けにしない為に、△△(意訳・青年漫画ですら滅多に見かけない鬱グロ展開)にしたほうがいい」等と作者やスタッフに上から目線で説教し(普段はキャラ厨の癖に、都合のいい時だけ「作品の主旨を理解している」「サービスシーンだけで作品を評価しない」等と主張し、真面目な読者ぶり)、自分が好きなヒロイン、彼女関連のエピソードだけは例外扱いする。嫌いなヒロインの粗探しをして人格批判をするのが好きだが、好きなヒロインの同様の欠点は棚上げする。
    • 一生懸命になったり、悩んだり、楽しく会話するキャラクターが出て来た時に「お前は俺か」「(こだわるものが違うだけで)自分も同じ気持ちになったことがあるぞ」と共感するのではなく、「変わったことを言うのが面白い」と言ってビジュアルだけを面白がる。また、同じ行動を取る人物でも、同性と異性、美形と非美形、10代・20代とそれ以外の年齢とで態度を変える(展開の積み重ねで、特定のキャラに嫌なイメージを持つケース、人見知りするケースとは別)。キャラの行動を視聴者をシコらせる為の要素として見ている節がある。
  • 自分を「信者と違って忖度する事のない本当のファン」と思い込み、公式へのバッシング行為を行う
  • 「キャラ厨ではない」or「他のキャラ厨とは違う」と過剰にアピールする《アピールの例:「自己投影せずに傍観している(だが、公式の性格や展開をそのまま取らない)」「サディスティックなキャラに自己投影していて、内気なキャラや人間的なキャラには自己投影していない(だが、恋愛要素などの女々しい部分にばかり注目する)」「同性が本命だ(だが、同性ばかりの作品には来ず、どの作品でも一番最初に注目するのは異性の容姿レベル)」「個人的に好きな展開ではなく、売れる展開やみんなが求める展開を求めている(私情を押し通す為に主語を大きくする)」「髭モジャのオッサン、マッチョマン、ネタキャラが好き(と言いつつ若者キャラが主役の作品を見ている)」「萌え豚・腐女子のようなにわかと違って職業やスポーツや歴史に詳しい(だが、それらをキャラをハイスペックに見せる舞台装置だと思っていて、その証拠に職業やスポーツや歴史以外の現実にはこだわらない)」「キャラを恋愛目線ではなく、親族やペットのような目線で見ている(だが、「サザエさん」のようなファミリー向け作品には無反応)」「萌えよりも燃えが好きだ(だが、萌えと比べて燃えの語りが短く、燃えを「萌えを排するもの」という目線でしか扱っておらず、燃える展開が好きな気持ちが伝わってこない)」「このシリーズに○○(新要素)はいらない(閉鎖的。キャラや世界観や時代錯誤のテンプレートが崩れることを過剰に恐れる)」》
  • 好みのモブキャラや不遇な扱いに終わった準主人公準ヒロインをあたかも主役であるかのように過剰に持ち上げ、主人公や本来のヒロインやその行動を「作者本人の具現化自己投影自慰)」「作者の」「不細工、喪豚向けのキャラ」等と呼んで批判する。
    • 尤も、制作者自身が特定のキャラクターを過剰に肩入れする行為は自分がその“上のように批判している原作者”と変わらないと言えるため、これはこれで人のことは言えない。
    • 上記の派生で、不遇なキャラクターのファンが公式から優遇されているキャラクターやその声優を「枕営業」呼ばわりするといった事例も見られる。この場合の不遇優遇とは「実装されてからそれっきりなキャラクターがいる一方で、実装直後から描き下ろしが数多く投入されているキャラクターがいる」「ボイスなしのキャラクターも珍しくない中で、実装当初からキャラクターボイスが実装されていた」等があげられる。
  • 作品のストーリーやバックボーンには興味を示さずに自身の本能や性的好奇心を優先し、公序良俗をわきまえず(特に非成人指定作品において)エロ展開を執拗に要求する
    • 好みの女性キャラが出てくるたびに「シコい」「ヤりたい」等…。これは主要層を性的に成熟している層狙いにした場合の弊害でもある。
    • サービスシーンの項目で述べたように、エロを恋愛とか一般向けとか需要というオブラートにくるんで求めるケースもある。
  • 制作側の関係者あるいはそのキャラクターを好きな消費者による犯罪迷惑行為不正行為等の不祥事が露呈した際に「こんな奴に作られている(愛されている)なんて、キャラクターが可哀想だ」といったキャラクター主眼の非難・擁護を行う。
  • 自分の好きなキャラクターが、推しのカップリング通りに結ばれなかった際、公式カップリングを執拗に敵視する(カプ厨)。
  • キャラクターの行動に対し、時代背景・世界観を無視して現代・消費者目線の価値観でメタ目線での非難・糾弾を行う。
    • 例えば戦時下の困窮した世界に対して現実・現代の価値観で批判するのは場違いであるが、作中での大量虐殺といった非人道的行為に対し「制作側の倫理観の欠如」として批判する層も存在したりする。
    • ライトノベルやRPGのようなあからさまに現実と別枠として描かれているファンタジーに現実を舞台にしたメロドラマのような展開を求めたり、「フィクションのヒーロー・ヒロインは必ずこの性格だ」という先入観から公式のどこにも提示されていない性格を公式設定と信じて疑わないなど「なんでこの原作に来てるんだろう」と思わせる発言をすることもある(現実とファンタジーの中間の世界観を求める人、内容に関わらず感情移入しやすい作品を求める人、恋愛が本筋のおまけに留められている作品を求める人とは異なる)。
    • 作品を無視して作者の性的魅力、創作姿勢の話ばかりすることも(作者もキャラの一種だと思っている)。
  • そのキャラクターの不幸および破滅といった展開の原因をスタッフの人格や腕に求め、そんなキャラクター達を「被害者公式の犠牲者)」と祭り上げ、それらをまとめたアンチ記事を作成しスタッフを戦犯加害者呼ばわりし糾弾・非難する(脚本厨の一種)。
    • 自分が作品の観賞想定層の対象から外れていた、といった事は一切考えず「期待を裏切るような展開にして消費者を不快にした向こうに全面的な非がある」と思い込んでいるようなケースも。悪質なものになると本気で「処刑」を目論んでいたという事も。
  • 逆に、キャラの扱いに関して自分の望む展開の(特にファンが作った非公式の)二次創作をあたかも公式のオリジナル作品であるかのように崇拝・評価し、公式作品への当てつけを行う(「原作者は二次作家を見習え」などと言って公式にそれを送り付ける事も)。
    • 自分が推していたキャラと反対の位置にいる、もしくはそのキャラの不幸的展開に関わった他のキャラを否定ないし貶めるような内容のキャラヘイト創作に手を出す
    • あくまで“公式でやることに意味がある”という考えに固執し、「漫画の中の現実で行われていた劇だった」というオチの二次創作、夢小説パラレルワールドを扱った二次創作に手を出す率は少ない(キャラ厨とキャラファンは微妙に異なる)。
  • その作品が続編物やシリーズ物だった場合、その続編のキャラクターのタイプが自分に合わず「昔は良かった」と昔を懐かしむ一方で、その当時のキャラと以後の作品のキャラを比較して、現行作品の内容の批判や否定に走る(懐古厨との合併症)。


実害

キャラクターへの思い入れが強すぎたファンが暴走した結果、実際に制作側が被害に遭った事例も少数ではあるが存在する。

  • 機動戦士ガンダムにおいてガルマ・ザビ戦死した際、株式会社サンライズにガルマの死を恨んだファンから剃刀の入った手紙が送りつけられた。
  • イナズマイレブンアレスの天秤でととある無印キャラクターが登場しなかったことに腹を立てた世宇子ファンが産みの親に殺害予告を起こした。
  • 人気男性俳優と共演していたヒロイン役の女優が、視聴者に嫌がらせを受けて途中で降板してしまった。
  • ヒロインが主人公以外の男性と結婚した作品、主人公がキャラ厨が好きな女性以外と結婚した作品(ヒロイン候補が複数いるハーレム体制の作品)、主人公とヒロインが結ばれなかった作品、内向的で人形のようなのが売りのヒロインが主人公に迫り、キスをした作品、主人公がキャラ厨が自己投影しづらい見た目も性格もいい同性のラブコメ等のスタッフの元に破った単行本や叩き割ったCDが送り付けられた。

勿論だが、このような事例は例え制作側に非があろうとも許される事ではない犯罪である。
相手が悪いからと言って自分の狼藉が正当化されるわけではない、罪の相殺はできないのだ。

「キャラだけ好き」は悪なのか?

結論から言えば「キャラクターだけは好き」な事自体が悪なわけではない
今のご時世、原作にはノータッチで二次創作にしか触れていない層は決して少なくはないだろう。
問題視されがちなのは「キャラクターへの愛着や恋慕を盾に作品そのものの内容および制作陣を否定する」行為や「キャラクターを“性的対象”としてしか見ない」行為である。

逆にキャラクターを“いい意味で”蔑ろにしてストーリーや内容を楽しんでいる所に「キャラがシコいだけで何ら中身がない作品だ」「作者の趣味嗜好が透けて見えて気持ち悪い」と言えば、それはそれで批判されて然るべきであろう。

例えば、哀しき悪役が悪に手を染めた理由が具体的(社会風刺時事ネタなど)で、作者はキャラクターを見せるよりも「我々の世界にもよくある理不尽な出来事を読者に考えさせる目的」で描いているのに、そこに一切注目されず、キャラクターの性格の話、メタな視点の作者の批判しかされなかったらどう思うだろうか。
哀しい悪役自体は誰が描いても同じキャラで、最初からキャラ萌えが売りの作品以外ではテーマを伝える為の手段でしかない。
ストーリーのおまけとしてキャラに萌えたり萎えたりする分にはいいが、作品の主旨を無視するのは止めよう。

キャラ厨へ警告

そもそも作り手がいなければ、キャラクターも生まれなかった、元がなければ「if」も存在しない事を理解すべきとされる。
公式の『期待を裏切った』『素人未満の駄作』と呼ばれる展開がなければ、そもそも論として「誰かが作った理想のif」も誕生していないはずである。
なのに「最初から公式なんていらなかった」「公式は理想の二次創作を見習え」などと言ってのけてしまうのは、双方の作品自体の出来はどうあれリスペクトに欠けていると言わざるを得ない。

「作者が変な気出して贔屓しなかったら、あのキャラクターはラストで思い人と結ばれて幸せになれていたんだ!作者さえいなければ!」
これではそもそも作品もキャラクターも生まれていなかった。
この怒りは“作者や作品へのリスペクトなど存在していない”“作者のせいで自分が推すキャラクターは幸せになれず、自分が満足できなかった”という、まさに『行き場のない』怒りである。

つまり、どうしても自分が好きなキャラクターの原作での扱いに不満があるならば自分の手で「そのキャラが報われる理想の展開のif二次創作」か「自身の嗜好とする内容の完全な一次創作」を作ってそれで満足するしかない。

そして前述したが、期待を裏切られたり自分の好きなキャラクターが傷つけられたり、不祥事を起こしてコンテンツにとって邪魔になったりしたからといって、監督や演出といった主要スタッフを脅迫したり、殺害予告を送ったり、「責任を取って首を吊れ」等の自殺教唆をしたりする行為は犯罪であり、法的に処罰を受ける可能性を孕む行為である。
例え本当に彼方が不法行為を犯していた事実が発覚しても、報復の犯罪行為までは許されない事を肝に銘じておくべきである。

関連タグ


【キャラ厨を生み出しやすいコンテンツ】
※特定の作品名は書かないようにお願いします。

  • キャラゲー
  • 萌えアニメ / 萌え漫画
  • 恋愛もの(主人公に対して複数の相手候補がいる作品の場合、それぞれについたファンによるカップリング論争が起こったりする)
  • 現代もの(自己投影がしやすい為、現実・現代の価値観での批判、知識自慢、史実展開の強要、キャラ厨が現実で行いたがっている反社会的な行動の捌け口になりやすい)
  • 鬱アニメ
  • 10代20代がコアターゲットの作品

【合併症の可能性が高いもの】

【類似するもの】
  • らん豚…此方は「好きだったゲームがバランス調整の失敗、コンセプトの迷走などでクソゲー化した」事で生まれる存在である。時として他の消費者・運営会社・メーカーへ危害を加える悪質な荒らしアンチ化する事も共通している

関連記事

親記事

ちゅう

兄弟記事

コメント