詳細はあちらの記事を参照。
伏線とは伏線回収はセットであり、本来の意味での伏線とは回収されて初めて成立する。
つまり、いわゆる「回収されていない伏線」というのは、ミスリードや世界観補強のために言及されただけで、元から回収する気が無い場合も存在し、これは厳密には伏線ではない。
伏線とは言わば時限爆弾だが、それが爆弾だと悟られないようにダミーを配置する手法も多用される。
また、伏線という言葉が独り歩きした結果、作者は伏線のつもりがないのに、読者が深読みしすぎて勝手に伏線と思い込んでしまうだけというケースも見られる。当然、この場合は回収されないか、読者の想定と違う形に向かうことが多くなる。
また、作者自身が忘れてしまい、回収すらされない場合もあるくらいだから、読者が忘れるのは仕方ないが。
また、思わせぶりに伏線を張りすぎ、覚えてはいても回収しようがなくなるというケースも多い。特に、本筋には関わらないサブエピソード的な伏線に多く、ヒット作であれば外伝の起点になるが、そうでない場合は未消化に終わる。
一方で、伏線を忘れられてしまうことで後付け設定と誤解されてしまうことも少なくない。
ただし、伏線とは「伏」線という字の通り本来は伏せられた、意味を理解するまでそれが重要だと理解できない手法がルーツである。
どの程度伏せさせるかは度合いによるが、1度目で後付けやポッと出に感じても2度目では実は伏線があったとわかる、という手法もあり、主にミステリにおいてはこの手法が用いられる。
近年のファン目線においては「フラグ回収」「ファンサービス」と混同されることも多い。
たとえば、クライマックスでOPや序盤のシーンと似た構図を再現する作品は多いが、これらの多くはサービスのネタとしてそのような演出をしているだけであり、「最初からクライマックスのシーンを前提に、同じ構図をOPに仕込んでおいた」というわけではないことがほとんどである。
主題歌の歌詞に関しては作品内容を見越して作られた伏線満載のものは多いが、終盤でセリフなどに歌詞の一説や曲名が直接登場するのは、回収というより演出のことが多い。
伏線と回収はセットで意味を持つものであり、回収シーンはその伏線無しには成立できない関係にある。
よって、もしそのセリフや構図を別の形(回収ではない形)にしてもストーリーが成立する場合は、伏線ありきの回収ではなく、あくまで演出として拾った範疇であると言える。