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EL&P

いーえるあんどぴー

イギリスのプログレッシブロック(プログレ)バンド「エマーソン・レイク・アンド・パーマー」の日本での略称であるが、「誤用」であるとされる。本稿では「エマーソン・レイク・アンド・パーマー」と、その延長上にある二つのバンド「エマーソン、レイク&パウエル」及び「3(スリー)」についても触れる。
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概要

当時人気を博していた三つのバンドの出身者により、1970年に結成された「スーパーグループ」。
バンド名は、其々を尊重する、という意味でメンバー3人の名字から取られている。
ムソルグスキーの「展覧会の絵」などのクラシックのアレンジやモチーフの取り込み、シンセサイザーを本格的に導入し、画期的な音楽スタイルを確立。また、メンバーも「イケメン」ぞろいで、女性にも人気があった。1978年に一度解散し、その後1992年に再結成し、98年にまた解散した。
キング・クリムゾン、イエス、ピンク・フロイドと並んで、「プログレ四天王」と言われる。また、一部のファンからは「エンタメ系プログレバンド」と言われており、派手なパフォーマンスやユニークな音楽性が特徴。

1980年に最初の解散。音楽雑誌のみならず、朝日新聞など一般紙でも報道される「事件」であった。
1990年に再結成し、1996年まで活動するも自然消滅の形で長らく休止状態にあったが、2010年7月25日にロンドンで開催された「ハイ・ボルテージ・フェスティバル」のメイン・アクトとして一夜限りの再結成ライヴが実現した(パーマーはエイジアとしても出演)。
この時、パーマーから「今後はELPとしての活動は行なわない」旨の声明が出されている。

メンバー

キース・エマーソン(Keith Emerson


キーボード。ELPの中心的存在。活動中はハモンドオルガン、シンセサイザーを演奏していた。
かつては「ザ・ナイス」というバンドに所属していたが、他のメンバーの技術や力量に限界を感じ脱退した(但し、ライブ等で当時の曲をアレンジして演奏する事もある)。

とにかく「型破り」かつユニークな演奏スタイルが特徴である。例えば…

  • ハモンドオルガンにナイフを突き刺す(鍵盤を固定し、音を鳴らしっぱなしにするため。来日公演の際は日本刀を突き刺した
  • それだけではいざ知らず、ハモンドオルガンの下敷きになったり、上に乗っかって激しく揺さぶる(内部のホイールの回転を不安定にさせ、独特の音を出そうとしていたから)
  • ピアノを「縦」回転させる
  • ソロアルバムのミュージックビデオで潮が満ちていく浜辺でハモンドを弾き、結局オルガンごと海に浮く
……というように、色々と凄いことをやっている人。

そんな奇人振りの一方、20分に及ぶ大作「タルカス」や「悪の教典♯9」での演奏技術は天才的なもので、様々なキーボーディストや作曲家に影響を及ぼしている。
映画音楽の分野でも活躍しており、「幻魔大戦」や「ゴジラFINALWARS」など日本映画の劇判も手掛けている。
2016年3月10日、逝去。拳銃自殺であったとされる。享年71歳。
グレッグ・レイク(Greg Lake)


ベース及びボーカル、時々ギター。
元「キング・クリムゾン」。当時ザ・ナイスと共演する機会があり、その時にキースへ結成の話を持ち掛けた。
静かで抒情溢れる歌い方が特徴で、ギターなどの弾き語りがシングルカットされ人気を博したこともあった。しかし今はかつての美少年の面影はないほどに太っt(ry

プロデューサーを兼任(キース曰く「あいつがこだわったから譲っただけ」らしい)していたためか、キースとは意見が合わない場面がしょっちゅうあったらしく、先の「タルカス」についても「キースのソロでやれば?」と冷たくあしらったこともあるという。
オリジナル曲の殆どの作詞も手掛けている(『恐怖の頭脳改革』や『ラブ・ビーチ』等にはクリムゾン時代の盟友ピート・シンフィールドが参加)。

カール・パーマー(Carl Palmer


(イラスト一番下)
ドラム及びパーカッション。
かつては、EL&Pと同じキーボード・トリオ編成の「アトミック・ルースター」というロックバンドに所属していた。
前面に「走る」ように前のめりになってドラムを叩くスタイルが特徴で、ライブではドラムソロ中に後に釣り下げた「銅鑼」を叩きながら、ドラムセットごと「回転」したり、バスドラを連打しながら上半身裸になる等のキースに負けない派手なパフォーマンスをする。

EL&Pが解散した後は、元イエスのギタリスト、スティーブ・ハウらと共に「エイジア」を結成し、商業的に成功する(脱退⇒再加入を経て現在もエイジアとしての活動は続行中)。
ドラムソロでのカールのプレイはしばしば「リズム感が無い」とも言われる。が、それを抜きにしても卓越したパフォーマンスこそが、カールのドラムの魅力なのだ。

派生バンド

エマーソン・レイク・アンド・パウエル

1980年代半ば、ELPの再結成の話が持ち上がる。
しかしエイジアでの活動に集中していたパーマーがこれを固辞、代わりに同じ「P」のイニシャルを持つコージー・パウエル(Cozy Powellこちらの記事も参照)が加入し、「エマーソン、レイク&パウエル」として活動を始める。しかし、以前と同じ「EL&P/ELP」の略称使用に対するパーマーの差し止め請求が認められ、公式にはフル表記しか認められない事となった。同名のアルバムリリースと一度のライヴツアーの後、パウエルの離脱に伴い解散。
新日本プロレス会場での試合開始直前・全試合終了後と、中継番組『ワールドプロレスリング』のOPにこの時期の曲『The Score』が使用されており、お茶の間的な意味では何気に最も馴染みのあるラインナップかも知れない。

3(スリー)

「EL&パウエル」空中分解後にパーマーがエイジアから離脱した事を受け、改めて三人が合流。再結成に向けてリハーサルを開始するも、今度はレイクが離脱してしまう。残されたエマーソンとパーマーは、エイジアのマネージャーとしてパーマーと親交のあったブライアン・レーンから紹介されたロバート・ベリーを迎えて、新バンド「3(スリー)」を結成、1988年にアルバム『スリー・トゥ・ザ・パワー』を出すが、ライヴツアー後に解散となった。

余談

エイジアの1983年日本公演にジョン・ウェットンの代理でレイクが参加、パーマーと共演しており、上二例と併せて持ち回りで「オリジナルメンバーの誰か一人がいない」プロジェクトが三度実現している。

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