「メイジンにとって勝利とは、必要最低限の絶対条件である…。」
CV:佐藤拓也
人物像
かつてガンプラ界を席巻した、孤高の天才モデラー「メイジン・カワグチ」。
病に倒れた二代目に代わり、その名を襲名し三代目となった、ユウキ・タツヤの姿である。
彼がガンプラバトル選手権予選大会で試合放棄したのは三代目を襲名する為であり、ガンプラバトル選手権を主催するPPSE社のワークスチームに所属するガンプラファイターとして、再び世界大会へ望んでいる。
本人が三代目を襲名した理由については「勝利こそ全て」とする二代目の主義を否定し、初代メイジンが掲げ、イオリ・タケシから教わった「楽しいガンプラ」の普及の為だと語る。
普段の様子とは大きく異なり、ともすれば高圧的とも取れる寡黙な自信家を演じているが、これは「メイジンらしい振る舞い」をするための演技なのだが、本人のキャラとは大きく異なるため、肩が凝るらしい。
所謂ガンダムシリーズにおける「謎の仮面の男」ポジションであるのだが流石にガンダムがフィクションである世界であるためにセイたちにとってその正体は一目瞭然である。
表向きには正体を隠しているため、知らぬふりをしているのだが、セイ達へは宣戦布告の意図も込めて、敢えて素顔を見せ正体を匂わせた。
この時、名前しか言われていないのにうっかり「聖鳳学園生徒会長や模型部部長だったこともない!」となどと自ら語ってしまったりしているのだが、この言葉も同様の意図を込めてのものだったのかは不明。
この反応を見たセイはタツヤがうっかり口を滑らせたと判断し、後に電話でチナに「ボロ出まくりだった」と語っている。
使用ガンプラはHGUCケンプファーを改造したケンプファーアメイジングとガンダムアメイジングエクシア。
彼が自分で制作したガンプラではなく、アラン・アダムスらPPSE社所属のガンプラビルダー達が総力を結集して制作したワークスモデルである。
世界大会決勝戦でPPSE社CEOのマシタ会長の思惑によって操られてしまうが、イオリ・セイとレイジのスタービルドストライクガンダムの奮闘によって正気を取り戻している。
名前の由来は実在のモデラー・川口克己。現実の川口氏も「川口名人」の通称で知られている。
本作の世界観は、第1次ガンプラブームから約50年後と言われており、初代カワグチはこの川口氏本人がモデルであると思われる。
また、非公式外伝「もっと!つくろう部っ!」にも氏をモチーフとしたキャラクターが登場している。
初代メイジン・カワグチ
半世紀前の第一次ガンプラブームの最中に現れた伝説的ガンプラビルダー。
その実力から誰にも到達出来ない至高にして孤高の存在として「名人」の通名で呼ばれるようになった。
また、ガンプラ作りに拘るガンプラ愛の持ち主で、ユウキ・タツヤを始め、多くの人から尊敬、愛されていた模様。
川口名人こと川口克己その人である。
本編における直接の出番こそ皆無であるが、その影響力の高さは彼の名前を継ぐ者が存在する事から察する事が出来る。
二代目メイジン・カワグチ
初代からカワグチの名を受け継いだ二代目。
ガンプラバトル全盛の中、PPSE社が打ち立てた広告塔的存在であり、それと同時にガンプラバトルにスポーツ的な精神を持ち込んだ立役者。
三代目メイジンを養成する機関としてガンプラ塾を拓き、ユウキ・タツヤやアラン・アダムスなど著名なガンプラファイター、ガンプラビルダーを養成した。
PPSE社のマシタ会長の影響から「ガンプラバトルは勝つ事こそが全て」という考えを持ち、塾生たちにもその考えを広めており、その考えはレナート兄弟などにも影響を与えた。
あまりにも極端な思想の持ち主だった為にタツヤは彼の教えを「反面教師」として捉え、二代目が病に倒れた際にはその考えを否定する為にあえて三代目を襲名する事になる。
彼のトレードマークである紅いマフラーは、ガンプラ塾講師エレオノーラ・マクガバンをはじめ彼を慕う者達にとっての象徴として受け継がれている。