図鑑データ
「ちわ!涼風だよ。私が艦隊に加われば百人力さ!」
概要の出番かい?
濃い青髪のロングヘアーを、水色のリボンで二つ結びにした駆逐艦娘。
白露型の末娘である。図鑑で「特型駆逐艦として」と自己紹介しているが、特型駆逐艦つまり吹雪型ではない。
本当の艦名は「凉風」だという説もあるが、『艦これ』では「涼風」名義である。
夕雲型10番艦「涼波」と秋月型3番艦「涼月」(共に『艦これ』未実装)との3隻は手書きやタイプライターで「涼」「凉」どちらの表記を取るかは統一性が無かった。
おおう!容姿はいいねぇー!
彼女は、ゲーム初期選択艦娘のひとりである同6番艦の姉「五月雨」と容姿が瓜二つ。
五月雨と同じく、ノースリーブの白いセーラー服に、黒色のロング手袋と膝上までの黒いタイツを身に着けている。
装備は、背中に大きな青い魚雷発射管、両手に2丁銃タイプの連装砲、機関部煙突無し、と軽装。
五月雨との容姿の明確な違いは、髪型と髪色の差、そして瞳と両腰の球状物体が青色ではなく緑色である点。
がってんだ!涼風の性格、見せたげるぅ!
外見と違わず明るくはきはきとした感じで、非常にノリと元気が良い。
ここはおしとやかで丁寧でドジっ子な五月雨とはまったくの正反対。触られるのは嫌う模様。
喋り方は「てやんでい!(『なにいってやんでい』の略)」「合点だ!」「~かい?」といった典型的な江戸っ子口調が基本。
これは同艦が浦賀船渠で建造されたからともいわれる。
白露型の姉たちの半数も、他の艦娘の大勢も同じ浦賀船渠生まれなのだが。さらに同じく江戸っ子口調の艦娘「谷風」は大阪生まれである…あれ?
改白露型(海風型)
本艦を含む白露型7〜10番艦はこれまでの同型艦の改良型として建造された。
その為彼女を含む後期型4隻は、前期型の6隻と区別して「改白露型」または「海風型」とも呼ばれていた。
そのせいか本艦はゲーム中の初期武装が強力(4連装魚雷装備)なものとなっており、近代化改修素材として使うと、普通レア位置にあるネームシップ艦でないと持っていない「火力+1」を末っ子であるにも関わらず有している。
ちなみに五月雨は6番艦で、前期の白露型である。
にもかかわらず、何故改白露型の涼風と同じデザインになったのかは不明。
涼風の後にもまだ10隻の改白露型が作られる予定であったが、中型駆逐艦の性能不足から、軍縮条約の破棄に合わせてより大型の朝潮型に建造が移行した。
その為、白露型は本艦で打ち止めとなった。
艦娘の姿が五月雨と双子かと見まごうほど似ている事に加え、他の白露型の姉妹とは一線を画する衣装を着ているのが現状五月雨と涼風の2人きりしか居ない為、ファンアート等では五月雨とペアで描かれている事が多い。
しかし、史実では五月雨との関連エピソードは見受けられない。
せいぜい「共に浦賀船渠で1937年に竣工した」というくらいか。(時雨は1936年竣工。他の実装艦は別の造船所生まれ)
史実
南方作戦に続いて数々の鼠輸送、船団護衛に従事し、「伊勢」「山城」「千歳」「隼鷹」ら戦艦・空母を護衛している。
1942年12月18日マダン上陸作戦時に、「天龍」、「磯波」、「荒潮」、「電」と、涼風の5隻で輸送船を護衛中の夜、米潜水艦「アルバコア」の輸送艦を狙う襲撃に遭い、天龍が撃沈される。
涼風は磯波と共に天龍の生存者救助にあたっている最中、アルバコアの魚雷に狙われるが命中せず、2隻で反撃。
しかし敵討ちは叶わず逃亡されてしまう。
これが日本の艦がアルバコアの犠牲になった初めての事件であった。
ちなみにこの天龍達5隻の組み合わせは「マダン組」として公式4コマ第6話で再現されている。
共に第二水雷戦隊に所属していた「長波」がドラム缶や田中少将と共に誇らしく語る、1942年11月30日ルンガ沖夜戦の参加駆逐艦8隻の内の1隻でもある。(詳しくは長波の記事を参照)
最初はガダルカナル島への第一次鼠輸送任務であった。
旗艦で警戒隊の長波とは違って輸送隊だった涼風や「黒潮」・「陽炎」・「江風」(後述)達6隻は、次発装填用の予備魚雷を外した通常の半分の魚雷だけを装備、その分物資を詰めたドラム缶200個程度を積んで運んだ。
待ち伏せしていた米重巡部隊と遭遇した瞬間に全員輸送任務をやむなく放棄し、魚雷で返り討ちにして犠牲を警戒隊もうひとりの夕雲型6番艦「高波」1隻のみに抑え、逃走に成功した。
涼風は長波、江風と一緒のルートで反転逃走している。これが日本水雷戦隊最後の勝利であった。
それから数日にかけて行われた第二次、第三次、第四次ドラム缶鼠輸送全てに参加しているが、度重なる妨害により成果は芳しくなかった。
1943年7月5日のクラ湾夜戦では、かつてあのサボ島沖海戦のきっかけの砲撃を放った米軽巡洋艦「ヘレナ」を、旗艦の秋月型5番艦「新月」(未実装)の炎上に紛れて、陽炎型14番艦「谷風」との共同による雷撃で沈めた。
しかし、魚雷装填で戦場から離脱している時に火災事故で損傷したので遅れて戻るも新月を発見できず、そのまま帰投となった。
こうして護衛や激戦で各地を渡り歩いた彼女だったが、最期の時は突然訪れた。
1944年1月25日の23時。日本郵船貨物船「興津丸」「日置丸」の2隻を駆潜挺1隻と共にトラック島からブラウンまで護衛する任務の途中で、米潜水艦「スキップジャック」の雷撃によって一瞬で沈没。艦長ら200名以上のほとんどの乗員が戦死した。
その時トラブルで浸水して現場から離脱していたスキップジャックは、4時間後の午前3時に船団の下に戻り、興津丸を撃沈している。
駆逐隊編成では、第二十四駆逐隊に所属。
僚艦は、同じ後期白露型(改白露型)の姉たち7番艦「海風」、8番艦「山風」(未実装)、9番艦「江風」。
訓練中に山風と衝突して双方修理した経緯有り。
それから42年6月に山風を、43年8月に江風を失った後の43年11月に、第八駆逐隊から唯一の生き残りだった朝潮型の満潮が編入される。
しかし、満潮の加入からわずか3ヶ月後、前述の通り涼風は戦没してしまった。
その7日後に海風も沈み、第二十四駆逐隊は2月10日に解体される事になる。
またも残されてしまった満潮は、あの悪夢のような海戦へと赴いていった…
おおお~!来世登場ってか?
1992年(平成4年)2月20日、海上保安庁の新型CL型巡視艇に名前が付いた。
その名も「すずかぜ」。のちに「うみかぜ」「かわかぜ」「はまかぜ」「しまかぜ」「はつかぜ」「ゆきかぜ」「さつき」も建造され、彼女らは「すずかぜ型巡視艇」と呼ばれるようになった。
2008年、1番艦すずかぜは小樽から姫路に配備された。それと同時に「ひめぎく」と名を変えた。
その代わり、同年竣工した巡視艇CL143が「すずかぜ」の名を襲名した。
名を継いだ彼女は、小樽において日本の海を守るために現在も活躍している。
いよっ、関連イラスト待ってましたぁー!
五月雨とのカップリングイラスト(さみすず)
髪色の濃いのがあたいだよ
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提督に関連タグきてっぞー?
第二十四駆逐隊:海風 山風 江風 満潮