概要
本名はメーガナーダ(Meghanada、“雲の咆哮”すなわち雷鳴のこと)で、魔王ラーヴァナの息子にあたるラークシャサ。
苦行の末ブラフマーから恩寵を得たラーヴァナがインドラの軍勢と戦った際、メーガナーダはシヴァ神から得た怪力で果敢に戦い、インドラを捕えてランカー島に連行、人質とした。結果、インドラは捕えられたほかの神々と共に下男として働かされ、ブラフマーはインドラの釈放を懇願しなければならなくなった。この際に、ブラフマーはメーガナーダに「インドラに打ち勝った者(インドラジット)」という名を与えた。だがメーガナーダはさらに不死を要求し、結局ブラフマーはこの恩寵を与えることになった。
インドラジットはラークシャサの中でも強力なラーヴァナの親族において随一の力を持つ存在である。戦車戦に秀でており、最上の射手と称される弓術の手腕、優れた武器の知者と称えられ、父のラーヴァナから「そなたがいる限り、私の心は勝利を確信して不安を覚えない」と評されている。
武芸以外にもインドラジットは火神への祭儀を行うことで魔術を自在に操ることができる。祭儀は部下に周囲を守らせて戦場でも執り行うことがあるが、主に聖地ニクムビラーのニヤグローダ樹林において行われる。祭儀によって得られる力は大別して3つあり、相手を縛り上げてしまう蛇(ナーガ)の矢、闇の中に溶け込むが如くその身を不可視にする身隠の術、自身が操る矢や刀剣・斧・投槍等の白兵から炎を放つ火神の力、これらを以てインドラジットは戦場を席巻し、敵対者を撃破する。
特に蛇の矢と身隠の術が強力で、前者はナーガの天敵であるガルーダを除いては神であろうとも治療できず、後者はインドラであろうと近づくことはおろか見つけることすらできない。
これ以外にもシーターの幻を生み出したり、苦行の力でブラフマー・シラス(ブラフマーの頭)を初めとした神々の強力な武器や意のままに走る馬を所持しており、ラークシャサの特性として日が落ちた夜になるとその力はさらに増大する。
叙事詩中のインドラジット
本格的な登場は「スンダラ・カーンダ(優美の巻)」で、ランカーに侵入したハヌマーンによって羅刹の士官やラーヴァナの王子アクシャが敗れた後に登場する。ハヌマーンと互角の戦いを繰り広るが、膠着した状況を打破するために瞑想を行うことでハヌマーンの力を把握し、ブラフマーの武器で捕縛する。しかし、ハヌマーンは「ブラフマーの武器では苦痛を受けない」という特権を持ち、他の羅刹が捕縛されたハヌマーンを改めて縛り上げたこと(ブラフマーの武器による捕縛は他の道具で上書きされてしまう)で、後の脱走が引き起こされる。
「ユッダ・カーンダ(戦争の巻)」では全編を通して登場する強敵として扱われている。
羅刹軍の軍議において、シーターをラーマに返し戦争を避けるべきであると主張する叔父のヴィビーシャナを、かつてインドラを撃破しその乗騎アイラーヴァタの牙を引き抜いた己の武力を挙げて批判している。
開戦後はラーマたち猿軍の将帥アンガダと一騎打ちをし、戦車を破壊されて一旦は退却するも身隠の術を用いてラーマとラクシュマナに強襲をかけ、蛇の矢で行動不能に陥らせる。すぐさま猿軍の十指揮官が全方位を駆け巡ってインドラジットを見つけようとするが、インドラジットは次々と攻撃を仕掛けて追手を撃破した。この中で叔父のヴィビーシャナがインドラジットの姿を捉えるも、激しい攻撃の前に手も足も出ない状況であった。
ラーヴァナの弟クンバカルナや自身の兄弟トリシラスが討たれた後で、意気消沈するラーヴァナを励ますために出陣する。戦場に着いたインドラジットは祭儀を行ってブラフマーの武器と火神の燃え立つ力を獲得し、身隠の術と豪雨のような大量の矢を駆使してほぼ一人敵軍に大打撃を与えている。
後に羅刹軍の有力な指揮官が軒並み撃たれて三度目の出撃をし、ラーマとラクシュマナに矢を射かけて傷つけるも、反撃を受けて傷つき退却する。インドラジットは一計を案じてシーターの幻を作り出し、ハヌマーンの前でそれを殺して見せてラーマの意気をくじく作戦に出る。結果、ラーマは戦う理由を見失って力を失い、悠々と凱旋したインドラジットは最後の攻勢をかけるためにニクムビラーで祭儀の準備を行う。だがヴィビーシャナがすぐにまやかしの技であることを看破して、インドラジットがいるであろうニクムビラーに攻撃を行うことを提言する。
意気を取り戻したラーマはニクムビラーに奇襲をかけ、守備を行う羅刹を散々に打ち負かした。味方の窮状に狼狽したインドラジットは敵の迎撃に向かうが、その隙をついてラクシュマナとヴィビーシャナがニヤグローダ樹林への道を封鎖してしまった。インドラジットが再び祭儀を続けようと戻ったところにラクシュマナが立ちふさがり、両者最後の決戦を繰り広げる。
両軍入り乱れての乱戦の中、矢と矢の撃ち合いでは勝負がつかず、インドラジットはヤマ、ルドラ、アグニ、アスラの武器を使うが、いずれもクベーラ、ヴァルナ、スーリヤ、マヘ-シュヴァラの武器で撃ち落とされてしまう。
長い戦いの末、ラクシュマナが祈りと共にインドラの矢を弓につがえて放つと、それはインドラジットの頭部を貫き、粉々に砕いた。
インドラジットの死と共に三界は歓喜にわき起こり、羅刹の兵卒は恐怖して退却した。
インドラに打ち勝った者がインドラの矢に打倒されるという、皮肉な結末であった。