概要
「はだしのゲン」は広島市出身の漫画家中沢啓治による、自身の原爆の被爆体験を元に作られた反戦漫画である。太平洋戦争末期から戦後までの激動の時代を必死に生き抜こうとする主人公中岡元(ゲン)と隆太たちの生々しい姿を描く。
連載当初は週刊少年ジャンプで連載されており、当時でも今と同じアンケート至上主義だったが、内容が内容だけに読者の評判も賛否両論で、必ずしも人気があったとは言えないが、この作品は編集長が肝いりで書かせたこともあり、例外的にこの編集長が異動するまで掲載を続けさせたといういわくがある(ちなみにこの編集長、当時の安保闘争情勢での社内での左寄り運動には否定的であったとされる)。
友子が死ぬ所で(単行本での4巻)ジャンプでの連載は終了、その後掲載誌を転々としながら、ゲンが東京に行く場面で「第一部・完」として一旦中断したが、作者の病気の悪化の為に、ついに第二部は書かれることなく断念されている。
反戦を題材にしているが、一部コメディ要素も盛り込まれている。
- 同情を買って食べ物を分けて貰うために泣く泣く妹を殴る兄を助ける為、同じ様な手口で隆太を殴るが、どう見ても楽しんでる様にしか見えないゲン。
- 反戦デモ妨害に乱入するも、急所蹴りで悶絶する右翼団体員をからかう隆太。
- GHQに逮捕、監禁されて、拷問に備えて少しでも痛みを減らす練習をし、その最中にケンカを始め、GHQに「狂った」と思われたゲン、隆太、ムスビの三人。
被爆直後の被爆者の描写の凄惨さでも有名だが、作者によれば、あれでも少年誌に掲載するために表現を抑えたとしており、実際はもっと凄惨だったことを述べ、原爆(核兵器)の恐ろしさをこの漫画を通して知ってほしいとしている。
作者が共産党員であったこともあり、作品の思想的は基本的に反米、反戦、反天皇制、反軍国主義である。作品後半はゲンたちが日本の戦争犯罪について激しく憤激するシーンが特に増えることが問題視される傾向にあるものの、登場人物全員がアメリカや天皇に激しい憎悪を抱いているわけではなく、その憎悪の矛先が周囲の人間であったり、親族であったり、居候人に向くこともしばしばであること、広島に生きる群像劇的な構成から大江健三郎は「これは民衆の記録であり、現代の民話である」と評している。
実体験に基づいているだけあって、戦時中差別されていた朝鮮人が戦後徒党を組んで犯罪行為を行う描写があったり、戦後「戦争反対だった」と宗旨変えする軍国主義者、ヤクザと関わり悪の道に染まるメインキャラクターなど、荒廃した戦後の広島で泥臭く生きる人間像を描き、単純な善玉・悪玉のみで割り切れない人間の生々しさも描かれている。
また、戦中から戦後数年後あたりの時代にはやっていた歌謡や映画、芸能人などについてもしばしば描写されており、当時の風俗を知る上でも貴重な資料となっている。
また、この作品は実写映画やアニメ映画、ミュージカル、テレビドラマも作られている。自伝的な作品で、作中のエピソードの多くも中沢が実際に体験したことである。母親を火葬した際に骨が残らなかった、という作中にもあるエピソードが、中沢に広島原爆の被爆を題材とした漫画を描かせるきっかけとなった。
実際の作者と作品との違い
作者の自伝的作品であり家族構成も一致するが、中沢は原爆投下時、はだしのゲンと同様に学校の門の塀を背にして閃光や爆風から助かっているが、その後は猛火に阻まれて家には戻れず、家族(父、姉、弟)の死には直面しておらず、父などとの別れの名シーンはまったくの創作である。
被爆直後に妹が産まれたのは同様だが、中沢が母親と再会した時にはすでに産んだ後だった(近所の人間が出産を手伝った)。逆に妹の死の際には立ち会っている。栄養失調で亡くなったのは産まれて4か月後だった。
長兄(はだしのゲンでの浩二)は原爆投下時には予科練にはいっておらず、呉の軍需工場にいて、一緒に自宅から父や姉弟の骨を掘り出している(次兄が疎開していたのは同じ)。
中沢の母親は昭和41年に中沢の結婚式の直後に病死しているが、中沢は当時すでに漫画家になるために上京していて、立ち会っていない。
被爆前、隣の家に朴さんのモデルと思われる朝鮮人家族はいたが(朴さんは朝鮮半島に妻子を残している設定だが、妻子も隣家住んでいた)、原爆投下前には引っ越していて、その後音信不通で、原爆投下直後に泣き叫ぶ母親を燃えさかる自宅から助けたのも近所の日本人である
以上のすべては、はだしのゲン以前に描かれた自伝漫画の「俺は見た」などでも明らかにされているもので、本作はあくまでも実体験を基にした娯楽作品であることに留意されたい。
あらすじ
広島県広島市舟入本町(現在の広島市中区舟入本町)に住む国民学校2年生の主人公・中岡元(なかおか げん “以下、ゲン”)が1945年8月6日に下された原爆で父・大吉(だいきち)、姉・英子(えいこ)、弟・進次(しんじ)の3人を亡くしながらも、たくましく生きる姿を描く。
名シーン
「はだしのゲン」作中ではいろんな名シーンがいくつかある。
- ゲンの家族(父、英子、進次)の死別。
- 死んだ弟と思ったが、実はそっくりな別人だった隆太との出会い。
- 画家の吉田政二の世話をしたことで絵の素晴らしさを知る。その後、政二は死去し、ゲンと隆太は彼をいじめた兄夫婦と姪姉妹を懲らしめる(良心があった兄は改心したが、兄嫁は反省しなかった)。
- 間借りしていた江波の知人宅を些細な喧嘩で追い出されたゲンら家族。ゲンと隆太は仕返しに知人宅のいじめっ子達をぶん殴って泣かせ、それに激怒した意地悪な御隠居さんが肥溜めに落ちる。
- 友子の誘拐事件、悪友クソ森との和解、妹をさらった被爆者や復員兵達の悲しみ、そして友子の死。
- 念願の旅行先京都で母が、姉と慕う夏江も原爆症で死亡。更にはムスビまでもが麻薬売買ヤクザの手に掛かり・・・
- ゲンの初恋の人、中尾光子との出会い、そして、死。
他にもいろいろと・・・。
pixivではこのシーンのパロディイラストが作られ、特に吉田政二、江波のおばさんの肥溜め、
米兵の「オ ナイス デザイン」、「ムスビうそをつけっ」などのパロディが多い。
また、作中(「ゲン」に限らず、中沢啓治の漫画作品全般)で見られる独特の擬声語「ギギギ・・・」
も有名で、この擬声語ネタもpixivでもパロディイラストに使われ、pixivだけでなく2chなどでも
使用される事が多い。
関連イラスト
松江市における閉架騒動
2012年八月、「はだしのゲン」を学校の図書館に置かないよう求める市民からの陳情があった。
市議会は同年12月に不採択としたが、「内容の過激さ」を理由に同市教育委員会は学校側に「閉架」措置を要請した。この「過激」とされたシーンは10巻の日本兵による強姦のシーンで、この問題を取材した朝日新聞の武田肇記者によると市の教育委員会は学校の図書館に置く際全巻をチェックしておらず、上述の市民の陳情があってはじめて全巻を点検し「このシーンは子供に見せられない」との判断をしたとのことである(こちらのまとめを参照)。
そして、同月の校長会で本作を閉架措置とし、できるだけ貸し出さないよう口頭で求めた。
もっとも、実際には「陳情した市民」はクレーマーの類に過ぎず、閉架措置が発覚した2013年八月十六日以降には閉架措置の撤回を求める声が各方面から松江市に寄せられた。
最終的には2013年八月二十七日に閉架措置は撤回される旨決定したものの、「表現規制」の「悪しき先例」が残る形になった。
幻の第二部完結編・東京編(ネタバレ御勘弁)
第一部後半の脱線にマズイと考えた作者は、第二部・東京編は原点回帰し、作品を完結させるつもりで、月刊連載の全24回の構想予定だった。(東京編第一話の書き掛けのネーム遺稿は中沢啓二記念館に保存されている。)
東京編あらすじ
配達急行便で東京へ上京したゲンと隆太。そこで、東京大空襲の惨状を知ると同時に2人は被爆者として差別を受けてしまう。
そんな中、ゲンはある絵画に出会い、思案の末隆太や東京で知り合った仲間達に別れを告げ、フランスのパリへ画家修行に行く事を決意。フランスへ向かう貨物船にゲンが乗り、大海原へ旅立つ場面で完結する筈だった。