概要
「はだしのゲン」は、広島市出身の漫画家中沢啓治による、自身の原爆の被爆体験を元に作られた反戦漫画である。太平洋戦争末期から戦後までの激動の時代を必死に生き抜こうとする、主人公中岡元(ゲン)と隆太たちの姿を描く。
当初は週刊少年ジャンプで連載が始まった。当時のジャンプは既に現在と同じアンケート至上主義であり、内容が内容だけに読者の評判も賛否両論で、連載中は必ずしも人気があったとは言えなかったのだが、当時の編集長だった長野規が肝煎りで書かせたこともあり、例外的に長野が異動するまで掲載を続けさせたといういわくがある(ちなみにこの長野は、当時の安保闘争情勢での社内での左寄り運動には否定的であったとされる)。
友子が亡くなった時点(単行本4巻)でジャンプでの連載は終了。本来物語自体がここで終了する予定だったが、集英社が単行本化を見送り、後に汐文社からジャンプ連載分の単行本4巻を刊行したところ、その単行本がベストセラーとなり、朝日新聞の記者横田喬の強い勧めもあり、左翼色の強い雑誌『市民』に続編(単行本5巻以降)の連載が決まる。
その後、『市民』の休刊に伴い、日本共産党の論壇紙である『文化評論』→日教組の機関紙である『教育評論』と左翼系の雑誌に場を移して連載が続けられ、ゲンが東京に行く場面で「第一部・完」として一旦中断したが、作者が病気の悪化の為に執筆を断念、ついに第二部が描かれることはなかった。
第二部は東京を舞台にし、被爆者差別について扱う作品になる予定で、実際に二話目までの下書きが終わっており、出版の具体的な予定も決まっていたといい、死後その下書きは公開されている。
また、この作品は実写映画やアニメ映画、ミュージカル、テレビドラマも作られている。半自伝的な作品で、作中のエピソードの多くも中沢が実際に体験したことである。母親を火葬した際に骨が残らなかった、という作中にもあるエピソードが、中沢に広島原爆の被爆を題材とした漫画を描かせるきっかけとなった。
内容
反戦を題材にしているが、一部コメディ要素も盛り込まれている。
- 同情を買って食べ物を分けて貰うために泣く泣く妹を殴る兄を助ける為、同じ様な手口で隆太を殴るが、どう見ても楽しんでる様にしか見えないゲン。
- 反戦デモ妨害に乱入するも、急所蹴りで悶絶する右翼団体員をからかう隆太。
- GHQに逮捕、監禁されて、拷問に備えて少しでも痛みを減らす練習をし、その最中にケンカを始め、GHQに「狂った」と思われたゲン、隆太、ムスビの三人。
被爆直後の被爆者の描写の凄惨さでも有名だが、作者によれば、あれでも少年誌に掲載するために表現を抑えたとしており、実際はもっと凄惨だったことを述べ、原爆(核兵器)の恐ろしさをこの漫画を通して知ってほしいとしている。
主人公のゲンの思想は、作中後半になると明確に反米、反戦、反天皇制、反軍国主義となっていくが、作中前半(原爆投下前後)のゲンは、父の反戦思想や反軍国主義に共感を示しつつも、軍歌を歌ったり、進次にあげた軍艦に未練を残したり、自分を救護してくれた兵士に対して「こんなひどい事をしたアメリカをやっつけてくれ」と言うなど、同時代の子供達とある程度共通した思想を少なからず有していた。
この点に関しては、メタ的なところでは掲載紙や作者の以降、作中においては原爆投下後に、小学2年生から中学卒業の間様々な経験を通したうえで、言語と思想を獲得・形成していったゲンの成長ともとれる。
後半になるとゲンをはじめとする登場人物達が日本の戦争責任・戦争犯罪について激しく憤激するシーンが増えるが、ゲンの仲間たち全員が常に戦争がもたらした被害に対し、その原因を担うアメリカや天皇に激しい怒りの矛先を向かわせているわけではなく、周囲の人間であったり、親族であったり、居候人に向くこともしばしばである。
さらに、戦時中は差別されていた朝鮮人が戦後徒党を組んで暴行・犯罪行為を行う描写があったり、戦後に「戦争反対だった」と宗旨変えする元軍国主義者や、ヤクザと関わり悪の道に染まるメインキャラクターなど、荒廃した戦後の広島で泥臭く生きる人間像を描き、単純な善玉・悪玉のみで割り切れない人間の生々しさも描かれている。
また、戦中から戦後数年後あたりの時代にはやっていた歌謡や映画、芸能人などについてもしばしば描写されており、当時の風俗を知る上でも貴重な資料となっている。群像劇的な構成から大江健三郎は「これは民衆の記録であり、現代の民話である」と評している。
反面、原爆が落下傘を取り付けた状態で投下されているなど、連載当時の知見の限界による事実誤認の描写があるほか、『三光作戦』のように現在では信憑性を疑われている事柄も事実として描かれており、歴史的事実に対する知識を得るという点では注意が必要な描写も少なくない。
作者の実体験との違い
作者の半自伝的作品であり家族構成も一致するが、作者の実体験をそのまま描いたわけではない。中沢は原爆投下時、国民学校1年生(ゲンは2年生)であった。ゲンと同様に学校の門の塀を背にして閃光や爆風から助かっているが、猛火に阻まれて家には戻れず、家族(父、姉、弟)の死には直面しておらず、父などとの別れの名シーンはまったくの創作である。
父・大吉は下駄の絵付け職人で日本画家でもあり、公然と戦争反対を訴えていた為に周囲から非国民扱いされて特高に連行されているが、実際の作者の父・晴海の職業も日本画家であり、特高に連行されたのも同様であるが、実際の検挙理由は、晴海が素人劇団「十一人座」に参加しており、その劇団がプロレタリア文学を題材とした公演も行っていた繋がりで共産主義思想を疑われた事によるものである。
なお、実父のエピソードを反映したのか、2007年のテレビドラマ版においては、大吉(演:中井貴一)が特高から左翼系の劇団と関わりがある疑いをかけられている。
姉・英子は大吉、進次と共に家の下敷きになり、抜け出せないまま焼死しているが、実際に作者の姉・英子の最後に立ち会った作者の母・君代の証言によると、英子が家の下敷きになった状態で君代が呼びかけても返事がなかった為、その時点で即死であったのだろうと伝えられている。実写映画版、テレビドラマ版ではこれが反映されて、ゲンが自宅に戻った時点で既に亡くなっている描写となった。
なお、父が特高に連行された事で、姉が身ぐるみを剥がされて身体検査を受けるなどの嫌がらせを受けたのは事実とのこと。
進次は作中では軍艦の玩具を持ちながら焼死しているが、軍艦については創作で、弟・進についても原作と違い頭が下敷きになっている。また、作者の母・君代は進たちが焼死する直前に近所の人に避難させられたため、実際に焼死する瞬間を目撃していない。
被爆直後に妹が産まれたのは同様だが、中沢が母親と再会した時にはすでに産んだ後だった(近所の人間が出産を手伝った)。逆に妹の死の際には立ち会っている。栄養失調で亡くなったのは産まれて4か月後だった。なお8月6日の投下直後に産まれたということで、ABCCが貴重な研究サンプルとして調査しようと、亡くなってることも知らずに数年かけて中沢家を追いかけていたことが判明する。
長兄(はだしのゲンでの浩二)は原爆投下時には予科練には入っておらず、呉の軍需工場にいて、一緒に自宅から父や姉弟の骨を掘り出している(次兄が疎開していたのは同じ)。大和を溶接していたのは彼の自慢であった。
作者が母・妹と一時的に江波に移住しており、そこで地元民に酷いいじめを受けたのは事実だが、吉田家の住人とのエピソードは完全なフィクションである。
原爆症により頭髪全てが一時的に抜けたゲンと違い、作者は後頭部に受けた火傷を放置したことでその部分のみ禿げたのみであった。
ゲンが劇中で看板屋に努めた理由は壊してしまった看板を弁償するためであったが、作者は中学卒業後に看板屋に就職している。なお、その時の上司が軍隊帰りであったことは共通している。
中沢の母親は昭和41年に中沢の結婚式の直後に病死しているが、中沢は当時すでに漫画家になるために上京していて、立ち会っていない。
被爆前、隣の家に朴さんのモデルと思われる朝鮮人家族はいたが(朴さんは朝鮮半島に妻子を残している設定だが、モデルの朝鮮人男性は妻子と一緒に住んでいた)、原爆投下前には引っ越していて、その後は音信不通となった。原爆投下直後に泣き叫ぶ母親を燃えさかる自宅から助けたのも近所の日本人である。
中沢はこの一家の娘と同年代ということでおやきを食べさせてもらうなど大変可愛がられており、朝鮮人に対して好意的な彼の原体験を作った人々でもある。
以上のすべては、はだしのゲン以前に描かれた自伝漫画の「おれは見た」などでも明らかにされているものであり、作者が隠匿、改竄しているものではないことは留意されたい。
あらすじ
広島県広島市舟入本町(現在の広島市中区舟入本町)に住む国民学校2年生の主人公・中岡元(なかおか げん “以下、ゲン”)が1945年8月6日に下された原爆で父・大吉(だいきち)、姉・英子(えいこ)、弟・進次(しんじ)の3人を亡くしながらも、たくましく生きる姿を描く。
名シーン
「はだしのゲン」作中ではいろんな名シーンがいくつかある。
- ゲンの家族(父、英子、進次)の死別。
- 死んだ弟と思ったが、実はそっくりな別人だった隆太との出会い。
- 画家の吉田政二の世話をしたことで絵の素晴らしさを知る。その後、政二は死去し、ゲンと隆太は彼をいじめた兄夫婦と姪姉妹を懲らしめる(良心があった兄は改心したが、兄嫁とその娘たちは反省しなかった)。
- 間借りしていた江波の母親の知人宅を些細な喧嘩で追い出されたゲンら家族。ゲンと隆太は仕返しに知人宅のいじめっ子達をぶん殴って泣かせ、孫たちがゲンと隆太に泣かされたことに激怒した意地悪な御隠居が肥溜めに落ちる。
「あっ、ババアがクソつぼに落ちたぞ!」
- 友子の誘拐事件、悪友クソ森との和解、妹をさらった被爆者や復員兵達の悲しみ、そして友子の死。
- 念願の旅行先京都で母が、姉と慕う夏江も原爆症で死亡。更にはムスビまでもが麻薬売買ヤクザの手に掛かり・・・
- ゲンの初恋の人、中尾光子との出会い、そして、死。
他にもいろいろと・・・。
pixivではこのシーンのパロディイラストが作られ、特に吉田政二、江波の知人宅のご隠居の肥溜めへの落下シーン、
米兵の「オ ナイス デザイン」、「ムスビうそをつけっ」などのパロディが多い。
また、作中(「ゲン」に限らず、中沢啓治の漫画作品全般)で見られる独特の擬声語「ギギギ・・・」
も有名で、この擬声語ネタもpixivでもパロディイラストに使われ、pixivだけでなく2chなどでも
使用される事が多い。
なお、中沢はこうした悪ふざけにも寛容どころか好意的だった。
関連イラスト
松江市における閉架騒動
2012年八月、「はだしのゲン」を学校の図書館に置かないよう求める市民からの陳情があった。
市議会は同年12月に不採択としたが、「内容の過激さ」を理由に同市教育委員会は学校側に「閉架」措置を要請した。この「過激」とされたシーンは10巻の日本兵による強姦のシーンで、この問題を取材した朝日新聞の武田肇記者によると市の教育委員会は学校の図書館に置く際全巻をチェックしておらず、上述の市民の陳情があってはじめて全巻を点検し「このシーンは子供に見せられない」との判断をしたとのことである(こちらのまとめを参照)。
そして、同月の校長会で本作を閉架措置とし、できるだけ貸し出さないよう口頭で求めた。
もっとも、実際には「陳情した市民」はクレーマーの類に過ぎず、閉架措置が発覚した2013年八月十六日以降には閉架措置の撤回を求める声が各方面から松江市に寄せられた。
最終的には2013年八月二十七日に閉架措置は撤回される旨決定したものの、「表現規制」の「悪しき先例」が残る形になった。
幻の第二部完結編・東京編(ネタバレ御勘弁)
第一部後半の脱線にマズイと考えた作者は、第二部・東京編は原点回帰し、作品を完結させるつもりで、月刊連載の全24回の構想予定だった。(東京編第一話の書き掛けのネーム遺稿は中沢啓二記念館に保存されている。)
東京編あらすじ
配達急行便で東京へ上京したゲンと隆太。そこで、東京大空襲の惨状を知ると同時に2人は被爆者として差別を受けてしまう。
そんな中、ゲンはある絵画に出会い、隆太の死を契機に思案の末東京で知り合った仲間達に別れを告げ、フランスのパリへ画家修行に行く事を決意。フランスへ向かう貨物船にゲンが乗り、大海原へ旅立つ場面で完結するはずだった。