概要
「双剣の騎士(Knight with the Two Swords)」「野蛮なベイリン(Sir Balin le Savage)」等の異名を持つ。
アーサー王に仕えたが、円卓の騎士が結成されるよりも前に追放されたため、通常円卓の騎士には数えられない。
伝説の初期に死亡してしまうため、各種アーサー王伝説を基とした創作物等では彼の活躍の話はカットされてしまうことが多いが、アーサー王のイングランド統一において大きな功績を残した騎士である。
また、彼の行動が後の聖杯探索に向けた様々な伏線となっている。
人物
カリバーンの喪失に至ったペリノア王との戦いを経ていたアーサーをして「私の見たどんな騎士にも勝る」と言わしめた、当時における「最強の騎士」。
元はノーザンバランド地方の騎士であったが、湖の乙女の兄と決闘し倒した結果、それを恨んだ湖の乙女に母親を殺されてしまう。その仇を討つため弟ベイランと旅をしている最中にアーサー王の配下に加わった。
基本的に誠実かつ高潔で善人であるが「父は怒りと共に私を生み出した」の言のとおり、しばしば怒りの衝動に身を任せることが多い。
弟のベイラン卿からも「私がいない間、くれぐれも気分任せで行動しないように」と忠告されている。
キレ癖を本人も気にしており、自分とは全く対称的な、理想の騎士であるランスロット卿に憧れ、振る舞いを学ぼうと師事していた。
なまじ優れた騎士であったが故に、後にガラハッドの手に渡る「騎士の選定の剣」を引き抜けてしまった事から、その厄災によって破滅の道を進む事となる。
ちなみにこの剣、後の円卓の筆頭格ガウェインですら引き抜けなかった。
剣の銘は「冒険好きの剣(エスペ・アヴァンチュルーズ)」。文献によってはアロンダイトともされる。
かのロンギヌスの槍を使った事もあり、その時は天罰で国を3つ滅ぼしてしまった。
趣味は昼寝。お気に入りの場所はキャメロット中庭の静かな木陰。
しかし、この場所がどこからも死角だったためにランスロットと王妃グウィネヴィアの逢瀬を目撃してしまう。
活躍
アーサー王がイングランド統一のために11人の王たちと戦っていた時代のこと。
ベイリンは母の仇を探す旅の最中、湖の乙女から聖剣を授かったというアーサー王の噂を聞きつけた。
配下に加われば仇の手がかりが見つかるやもと、加えてもらうためにとった方法は、王城に続く道の泉のほとりで王城に向かう騎士に決闘を挑み、全員を負かして力を示すという物だった。
やがてやたら強い騎士がいるとの話を聞いたアーサー王が素性を隠しベイリンに挑み、彼を打ち倒した。
望みが絶たれたと落ち込むベイリンであったがアーサー王は彼を諭し、王城に連れて行った。
その時ベイリンは初めて自分を負かした相手が何者だったのか知ることとなった。
魔法使いマーリンは、ベイリンを評して「アーサー王に対しては利益をもたらすが、他の者には悲しみをもたらすだろう」と予言した。
その後、アーサー王の騎士となったベイリンは統一戦争において大いに活躍した。
敵国の兵士はベイリンの強さを見て「あれはきっと天使か悪魔の生まれ変わりだ」と噂した。
ある日、アーサー王の宮殿に剣を持った少女が現れた。
この剣はアヴァロンに住む剣の貴婦人ライルから預かった「武勇に優れ行いも正しい最も高潔な騎士のみが扱う事のできる剣」だという。
宮廷中の騎士が最優の騎士の栄誉を求め、この剣を鞘から抜こうとするが、剣はびくともしなかった。
ちょうどその頃、アーサー王の従弟を殴り殺した容疑で半年間投獄されていたベイリンが釈放されていた。
現場を通りがかったベイリンが試しに鞘に挑戦してみると、剣は容易く鞘から抜けた。
すると、少女は実兄に殺された恋人の復讐をするため、その剣を抜く必要があったと言った。
また、剣を持っていると、最も親しい者をその手で殺す呪いに見舞われるとして、ベイリンに返すように要求したが、彼は「そのような事態に陥ったなら、私は殺すよりも先に自害するだろう」と言いこれを拒否した。
剣を失った少女は悲嘆に暮れ、宮殿を立ち去った(しかしライルは「この剣を抜く者がお前の兄を殺すだろう」と予言しているのでこの時点で少女の目的は達成している)。
直後、怒り狂った湖の乙女が宮殿に現れた。
剣は湖の乙女の元から盗まれた物だった。
湖の乙女は「剣を盗んだ少女」か「剣を抜いた騎士」のどちらかの命を要求した。
この時、この湖の乙女が過去に自分の母を殺した相手だと気付いたベイリンは、衝動的に湖の乙女の首を刎ねてしまう。
武器を持たない婦人を手にかけたこと、また宮殿を血で汚したことがアーサー王の怒りに触れ、ベイリンは王宮から追放されてしまった。
こうしてベイリンは、元々持っていた自分の剣と併せて2本の剣を持ち歩くようになり、この時から双剣の騎士と呼ばれるようになった。
追放後のベイリンは、剣を抜いた嫉妬と王宮内での行いを罰するため追ってきたアイルランドの騎士、ランサー卿から一騎打ちを挑まれ、これを殺害する。直後、ランサー卿の婚約者が現れてベイリンを罵倒し恋人の剣で自殺した。これにはベイリンも嘆き悲しんだ。
その後、兄を追ってきた弟ベイラン卿と合流したベイリンは、弟の提案でアーサー王の許しを得るため、当時アーサー王と敵対していたリエンス王を倒すことを決意する。
ベイリンは弟ベイランと共に2人で30人の騎士を率いるリエンス王を奇襲し、見事捕縛に成功した。
この働きによって大いに喜んだアーサー王から許しを得ることに成功した。
しかし、この捕縛によりアーサーと敵対していたリエンスの弟ネロ王を含む11人の王が同盟を組み、アーサー王軍とテラビル城の傍で一大決戦を行うことになる。
さらにこれをチャンスと考えたオークニーのロット王も決起し、アーサー王を倒すために軍を進めた。
対してアーサー王軍はペリノア王と合流した。
この時ベイリンとペリノアが模擬戦を行ったのだが、ペリノア王は「あいつとは二度と戦いたくない」と証言している。
その後、アーサー王が戦争に勝ったことでイングランド統一がなされた。
それからというものベイリンは理想の騎士であるランスロットを慕い、彼の下で騎士の振る舞いを学んでいた。
アーサー王が彼の怒りの衝動を制御することを期待したためだ。
また、自分のような者にも優しくしてくれる王妃ギネヴィアも慕い、王妃を守る騎士「影の影」となることを誓った。
しかし、王城の中庭で昼寝をしている際に、人の声で目が覚めると丁度ランスロットとギネヴィアが不義密会をしているところだった。
ショックで何も信じられなくなったベイリンは失意のまま旅に出た。
ある日、姿を消す魔法を使う騎士ガーロン卿の攻撃によって旅の道連れを殺されたベイリンは、これを討つために、ガーロンがいるペラム王(後に漁夫王と呼ばれる)の城を訪れた。
ベラム王の城では武器の携帯は禁じられていたのだが、ベイリンは短剣を隠し持ち、ガーロンの暗殺に成功した。
だが、ガーロンはペラム王の弟であり、怒ったベラム王はベイリンを殺害しようとする。
短剣しか持っていないベイリンは、逃げる中、城の宝物庫で槍を発見し、これを使ってペラム王を撃退した。
しかし、突如として城が崩壊し、ベイリンも瓦礫の山の下敷きとなった。
ベイリンが入手した槍は、実はイエス・キリストを刺してその血を受けたロンギヌスの槍であり、聖具を武器として使った天罰「嘆きの一撃」が発動したのだ。
この一撃は城だけでなく周囲3つの国にまで被害が及び、被害を受けた土地は作物の育たない呪われた荒れ地となった。
生き埋めになってから3日後、マーリンによってぺラム王共々城の残骸から助け出されたベイリンは罪を犯した己を恥じ、アーサー王の下へ帰還することを諦め、贖罪の旅に出ることにした。
あるとき、そこを通過するには「島を守る騎士」と決闘しなければならず勝った者はその役目を引き継がねばならないという悪習がある地方を通りかかった。ここを死地と定め、決闘を承諾したベイリン卿は、出会った騎士の助言に従い、彼に楯を借りていくことにするのだが、これが悲劇を招いた(一説には湖の乙女の策略とされている)。このとき、決闘相手は兄を探す旅をしていた弟であるベイラン卿であったのだが、彼は島を守る騎士の証である赤い甲冑を纏っておりベイリン卿はそれに気がつかなかった。一方、ベイラン卿も相手が二本の剣を携えていたことから兄ではないかと思ったものの、楯が違うのでそうとは気付かなかったのである。
こうして、兄弟同士は殺し合い、お互いに巨人をも七度殺せるという瀕死の重傷を負わせた時点でようやくお互いの素性に気付くことになった。悲しき戦いにマーリンが駆け付けたが既に遅く、もう助からないことを覚悟したベイリン卿とベイラン卿は、「一緒に生まれた私たちは死ぬときも一緒だ」と同じ墓に埋葬されることをマーリンに言い残し、息絶えるのであった。
ベイリンを死に追いやった呪いの剣は、マーリンによって回収され、柄を変えられ、後にガラハッドの手に渡っている。
また、ロンギヌスの槍によって付けられたペラム王の傷は自然治癒せず、城もなくなってしまい、近所の川で魚を釣って暮らすようになる。
そんなペラム王を助けるためにガラハッドやパーシヴァルらが聖杯探索の旅に出る事になる。
ベイリンの行動の数々は、後の聖杯探索の伏線となっているのである。
なお彼の死をマーリンから聞かされたアーサー王は嘆き悲しむ前に「『あれ』は死ぬ生き物だったのか?」と大層驚いたという。