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M103重戦車の編集履歴

2021-09-10 01:00:53 バージョン

M103重戦車

えむわんはんどれっどすりー

M103重戦車とは、戦後にアメリカ合衆国が開発した重戦車である。

概要

M103重戦車とは、アメリカソ連IS-3に対抗するために開発した重戦車である。


開発経緯

本車の計画は、1945年の9月7日にの4カ国が参加し、第二次世界大戦終結直後にベルリンで行われた戦勝記念パレードに登場したソ連のIS-3から始まった


IS-3の(搭乗員を無視して)被弾傾斜を極めたガチガチな装甲を貫くことが可能だった戦車を1945年当時に米英(というか西側諸国)は持っていなかったため、両国は対抗可能な戦車の開発を急いだ。


その結果設計、生み出されたのがこのM103重戦車だ。


概要

上記の結果、アメリカは1948年2月にT43重戦車(Heavy Tank T43)の名で開発が決まった。


他にも同時に軽、中戦車の開発も始め、このT43には遠距離からIS-3を撃破可能な性能を求められた。


当初の計画では、T34重戦車をベースとして車体の小型化や増加装甲の装着などをし、自動装填装置を搭載した120mm砲を搭載した58tの重戦車の予定だったが、その後修正されつつ誕生した。


歴史

T43重戦車(へびーたんく てぃーふぉーてぃーすりー)

当初の計画から少し変更され、作られた一番最初のもの。

自動装填装置の設置を取りやめ、装填手2名による手動装填のM58 60口径120mm戦車砲を搭載した56tの重戦車として開発された。


見た目は他の戦後世代のアメリカ戦車と似ており、部品も共通のものを使用しているものが多い。

鋳造製の特徴的な砲塔は装填手が2名必要なために大きい。

砲塔のハッチが後ろの方にあるのは車長席が後ろにあるため。大きく重い弾を使用するため、砲塔内弾薬庫は前の方にある。(一部は車長席の前にある。)


エンジンは多少改良したM48(52t)と同じものを使用していた。


とりあえず、アメリカは手始めに朝鮮戦争への投入のためクライスラー社に試作車の6両含め80両を発注、その後この80両含めて計300両発注され、1951年には最初の試作車のテストを開始した。さすがアメリカ


その後も多少の変更なども加えつつ、T43E1としてしっかり300量が生産された。

名前を120mm砲戦車T34と改名し、試作車両は1953~54年の間に朝鮮半島へと送られ、実地テストを受けた。

テストでは1954年10月までの間に7030kmを走り、主砲弾を176発撃っている。


そのテストを経て実戦へ赴き、北朝鮮軍をちぎってはなげ...とはいかなかった。


理由はテストで多数の問題点(砲塔、主砲、弾薬、射撃統制システム、パワー不足(←やっぱり))が見つかったからだ。

結果、1955年で配備、生産の中止と、300両の予備兵器化が決まった。


120mm砲戦車 M103(わんはんどれっどとぅえんてぃみりがんたんく えむわんはんどれっどすりー)

上記の問題から、一旦は本車を予備兵器とすることが決定したが、「さすがに300両もある重戦車を何もしないで放置すんのはマズイやろ」とのことで、テストにおいて指摘された問題を改修。


その結果はれて正式化されることとなり、120mm砲戦車 M103として正式化、西ドイツにいた独立戦車部隊に配備された。


一部の別でT43E1を改良したT34E2は、陸軍からは「M103があるからいらん」と言われたものの、海兵隊が採用、M103A1と名を変えて海兵隊の3個戦車大隊に配属された。


ちなみに、海兵隊のM103A1は海兵隊からリースされる形で1959年から陸軍にも配備された。


M103A2(えむわんはんどれっどすりー えーつー)

1962年、M60から戦車含む戦闘車両のエンジンのディーゼル化を進めており、無論本車もエンジンを変更したものが生産される。

M103M1E1の名前で開発され、M103A2として正式化される。


ちなみに、300両近くあったエンジン換装前のM103のうち、200両は後ほどエンジンを換装され、パワー不足がある程度解消された。


その後

本車はテストでの問題点などから開発が遅れ、結果朝鮮戦争には間に合わなかった。さらに60t超えの重量のためベトナム戦争にも投入されず、実践経験のないまま1960年になり、本車の120mm砲と同等の火力を持つ105mm砲を搭載したM60やM60A1の配備が進んだ。

未まだ出力、パワー不足に悩まされた本車よりもM60の方が良いと考えた陸軍は置き換えを進めた。


海兵隊ではまだ使用を続けていたが、1974年までに全てのM103が幸か不幸か実践を経験しないまま退役した。


派生型 M51戦車改修車

M103の車体を利用して開発された改修車である。


のちに研究目的で台湾に数量が渡され、現在も中華民国陸軍集集営区内において1輌が展示されている。


ファイティングモンスター

本車、M103にはファイティングモンスターというかっこいい愛称がある。

残念ながらこの名前は正式なものではなく、日本のとある本にて紹介されたのが初。

そのため、外国人に「Fighting Monster」と言っても通じない。


関連タグ

アメリカ

アメリカ海兵隊

戦車

重戦車

FV214コンカラー同志その1

FV4005←同志その2

IS-3←実質的な生みの親

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