M103重戦車
えむわんはんどれっどすりー
本車の計画は、1945年の9月7日に米ソ英仏の4カ国が参加し、第二次世界大戦終結直後にベルリンで行われた対独戦勝記念パレードに登場したソ連のIS-3から始まった。
IS-3の(搭乗員を無視して)被弾傾斜を極めたガチガチな装甲を貫くことが可能だった戦車を1945年当時に米英(というか西側諸国)は持っていなかったため、両国は対抗可能な戦車の開発を急いだ。
その結果設計、生み出されたのがこのM103重戦車だ。
上記の結果、アメリカは1948年2月にT43重戦車(Heavy Tank T43)の名で開発が決まった。
他にも同時に軽、中戦車の開発も始め、このT43には遠距離からIS-3を撃破可能な性能を求められた。
当初の計画では、T34重戦車をベースとして車体の小型化や増加装甲の装着などをし、自動装填装置を搭載した120mm砲を搭載した58tの重戦車の予定だったが、その後修正されつつ誕生した。
T43重戦車(へびーたんく てぃーふぉーてぃーすりー)
当初の計画から少し変更され、作られた最初のもの。
自動装填装置の設置を取りやめ、装填手2名による手動装填のM58 60口径120mm戦車砲を搭載した56tの重戦車として開発された。
見た目は他の戦後世代のアメリカ戦車と似ており、部品も共通のものを使用しているものが多い。
鋳造製の特徴的な砲塔は装填手が2名必要なために大きい。
砲塔のハッチが後ろの方にあるのは車長席が後ろにあるため。大きく重い弾を使用するため、砲塔内弾薬庫は前の方にある。(一部は車長席の前にある。)
エンジンは多少改良したM48(52t)と同じものを使用していた。
とりあえず、アメリカは手始めに朝鮮戦争への投入のためクライスラー社に試作車の6両含め80両を発注、その後この80両含めて計300両発注され、1951年には最初の試作車のテストを開始した。さすがアメリカ
その後も多少の変更なども加えつつ、T43E1としてしっかり300量が生産された。
名前を120mm砲戦車T34と改名し、試作車両は1953~54年の間に朝鮮半島へと送られ、実地テストを受けた。
テストでは1954年10月までの間に7030kmを走り、主砲弾を176発撃っている。
そのテストを経て実戦へ赴き、北朝鮮軍をちぎってはなげ...とはいかなかった。
理由はテストで多数の問題点(砲塔、主砲、弾薬、射撃統制システム、パワー不足(←やっぱり))が見つかったからだ。
結果、1955年で配備、生産の中止と、300両の予備兵器化が決まった。
120mm砲戦車 M103(わんはんどれっどとぅえんてぃみりがんたんく えむわんはんどれっどすりー)
上記の問題から、一旦は本車を予備兵器とすることが決定したが、「さすがに300両もある重戦車を何もしないで放置すんのはマズイやろ」とのことで、テストにおいて指摘された問題を改修。
その結果はれて正式化されることとなり、120mm砲戦車 M103として正式化、西ドイツにいた独立戦車部隊に配備された。
一部の別でT43E1を改良したT34E2は、陸軍からは「M103があるからいらん」と言われたものの、海兵隊が採用、M103A1と名を変えて海兵隊の3個戦車大隊に配属された。
ちなみに、海兵隊のM103A1は海兵隊からリースされる形で1959年から陸軍にも配備された。
M103A2(えむわんはんどれっどすりー えーつー)
1962年、M60から戦車含む戦闘車両のエンジンのディーゼル化を進めており、無論本車もエンジンを変更したものが生産される。
M103M1E1の名前で開発され、M103A2として正式化される。
ちなみに、300両近くあったエンジン換装前のM103のうち、200両は後ほどエンジンを換装され、パワー不足がある程度解消された。
本車はテストでの問題点などから開発が遅れ、結果朝鮮戦争には間に合わなかった。さらに60t超えの重量のためベトナム戦争にも投入されず、実践経験のないまま1960年になり、本車の120mm砲と同等の火力を持つ105mm砲を搭載したM60やM60A1の配備が進んだ。
未まだ出力、パワー不足に悩まされた本車よりもM60の方が良いと考えた陸軍は置き換えを進めた。
海兵隊ではまだ使用を続けていたが、1974年までに全てのM103が幸か不幸か実践を経験しないまま退役した。
本車、M103にはファイティングモンスターというかっこいい愛称がある。
残念ながらこの名前は正式なものではなく、日本のとある本にて紹介されたのが初。
そのため、外国人に「Fighting Monster」と言っても通じない。
通称WoTと呼ばれる有名オンラインゲームにおいて、アメリカTier9重戦車として実装されている。
火力(砲)はtier8のT32から引き継ぎの初期砲、中間砲、最終砲から選べるが、この戦車に限らず、基本最終砲運用が望ましい。実際に現実で搭載されていた砲もこの最終砲である。
ただ、最終砲を載せられない人にとっては選択肢は初期砲か中間砲となる。初期砲はこのTierとしては心許ないため、最低でも中間砲は乗せておこう。
中間砲も研究できないという人は他車両でフリー経験値を稼ごう。
装甲に関してだが、砲塔は正面を向けていればキューポラ以外カチカチ、車体は正面の一部以外は基本的に敵弾を弾けないため頭だけを出して戦う、いわゆるハルダウンをすることが望ましい。
機動力に関してはそれなりにある。決して快速ではないが、決して遅いわけではない。
スマホ版のWorld of Tanks Blitz、通称WoTBにも登場しており、基本は上記とあまり変わらないが、こちらは砲塔にキューポラ以外の弱点もあるため気をつけよう。
Blitzには特殊消耗品というものがあり、この車両はそれを積むことができる。それを積んで戦うのも良いだろう。
詳しくは↓を
通称WTと呼ばれる人気オンラインゲーム。
火力は強力。炸薬が非常に多く、貫通できれば一撃ワンパンがしやすい。ワンパンが実質基本のこのゲームにおいて炸薬量はワンパンのしやすさにつながってくるため、これは非常に嬉しい。
装填は決して速くない為、気をつけよう。
装甲は決して薄いわけではないが、高貫通の化学弾が飛び交う戦場であるためそんなに過信できるものではない。
正面はさほど薄くはないが、側背面は薄い。この戦車に限ったことではないが、敵に対しては基本正面を向けて戦おう。
機動力は重戦車としては比較的良好。ただ、超信地旋回は不可能であり、旋回自体もも遅いため、近距離戦は可能な限り控えよう。芋れとは言ってない。
詳しくは↓も。
戦後日本が朝鮮半島のような南北分断国家となり、朝鮮戦争の日本版となった「北海道戦争」にて南日本の警察予備隊にM26パーシングが供与された結果、M26の重戦車っぷりに惚れ込んだ南日本がM103をベースに61式戦車を開発。これにより南日本の自衛隊が重戦車と化した61式を装備することになった。