概要
ポジションはMF登録だが、FWを担当することも多く、まれにDFも務める。
地元のサッカークラブであるさぎぬまサッカークラブを経て、川崎フロンターレユースに加入すると頭角を現し、18歳時にはトップチーム昇格間違いなしとフロントも含め思われていたが、一つ上の世代選手の活躍と自らプロでやっていける自信がなく、もう一度自らを鍛えなおすために筑波大学へ進学した。
大学2年生時に出場した天皇杯のベガルタ仙台戦ではアウェイにもかかわらず2ゴールを決めて勝利に貢献。大学では主に体育学だけでなく運動生理学や栄養学など論理的なことも学び、これが現在の徹底した体調管理の元となっている。
2020年川崎フロンターレトップチームデビュー。第7節湘南ベルマーレ戦でプロ初ゴールを決めると、その後も公式戦でゴールを量産してクラブの複数タイトルに貢献、最終的にリーグ戦において1年目新人最多記録タイとなる13ゴールを達成、アシスト数も12とし、史上4人目となるプロ1年目のベストイレブンを受賞、さらには日本年間最優秀選手賞も受賞し、サッカーファンに衝撃を与えた。また、フロンターレのバンディエラ、中村憲剛の現役ラストゴールをアシストしたのも彼である。
2021年も7ゴールをリーグ戦で記録すると、8月にブライトンへ移籍。しかし当時はA代表経験がまだなかったためにイギリスの労働許可が降りず、ブライトンとつながりを持つベルギーのロイヤル・ユニオン・サン=ジロワーズに期限付き移籍。すると10月には0-2のビハインドに加えて退場者を出して数的不利という状況から途中出場すると、ハットトリックを達成して逆転勝利にチームを導いた。
2022年3月24日のアジア最終予選豪州戦で2ゴールを挙げ勝利と予選突破に貢献。その後ブライトンに復帰。11月に行われたゲームで初ゴールを記録すると、同試合では元バルセロナの選手にレッドカードを誘発して退場に追い込んだ。現在はブライトンの主力に定着した。
同年のFIFAワールドカップカタール大会の日本代表に選出。初戦ドイツ戦では途中出場すると、先制点と起点となり勝利に貢献。続くコスタリカ戦には敗れたものの、スペイン戦では誰もが敗退と予想する中、途中出場すると、同点で迎えた後半6分、スペインのゴール側でラインに1.88mm残った状態で逆足でクロスを上げると、さぎぬま時代からの幼馴染、田中碧がゴール。守備にも貢献し歴史的勝利に貢献した。
最終的に日本代表はベスト16で敗退となったものの、この大会で幾度も決定機と得意のドリブルを演出し、特にスペイン戦でのアシストや世界一のサイドバックと呼ばれるカルバハルを抜いたプレーなどで世界に衝撃を与えた。
ちなみに放送の中で本人出演のブルーロックのスマホゲームのCMが流れていた。
大会後レギュラーシーズンに戻ってからもブライトンで驚異的な突破力やテクニックを披露し、日本でもよくトレンドワード入りしている。
私生活では、2022年7月に大学時代から交際していた女性と結婚したことを発表した。
少年時代に住んでいたマンションの隣には俳優の松重豊が住んでおり、学校から帰ると母親が帰ってくるまで松重宅に居させてもらい、リビングのソファに転がってゲームしながら待っていたという。後に互いに引っ越したものの、以降も家族ぐるみの付き合いは続いているとのこと。カタールW杯開催時には松重は取材に答え三笘にエールを送ったり、観戦しに行った勝村政信に「カタール行ったらかおるくんに、よろしくって伝えてと言われた」と無茶振りしたりしている。
また訳あって名前は非公開だが兄がいる。(Twitterより)
名字を『三苫』(くさかんむり)と誤記される事が多い。(正しくは『三笘』(たけかんむり))
特徴
主戦場は左サイド。独特なタッチのドリブルで相手を抜き去りチャンスを演出し、自らも高い決定力でチームを救うことのできる選手。彼の予測不能なドリブルを止めることのできた選手は非常に少ない。
その活躍ぶりはすさまじく、Twitter上では、もちろんファンのネタではあるものの「#三笘被害者の会」が発足し、多くの強豪を含めゴールを決められて敗戦、もしくは得点に絡まれたチームが入会しており、これらのサポーターは彼の活躍の度に「三笘は○○(そのサポーターの応援しているチーム)が育てた!」と呟くのが定番となっている。それほどまでに強烈なインパクトを残している。このようなこともあり、過去にゴールを決められたチームのサポーターには彼が代表でゴールを決めると「喜びよりもトラウマがよみがえる」といった声も少なくない。現在世界で最も注目されている選手の1人である。