「――それが今の姿か」
ゼンマイ仕掛けの音を響かせ、無機質な声が水底に木霊する。
「墜ちたものだな、魔王」
「我は隠者エルミデ。かつて、その忌まわしき手により滅ぼされた銀水世界リステリアが元首である」
◇
「問わねばわからぬ貴様らの末路は知れている」
「追い詰めたと思っておるのか? この隠者エルミデを」
嘲るように、そいつは言った。
「釣り出されたとも知らずに」
「我を止めたところで、事態は変わらんよ。ここからでは、《銀界魔弾(ゾネイド)》を止める手段はない」
「無駄な抵抗にすぎんよ。貴様らでは」
◇
「二律僭主。お前のすることは常になんの意味もない」
「それだけの力を有しながら、お前のやっていることは児戯に等しい。あの大陸など最たるものだ。神無き世界? 秩序が救わなかった者を救う? ククククク」
絡繰神は不気味に笑った。
「秩序が支配するこの海で、そんなことが本気でできるとでも思っているのか?」
「秩序が救わなかった者は、結局のところ救われないのだ。お前がしていることは、一時の儚い夢を見せているにすぎん」
ククククク、と絡繰神は再び笑った。
「救われない救済、無意味な願い。理想だけはご立派な夢追い人。だが、その実、お前はその夢すら自ら描いたわけでもない」
「臣下に祭り上げられたのだ。その夢は素晴らしいと。
あなたにしか追えないと。馬鹿には理解できない尊い理
想だとなぁ! 二律僭主、お前は裸の王様だ!!」
「いいや。私こそが、本物の隠者エルミデだ」
クククク、と崩れ落ちる絡繰神の体から、不気味な笑い声がこぼれ落ちる。
「そんなこともわからずに、理想を宣うか、二律僭主よ」
嘲るような言葉を残し、絡繰神は消滅した。
◇
「二律僭主なき今、もはや正体を隠す必要もなくなった」
声が響いた。
「我は正帝」
「完全なる正義を実行する者なり」
「秩序が救えなかったのではない。秩序は救わなかったのだ。汝らは、秩序に従い、生きるべきだったのだ」
「これでわかっただろう。秩序が救わなかった者を、救おうとしても意味なきことを。結局は秩序に従い、同じ末路を辿る。よいか? この海は、ただこの海の流れのままに。自由なる風など決して吹かない」
◇
「この海の正義は十分と言えるかな?」
「今、この海において、正義とは悪なのだ。最も大きな問題は、我々は正義の名のもとに、この海に嵐をもたらす」
「かつて、私は人々の正義に期待した。だが、それは裏切られた。だめだったのだよ。この銀水聖海の正義は不十分であり、つまり不完全だ。ゆえに──
──今度こそ、私は完全なる正義を実行する。それこそが絡繰世界デボロスタの元首、正帝ヴラドの使命だ!」
※この記事では、聖王レブラハルド・ハインリエルに成り代わっている正帝を中心に記述する。
概要
絡繰世界デボロスタの元首。正帝の称号を持つ。
また、銀水聖海の強者たちに成り変わり、隠者エルミデを騙って、絶渦の絡繰神を使い学院同盟パブロヘタラで暗躍している。
初登場
第十二章《災淵世界》編、§8.【パブロヘタラの法】にて初登場した。
描写
《渇望の災淵》の底に潜んでいた絡繰神は、災淵世界イーヴェゼイノに聖剣世界ハイフォリアを捕食させようとしていた。
また、大提督ジジ・ジェーンズに成り代わった正帝は、《絶渦》に対抗するため銀滅魔法を開発していた。
それから、第三魔王ヒース・トニアに成り代わったと思われる正帝は、融合世界ボルムテッドの元首でもあったロンクルス・ゼイバットに、かつて親友だったからで片付けることができないほど異常な執着心を見せていた。
そして、聖王レブラハルド・ハインリエルに成り代わった正帝は、聖剣世界ハイフォリアに存在する虹水湖を、《淵》──《虹路の泉淵》に進化させることで、深淵化を進めた。
このように、人によって行動にバラつきがあるように思われるため、具体的な目的が不透明である。
容姿
正帝ヴラド本人の容姿は不明である。
しかし、成り代わった正帝はその人物と全く同じ容姿をしている。
人物
ヴラドは、現在の銀水聖海の正義は不十分であるとし、そして、その不十分で不完全な正義こそが、銀海に嵐をもたらす悪であると主張している。
そのため、銀海に真なる正義をもたらすことを大義としており、自身のことを正義を実行する者と称し、また、今度こそ完全なる正義を実行すると宣言している。
しかし、ヴラドがこのような思想を持つようになった理由は現在明かされておらず、全くの不明である。
能力
正帝ヴラド本人の能力は不明である。
しかし、成り代わった正帝はその人物と同等の力を持っている。
関連用語
絶渦の絡繰神
隠者エルミデが秩序ではなく、魔法によって創ったといわれる、人工の神族。固形化された水銀の体を持っており、絡繰り人形のような姿をしている。
それから、《絡繰淵盤》にて具象化された石板には、〝――其は、人が創り出した絡繰。其は、進軍する強き兵。其は、深淵へ至る帆船。名を、絶渦の絡繰神という――〟と記されており、絡繰神は《絶渦》を突破し、深淵世界を攻撃し、そこから火露を奪うために創られたと予想されている。
そして、それは子爵フレアドールが《絡繰の淵槽》に《絡繰淵槽水銀創造(ラジナ・ノウズ・リエスト)》を行使することによって創ったものである。
また、フレアドールはそれを用いて創った首無しの絡繰神を、奪った首と融合させることで、その首の持ち主の力や記憶、外見を写し取り、成り代わらせていた。
しかし、完全に写し取ることはできず、特に想いが強い大切な記憶などは欠落すると思われ、また、正帝レブラハルドは絵画世界アプトミステに出現した絡繰神との戦いまで霊神人剣エヴァンスマナを抜くことができなかった。
しかし、そうして出来た偽物は、姿も魔力も根源すら本人と見分けが付かず、それは成り代わった人物の世界の主神をも欺くほどであり、更には大魔王ジニア・シーヴァヘルドの魔眼さえ騙している可能性がある。