三国志の凌統
父親の凌操と共に孫策の下で戦っていた武将。
夏口の戦いにおいて父を甘寧によって殺されており彼に対して恨みを抱いていた事もあった。
合肥の戦いでは主君孫権を守るべく300の手勢で敵中に飛び込み攪乱、
全身に傷を負いながらも川を泳いだ末に帰陣する。
手勢の部下は全滅し落胆していると、主君の孫権が
「あなただけでも生き延びてくれていて嬉しい」と言って労わったとか。
死没年は不明。各伝ごとに食い違いがあるものの、
夷陵の戦いを含む蜀との荊州攻略戦の頃から記述がなく、このころに病没したとも。また、享年について29歳説と49歳説があるが、凌統が死んだときに子供が10歳に満たなかったなどの資料もあることから、29歳説が有力である。
子の凌烈、凌封らが後を継ぎ、軍の指揮権は駱統に引き継がれた。
真・三國無双の凌統
CV:松野太紀
4より参戦。右目下のほくろにタレ目、ツンデレとある意味萌え要素詰め込みまくりなキャラ。
武器は両節棍と足蹴り。(笑)
父・凌操とともに孫呉に仕え、普段はひねくれた態度を取り皮肉を好む。口癖は「~だっつの」
だが実は忠義に篤く信義を重んじる。史実と同様、夏口の戦いで凌操を殺された為に
甘寧を恨み続けるが、共に戦ううちに甘寧との関係に少しずつ変化を見せて行く。
イラストも単独よりは甘寧と一緒のほうが多い。
『6』ではライダースーツにストールと、一番(三国時代の)中国と関係ない格好をしている
無双OROCHIシリーズでは阿国といい感じに友好関係にある。
また2のあるステージで三蔵法師のセリフに「(孫悟空が豊臣秀吉で、猪八戒が石川五右衛門なら)俺は沙悟浄かよ」と突っ込んでいるが、言うまでもなく玄奘三蔵が生きた時代(AD600年頃)や西遊記が成立した(AD1570年頃)のは三国志より400年以上後年である(おおよそ後から聞いたんだろうが)。