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おもちゃのハローマック

おもちゃのはろーまっく

おもちゃのハローマックとは、夢と希望に満ち溢れていたおもちゃのまちのことである。
目次[非表示]

概要


全国北海道から鹿児島まで、390店舗の店舗数があるチェーン店舗。ほとんどの店舗は郊外店舗にあり一部ショッピングセンターにあります。 郊外店舗はお城の形をした子供の国。マックライオンが目印。 1号店開店から15年目を迎えた今、新しい形のハローマックも営業しております。
お城の形の「ハローマック」と緑の塔屋の「トイ&ホビーハローマック」の2形態です。どちらも玩具の楽しさを提案していることは同じです。 「見る」「聞く」「触る」「動かす」「乗る」を体験していただき玩具の楽しさを感じる売場構成は一緒です。
(2000年度株式会社チヨダHP店舗紹介文より抜粋)

おもちゃのハローマックは「東京靴流通センター」を運営していることで知られる株式会社チヨダが、1985年から2008年まで運営していた玩具店。

ファミコンブームに便乗したチヨダが、1985年に第1店と第2店を同時開店して以降、郊外を中心に次々と開店し、最盛期には47都道府県に合計500店以上を展開していた。
通常のおもちゃやゲームのほか、ハローマックのロゴが入ったニンテンドウ64やハローマック限定販売のトミカなども販売し、1990年代には日本の玩具販売市場のトップの座にあった。

しかし2000年代に入ると、トイザらスをはじめとする海外企業の進出や加速する少子化、オンラインショッピングの登場などで経営は悪化。2000年2月期時点で396店舗を営業していたが徐々に店舗を閉鎖していき、2008年2月期には36店舗まで減少。
最終的に2008年7月までに全店舗を閉鎖して玩具店業界から撤退した。

特徴

メルヘンな白いお城をイメージした外観が印象的で、ギザギザとした装飾が残っている店舗も数多く存在する。また、同じくチヨダが運営する東京靴流通センターが併設されていたり、ハローマック店舗跡がそのまま東京靴流通センターになっていたりもする。
現在東京靴流通センターになっている元ハローマックの一覧

店内には、真ん中にレジカウンターが置かれている「島」があり、その周りにおもちゃやゲーム等の陳列棚が置かれていた。

また、ハローマックにはポイント3倍デーというものもあり、地域差によるが基本的には毎週水曜日が3倍デーの日であった。
営業時間はこれもまた地域差によるが基本的に20時までであったが、クリスマスシーズンなどになると22時まで営業していた店舗もあったという。

開店~1990年代前半には「おもちゃのハローマック」、1990年代後半以降は「パジャマトリッパー」(歌:濱田マリ)という曲が店内に流れていた。

マックライオン

「ハローマック」と言えばこのキャラクターを思い浮かべる人も多いのではないだろうか。
実はマックライオンのデザインは2通りあって、1つは開店〜1990年代前半まで使用されたもの。よく店舗の煙突のような部分に描かれていたのはこちらのデザインのものが多い。
もう1つは1990年代後半〜閉店まで使用されたもので、チヨダの社長が交代した時にデザインを一新したという話がある。
また、このマックライオンの変更と共に前述したハローマックのテーマソングも変更された。

この記事のメイン画像に描かれているのは「初代マックライオン」の方である。

2008年の閉店以降、マックライオンを見かけることは残念ながらほとんどなくなってしまった。

しかし、2018年12月13日にチヨダがマックライオン(デザインは2代目のもの)のロゴを商標登録していたことが判明した。
また、2019年6月に開催される東京おもちゃショー2019に「おもちゃのハローマック」ブランドとして出展することが決定し、実際にグッズが登場した。
残念ながらおもちゃ・ゲームを販売する予定はないが、マックライオンのバッジ等のグッズを販売する予定とのこと。
また、2019年6月25日に再びチヨダがマックライオンを商標登録した。しかも今回は初代、2代目両方の商標登録である。

ハローマックの店舗の形について

ハローマックは通常、メルヘンなお城をイメージしたという城型店舗が通常だが、中にはマックライオンが中央に描かれている中央型(例:広島吉田店。現グリムランド吉田店)や城型ではあるが煙突のような部分が煙突みたいな形ではなく四角である形(例:伊賀上野店。現三重県補聴器センター伊賀上野店)の形もある。

店舗数の推移

1980年代

当時発行された雑誌によると、1987年(昭和62年)10月の時点で全国に126店舗を展開しており、同年度中に165店舗まで拡大する予定だった。(計画通りに店舗数が拡大されたかは不明)

2000年代

数字は2000年〜2008年の株式会社チヨダ連結決算短信に基づくもの。

西暦店舗数前年比
2000年396店舗
2001年372店舗–24店舗
2002年303店舗–69店舗
2003年219店舗–84店舗
2004年193店舗–26店舗
2005年168店舗–25店舗
2006年138店舗–30店舗
2007年106店舗–32店舗
2008年36店舗–70店舗
2009年0店舗–36店舗

2000年代に入って店舗数が大きく減少したのは、運営会社であるチヨダ内部の経営方針の変更と、この時期15年契約が終了する店舗が多かったためと言われている。

当初チヨダは各都道府県を1つのグループとし、『グループ内の黒字の店舗が赤字の店舗をカバーする』という経営方針を採っていた。300〜500店舗の経営を維持できたのも黒字の店舗が赤字の店舗を支えていたためといえる。
しかし、当時の新社長と玩具部門との間で内部抗争が起きた(と言われているが真偽は不明)後に『赤字店舗は閉店する』という方針に転換された。
少子化とライバル店のトイザらスの躍進の中で黒字を達成できた店舗は多くはなく、次々と閉店していった。

またハローマックは15年契約の店舗が多く、店舗数が拡大した1985年〜1990年頃に開店した店舗は2000年〜2005年に契約が切れることになる。この契約期限が満了するのに伴って閉店した店舗も少なくなかったという。

「過去の店舗一覧」について

文章量の増加につき、子記事に店舗についての情報を分割しました。

【北海道・東北地方と関東地方】
東日本に存在したおもちゃのハローマックの店舗

【北陸信越地方と東海地方】
中日本に存在したおもちゃのハローマックの店舗

【関西地方と中国・四国地方、九州地方】
西日本に存在したおもちゃのハローマックの店舗

ハローマックは、1985年に埼玉県春日部市に1号店を開店。その後、500店舗を超える店を出すも、2000年代に入り業績悪化で閉店した店舗が一気に右肩上がりに。そして2008年7月27日、東京都羽村市の羽村店を最後に、全店舗閉店した。

CM

1992年のCM



1998年のCM



2001年のCM



余談


ハローマックとおもちゃのエースの関係性

ハローマックは株式会社チヨダが経営していたおもちゃ屋であったが、一部店舗は会員制のおもちゃ屋「エース」になった店舗がある。
おもちゃのエースは「エース〇〇店」と表記されるのが通常だったが、まれにハローマックと称しながら実際はおもちゃのエースとして営業していた店舗もあり、その場合は「ハローマックエース〇〇店(高萩店、名護店など)」と表記された。
ちなみにハローマック1号店の春日部店はおもちゃのエースになった経験がある。

マックライオンのTwitter

2012年にマックライオンと名乗る者がTwitterアカウントを開設した。(もちろん非公式)
某キリン玩具店や当時おもちゃを買いに訪れたユーザーなどへのメッセージ(?)など、悲壮感溢れるツイートを毎日呟いている。
また、普段はbotだが年に数回中の人が現れ、質問会が行われることもある。

ハローマックのウィキペディア記事

2016年12月頃、Wikipediaに突如「おもちゃのハローマック」の記事が誕生した。その途端、ハローマックの跡地が一斉に書き記され、閉店後どのような運命を辿っているのか書かれていった。
500店舗以上の情報がびっしりと書かれていたが、さすがにやりすぎたのか2019年5月頃にすべて削除されてしまった。
現在のハローマックの記事

非常に残念である。

中部本部

ハローマックには、「ハローマック中部本部」という支部みたいなものがあった。
現在はチヨダの中部本部になっている。

ハローマックの跡地巡り

世の中には、居抜きマニアと呼ばれるものもいる。ハローマックをはじめ、様々な建物の居抜きを愛する者もいる。今回はハローマックの跡地巡りについて記す。
ハローマックは、郊外型店舗(ロードサイド型店舗)のため、中には公共交通機関で行くには難しい場所もあるが、基本的には鉄道、もしくはバスで行くことが可能である。
中にはバスがなく、駅から徒歩2.30分かかる場所にあったりするので、時間には十分気をつけたい。
また、実際に訪れて撮影をする際は、他の人に迷惑がかからないように撮影をしよう。


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