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プロフィール

品種アングロアラブ
アラブ血量32.66%
性別
毛色栗毛
誕生日1962年4月23日
死没日1994年3月18日
ミネフジ
バイオレット
母の父ミネオカ
5代内のインブリードなし
産地宮崎県延岡市
管理調教師福地達晃(兵庫)→藤原幸蔵(兵庫)→田村任三郎(大井)→藤原幸蔵(兵庫)
生産者尾崎竹男
馬主田上将行→中村畜産

経歴

1964年、キイカチドキの名前で園田競馬場でデビュー。4戦目からタガミホマレに改名して出走した。

春の銀賞で2着馬に3馬身差、秋の銀賞で6馬身差をつけて勝利したが、あまりの強さに秋の白鷺賞では負担重量が65kgにまで増加し、以降は馬だけでなく負担重量がライバルとして立ちはだかった。

現役時代は移籍を4回経験し、デビューは福地達晃厩舎だったが2戦目から藤原幸蔵厩舎に移籍。5歳の4月に兵庫から大井に移籍。その年のうちにまた兵庫の藤原厩舎へ戻った。

現役時代の成績は73戦41勝。現役時の着外はたった1回だけという安定した成績を残して種牡馬入りした。

種牡馬として

引退後は北海道の中村畜産で種牡馬となる。

年間種付け頭数が40~50頭が平均的だった時代に初年度から147頭に種付け。1972年には270頭に種付けをしてセイユウの持っていた年間238頭の記録を更新した。

生涯種付け頭数は2909頭をマークし、産駒も競走・繁殖両方で活躍した。

あまりにも種付け頭数が多いとストレスから気が荒くなったり、過労で寿命を縮めたりするがタガミホマレは非常にタフで、1994年3月18日に32歳で老衰で天寿を全うした。

関連タグ

65世代

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タガミホマレ
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