あぁ、愚かだとも、だが、それでいい!
元からこの世は悲劇ではなく、喜劇だったのだから!
私は勝手に役者とされ、『我が愛娘』を奪われた挙句、以前の死を前座とされた!
ならば、主演も道化に堕としてこその舞台だろう?
解説
CV;鳥海浩輔(希望)
物語の舞台となる『異世界』の人物。
【皇帝】(悪魔)の契約者で、姪に対して父親面し、彼女の執事を息子呼ばわりする男。
第1巻から登場する本作のメインキャラ4人の1人。通称“脳内に地獄を飼う男”
肩までの黒髪に赤い瞳、中性的な美しさを誇り、貴族然とした重厚な服装を好む。
素質を見出したエリザベートに薬と称してある物の肉を食べさせて【拷問姫】を作成。彼女を軸とした13の悪魔の軍勢で世界の転覆を狙うもその彼女に反旗を翻されて失敗。自身も相打ちの形で倒れ、現在は教会に置かれている。
人物像
常に揶揄するような話し方とその飄々とした態度から【道化】と評される一方で悪魔をして【脳内に地獄を飼う男】と渾名させる程に歪みに歪んだ男。
というのが世間からの評価であるがこれらは全てただの仮面に過ぎない。
彼に関して確実なのは2点のみ。享楽主義者であることと、子供を愛していたこと。
彼の人生はこの2文に尽きると言えるだろう。
エリザベートや櫂人の危機に際して見せるその焦ったような表情や、信頼こそが彼の本性だ。
動向
全ての始まりでもこの物語の始まりでも無いが、世界の終焉を招いた男ではある。
ある人から買った始まりの悪魔の肉で自身の体に悪魔の根を張らせると、多くの民を拷問して大量の魔力を入手し、それを利用してこの世界で初めて悪魔との契約を、それも【皇帝】との契約を成し遂げて世界に破壊と絶望をばら撒いた。
第一部にて(ネタバレ注意)
エリザベートに倒されて教会の監視下にあるはずの男はなぜか教会幹部を懐柔していた。
聖人の枷も、彼を苛む拷問具も、もはや役には立たない。
彼は解放され、【皇帝】は昔の居城に帰還し、教会は討手を放つ。
さぁ戦争だ!エリザベートと戦争だ!
死霊術師のマリアンヌを行かせよう。『我が後継』よ素質を私に見せたまえ。
エリザベートは優秀すぎた、今度は君を育てよう。
そして彼は瀬名櫂人を自身の城に呼び込んだ………それが命取りとも気付かずに。
櫂人に後継となるよう説得するも失敗し、嬲っているうちにエリザベートを呼び込まれた。
悪魔と融合していない上に教会の枷まで受けているヴラドでは彼女に敵わない。
「圧政者は殺され、暴君は吊られ、虐殺者は惨殺される」古くからの言い回しが現実に。
哀れヴラドは火刑に処されて殺された。悪魔の頂点は呆気なく死んだのである。
……と思ったら実は生きてた。肉体は失ったけど複製された魂が残されていたのだ。
そして案の定何も変わってない。バカは死んでも治らないが、ヴラドの奴も同類らしい。
魂だけになったのに軽口も、趣味の悪さも、道化っぷりも全て生前と同じ。
むしろ肉体を失って危険がなくなったせいか無責任に煽り散らして愉しむなど悪化したまである。
しかしどうやら櫂人のことは本気で後継にすることにしたらしく、教育者としての面を遺憾無く発揮して彼に魔術を叩き込み、最終的には【皇帝】の契約者になるレベルまで成長させてみせた。
エリザベートを【拷問姫】にした時といいマリアンヌを【死霊術師】にした時といい、教育者としては本当に優秀である。教育方針が全力で間違ってるけど。
時は流れて数年後。ある女性の反乱によって神と悪魔が顕現し、世界が終末へのカウントダウンを刻み始めたその時、彼は自由な肉体を得て復活した。
世界の終末を回避するための切り札にこいつが選ばれる状況こそ終末だけど仕方がない。
その歪みまくった思考回路と【皇帝】を使役できる力が必要だったのだ。
戦いの途中、櫂人から【皇帝】を預かって死地に向かう彼を見送る。
その瞳には信頼と成長への喜び、そして一抹の悲しさがあった。
ヴラドは世界を救った。そして、その過程で息子を失った。
第二部にて(ネタバレ注意)
終末回避後、肉体と【皇帝】の両方を取り戻したヴラドの危険度は跳ね上がる
櫂人やラ・クリストフの意思で処刑は回避されたが自由放免にも出来ない。
そうして彼には王都の地下での無期限の幽閉処分が下された。
次に彼が日の目を見るのはそれから3年後、またしても世界の命運を賭けた大戦争の最中。
革命を狙う勢力による侵攻と虐殺が始まった時、世界は再び彼を必要とした。
【拷問姫】にさえ理解できない思考をする『復讐者』を前に世界は争う術を持たない。
【悪】にしか相手のできない【悪】もある。
世界を守るためには奴の、【脳内に地獄を飼う男】の歪みが必要だったのだ。
『復讐者』の考えをヴラドは嬉々として解説し、待ち受ける未来すら予言して見せる。
相手の目的や現状の問題点、彼の指摘は的を得ていたし、有効な手段でもあった。
ただ一つ問題があるとすれば時間と戦力。
エリザベートが、世界が、呆けている間に世界の崩壊点は過ぎており、力技で解決しようにも戦力は相手の方が多く、アリスはエリザベートよりも強い。
世界は破滅に向かって進んでいた。多くを失い、多くが死んだ。
そしてその刃がエリザベートに向いた時、この男はその刃を自らに向けさせた。
世界を救おうというのではない。【我が愛娘】を救うために。
それがこの男の真実であり、全てだったから。
道化のような口調も、揶揄するような言葉選びも、いつもと変わらなかった。
気負うこともなく、悲壮感も緊張感も残さずにヴラド・レ・ファニュは死んだ。
2度の別れと本当の最期
息子
「さらばだ、『我が王』、『我が後継』ーー我が息子よ」
「君のおかげで私は楽しい毎日だった」
そう言って彼は息子を見送った。
彼が死ぬと知りながら、それでも彼の意思を尊重して送り出した。
この言葉にはいったいどれほどの想いが込められているのだろう。
常に道化じみた言動を見せてきた男が見せた数少ない素顔。
これは彼なりの敬意で、感謝で、喜びで、そして何よりも感動だったのかもしれない。
娘
「1つだけーー言っておきたい台詞を述べておこうと思う」
「ここは私に任せて先に行け」
そう言って彼は娘を見送った。自分が死ぬと知りながら。
その態度は相変わらず道化じみていた。その言葉は相変わらずふざけていた。
しかしそれは彼らしく無い行動だったし、その心は真剣だったろう。
いざという時のために魂の複製まで作って自分を残そうとした男は娘を守るため、これ以上子供を失わないために自らが死ぬ道を選んだ。
エゴといえばエゴかもしれない。しかしそこには間違いなく愛があった。
自分自身
「【我が愛娘】に伝えてくれーー『私は本当に愛していたよ』と」
「これで私は彼女に消えない傷を残せる。何、父親としての愛は本物だがね」
「『どうか忘れないでほしい』と願うのも人の業だろう?」
彼の遺言はとっくに伝わっていることだった。
無意味なことだと嗤うだろうか?
私はむしろそこに込められた思いの深さにおかしくなりそうだ。
エリザベートが、櫂人が、彼の愛に気づいてることくらいヴラドも分かってたはず。それでもなお、彼はこれを願ったのだ。生前直接は言えなかったことを、冗談めかして逃げてしまったこの思いを、最後に言っておきたかったのだろう。
そしてそれでもなお冗談を混ぜてしまう。
最期の最期までヴラド・レ・ファニュはヴラド・レ・ファニュだった。
今度こそ、本当の本当に、喜劇の舞台は御仕舞いだ。
長くもふざけた、悪辣で楽しく迷惑な上演だった。
彼を愛した1人の読者として
ヴラド・レ・ファニュ、自由と愉しさに生きた者よ。
最後まで愛と“らしさ”を貫いた貴方の人生が幸せなものであったことを祈ろう。
そして願わくば貴方の来世が“息子”と“娘”に愛されるものであれ……とも。
小ネタ
そのあんまりにもあんまりな態度から、第8巻第9章で【“道化”の選択】というタイトルのもと、公式からも遂に道化と言い切られた。
他のキャラになんらかの都合で退場していた時期があったことを考えると1番出番のあったキャラかもしれない。敵役なのに
モデル?
ヴラド・レ・ファニュとジル・ド・レは共に美男子の貴族であり、ジル・ド・レも少年を誘拐しており、拷問を介した悪魔的な儀式を行なっていた噂が流れたり教会に逆らった先に火炙りという末路が待っていたことなど共通点が多い。
→詳細はジル・ド・レの項を参照
ヴラド・レ・ファニュとヴラド・ツェペシュも貴族という点で共通。ヴラド3世の現ルーマニアの一部の王でありながらオスマン帝国を幾度も撃退した頭脳、串刺し公と渾名されたほどの拷問性と他者への冷酷さ、後に教会に幽閉されているなどこちらも共通点が多い。
→詳細はヴラド・ツェペシュの項を参照