概要
江戸時代末期(幕末)から明治時代にかけて、現在の宮城県仙台市に実在した人物で、「人神」としても祀られている。
知的障害があり会話能力は低かったが、明治期に「四郎自身が選んで訪れる店は繁盛する」との迷信が南東北のマスメディアを巻き込んで流布し、売上増を企図する店舗等が四郎の気を引こうと厚遇した。
没後の大正期に入ると、仙台市内のある写真館が「四郎の写真を飾れば商売繁盛のご利益がある」と謳って写真販売を始めた。商売繁盛のご利益は、存命中においては四郎の意志に依拠したが、写真による偶像化以降、(死没した)四郎の意志とは無関係になり、グッズを購買すればご利益が得られると転換された。1920年(大正9年)からの戦後恐慌以降、繰り返し発生する不景気において四郎のブームが度々発生し、全国的に知られる福の神として定着した。