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六欲天

ろくよくてん

六欲天とは天上界の内、性欲や食欲等の欲望に捉われる6つの天の事であり、三界の1つ『欲界』に属する天にして、六道の1つ『天道』の別名。
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概要

仏教では、
六道(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道)、
十界(六道の上に声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界を加えたもの)、
三界(欲界・色界・無色界)、
といった世界観がある。
このうち、天上界の中でも人間道に近い、欲望に囚われる6つの下部の天を六欲天という。

六欲天一覧

四大王衆天(しだいおうしゅうてん)

六欲天の第1天。帝釈天に使える持国天・増長天・広目天・多聞天の四天王と配下の夜叉などが住む、須弥山の中腹辺りにある世界。
この世界の天人の寿命は「人間の五十年を一日」とし、寿命は五百歳。また天人生の途中で死ぬこともある。」とあるので人間界の時間に換算すると、約900万年。

忉利天(とうりてん)

六欲天の第2天。帝釈天,及びそれに使える神々や天人が住む、須弥山の頂上に有る巨大な美しい王都。
また、釈迦の母親である摩耶夫人も住んでいるという。
この世界の中央に帝釈天の住む「善見(喜見)城」、四方に各8つの城が有り神々や天人が住む。その城の合計が33あるので、別名『三十三天』ともいう。「善見(喜見)城」に住む天衆は無量の楽しみを見られることから善見といわれる。
この世界の天人は欲情して性交渉をする時は、人間の姿になるが、性欲が除かれれば天人の姿に戻ると言われる。

この世界の天人の寿命は「人間の百年を一日」とし、寿命は千歳なので人間界の時間に換算すると、約3600万年。

この世界では、帝釈天率いる軍と、阿修羅軍(修羅道)が三日に一度は戦争をしていると言われ、毎回阿修羅軍が敗退するという。

ここまでが『地居天(じごてん)』と呼ばれる須弥山の中腹~山頂にある世界。これ以降の天は須弥山の遥か上空に在り、『空居天(くうごてん)』と呼ばれる。



夜摩天(やまてん)

六欲天の第3天。仏教の世界における「最初に死んだ人」である閻魔王が作った天といわれる。
夜摩天王の力は帝釈天王を十万倍しても及ばず、 楽しみの量は千倍勝る。
経文には「夜摩天は虚空中に住して雲の集まりの如し」と説かれ、風により支えられています。空の上の存在なので阿修羅に襲われることもなければ戦う必要もありません。
夜摩天には、前世の行いに応じて32天地の何処に生まれるかが決まります。そして時間の流れと共に変化する不思議な快楽を受け続けるという。

夜摩天に生まれた天人は、善果の報いが非常に強力なため慢心を生じやすく、著しく五欲に執着してしまうことになる。そのため諸行無常を忘れ遊び呆けるあまり、死相が現れてから取り返しのつかない事態に悩み苦しみ、善果が尽きて三悪趣に転生するといわれます。

この世界の天人の寿命は「人間の二百年を一日」とし、寿命は二千歳なので人間界の時間に換算すると、約1憶4400万年。

兜率天(とそつてん)

六欲天の第4天。弥勒菩薩を始め、菩薩たちが修行をしているという天。また釈迦も前世はここにいた。
この天には内外二院あり,七宝(金、銀、瑠璃、玻璃、硨磲、珊瑚、瑪瑙)で造られた宮殿がある内院には将来仏となるべき菩薩が住み,現在は弥勒菩薩(みろくぼさつ)がそこで説法をしているとされる。 その周囲の外院には無数の天人が住んでいます。

菩薩の体からは光が放たれ、4万km先まで照らすという。 
外院に住む天人はその光明を見て珍しく不思議に思います。菩薩はすかさず天人の心身を整え悪行を制するために仏の法を説きます。法を聞いた天人は、聞こえても何とも感じず放逸して快楽をむさぼり続ける天人と菩薩の説法を楽しいと感じてさらに聞きたいと急いで内院に向かう天人とに分かれます。

楽しいと感じた天人は、内院で法を聞き終わると敬重の心を生じます。そしてさらに聞きたいと急いで行堂に向かい、この中で法を聞いてさらに心に敬重を生じるために光明が百倍・千倍に増大します。光明の増した天人は仏の法に従うことの大切さを悟り、「足るを知る」事で今の境遇に十分な喜びを感じて満足します。

一方で他の放逸を続ける天人の光明は何も変わらず天衣・飾り等の一切が劣るために、勝る天人を見て羨ましく思い。法を無理に聞こうとするのですが、正しく聞くことが出来ないために光明が増大することは無くやはり心に恥を生じます。そして劣る天人は居心地の悪い内院から離れ、現世の境界を飽きることなく楽しみ尽くし、夜摩天の天人同様、死後、三悪趣に転生します。

この世界の天人の寿命は「人間の四百年を一日」とし、寿命は四千歳なので人間界の時間に換算すると、約5憶7600万年。

※弥勒菩薩は釈迦の入滅後56億7千万年後にこの世界に現われ悟りを開き、多くの人々を救済するとされる。理由は不明だが、初期の仏教では5億7600万年後だったが、後に56億7000万年後となった。

化楽天(けらくてん)

六欲天の第5天。
この天の天人は、自らの五感に接する対象を変化して、欲望の極みを不足なく十分に成就できる勝れた神通力を持っています。
人間で例えるなら「味、香り、食欲を満たす料理を作り、味わう」「心と体を休める入浴、マッサージ、寝具を作り、癒す」といった具合でしょう。

化楽天の天人の精神状態は、「欲望を成就しようとする原動力。作り出した、或いは作り出された対象に耽溺(たんでき)する」です。
耽溺:一つのことに夢中になって、他を顧みないために判断力を失い、多く不健全な遊びに溺れること。

化楽天の天人達は、自ら作り出した幸福や快楽に溺れ、その行為自体が迷いの原因だと気付く事も出来ず。無明なまま寿命が尽き、人間を含む悪道へ転生してしまいます。

この世界の天人の寿命は「人間の八百年を一日」とし、寿命は八千歳なので人間界の時間に換算すると、約23億400万年。

他化自在天(たけじざいてん)

六欲天の第六天。すなわち、欲界の最高位の天。
他化自在天は別名、第六天魔王波旬と言い、弓をもった姿で描かれ、欲界のすべてを自在に操り他者を楽しませ、自分も楽しむ神であります。他者とは他化自在天のすぐ下にある化楽天から地獄に至る全ての衆生のことである、と説かれています。
この世界では欲望は全て叶えられ、望みうる最高の快楽が自在に得られる世界です。簡単に言うと「他化自在天」というのは「「他人が楽しむ事を自ら楽しむ」つまり、他者に快楽を与えることを楽しむ世界です。

この世界の天人の寿命は「人間の千六百年を一日」とし、寿命は一万六千歳なので人間界の時間に換算すると、約92億1600万年。

他化自在天は第六天魔王波旬と呼ばれ、仏道の修行者を妨害する邪神でもあります。
かつて釈迦が菩提樹の下で瞑想し、悟りの境地に至ろうとしていた時、天から見ていた他化自在天はたいそう焦ったという。なぜなら他化自在天は他者に楽しみを与え、他社の楽しみを自分の楽しみにできる神であるから、悟りを開いた釈迦の説法を聞いた人々が、同じように悟り解脱して欲界を出てしまえば、欲界は無人になってしまい、他化自在天の楽しみがなくなってしまうからである。

他化自在天は瞑想する釈迦に、美しい女やおいしそうな食べ物を出したり、怪物を嗾けたり、武器や火の雨を降らせたり、世界を暗闇で覆ったりしましたが、釈迦は一切動じなかった為、ついに負けを認め去ったという。

六欲天の天人の楽しみ方一覧表


・他化自在天(たけじざいてん)・・・他者を楽しませる事を楽しむ
・化楽天(けらくてん)・・・自ら楽しみを作り出す
・兜率天(とそつてん)・・・宇宙の法則を楽しむ
・夜摩天(やまてん)・・・自然を楽しむ
・忉利天(とうりてん)・・・秩序を維持する事を楽しむ
・四大王衆天(しだいおうしゅてん)・・・敵と戦って世界を守る事を楽しむ

天道は解脱を妨げる!?

六道の中でも幸福に溢れる天道ですが、天道にも問題があります。それは「善行がしにくい」という事です。
人間であれば、日々善行に励むことが出来ますが、天人は黙っていても極上の幸福感に満たされますので、あえて善行しようとする気持ちもわきにくいのではないかと推察します。
天道は素晴らしい世界ですが、このように心の自由が利かないマイナス面もあるようです。
天人もやがて寿命が尽きればまた別の生命に転生するわけですが、その時、天界に再び転生できる保証は有りません。そればかりか、天人の精神状態では善業エネルギーを蓄積する(善行をする)ことはやりにくく、善業エネルギーを消費する受け身の生活になってしまい、よほどの善業エネルギーが無い限り、天道への転生は困難です。現実は三悪趣等の人間以下の生命に転生することになることが多くなるようです。

天人五衰

天人に死期が近づくと現れる5つの兆候を天人五衰」と言い、「大の五衰」と「小の五衰」の二種類がある。

大の五衰

必ず死に至る五つの兆候

頭上華萎:頭上の華鬘(生花で作られた所謂花冠)が萎える

これは、天人としての幸福感が薄れてくるということを意味しています。
私たちは、あれがしたいとか、これが欲しいとか思い、それが手に入った時は喜びや感動にひたるのですが、しばらくすると、その幸福が当たり前になってきます。
いつまでも手に入れた時の喜びや感動が続けば良いのですが、必ずそれらは時とともに薄れていきます。

身体臭穢:身体が汚れて臭い出す

欲望が全てが満たされてしまうと、どうしてもこれをしなければならないということはなくなってしまいます。
そうなると、毎日特にこれといってすることもなく、だらだらと暮らせば良いということになるのですが、その一方、何もすることがないということは、生活に新鮮さが無いという事です。

衣服垢穢:衣服が垢で油染みる

前述の通り、着ている物がたとえどんなに美しい物であっても、「その服をきれいに洗わなければ」と思わないので薄汚れた感じになってしまいます。

腋下汗流:腋の下から汗が流れ出る

それなりに社会的、学問的地位を得た人が、年とともに自分が自在に活動していたころに比べ能力に陰りを感じるようになり、同時に自分以上の能力のある後輩や年下の者の出現を目の当たりにして、自分の心の内面に焦りを感じたり、腋の下に冷や汗をかくような感情を表現されていると思われます。

不楽本座:自分の席に戻るのを嫌がる

これは、自分の今の在り方が喜べない、自分の今あるところが楽しめないということです。。
言い換えると「退屈」ということです。
生活していく上で何も困ることもなく、全てが満たされていても、そうなることで生じる「退屈」だけは免れることができないのです。
この「退屈」を別の言葉で言うと「生きる意味がない」という言い方になります。

これら「大の五衰」の苦しみは地獄の苦しみの16倍とも言われています。

小の五衰

善い行いをすると助かる。

■美しく楽しい声が出せない。
■身体の輝きが失われる。
■沐浴した時に水が流れ落ち難い。
■目につくものに執着してしまう。
■飽きて瞬きの回数が増える。



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