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概要

本名および旧芸名:千原 浩史〈ちはら こうじ〉1974年3月30日。京都府福知山市出身。


兄のせいじ同様、少年時代からお笑いが大好きで少年生の頃は吉本芸人のネタを披露するなどおちゃらけた性格でクラスの注目の的になり、友人も多かったという。

しかし、その反面生徒の親からは批判を買い「あんなのと一緒のクラスだと息子がバカになる」など言われようのない中傷を受けるようになる。そのため、ある学校の帰りに友人の家へ遊びに行こうとすると親が出てきて「息子は居ない」と告げ、仕方なく帰ろうとすると家の中から「千原くんと遊んだらあかん」という声が聞こえ、それ以降千原は他人に対して不信感を抱くようになる。


その後地元を離れ、隣町の進学校にしたが、担任教師が二人で中一で大学入試対策を行うなど常を逸した校則空気に馴染めず14歳の時に不登校になる。その後、エスカレーター式に高校に進学したがほぼ登校せず、たまに登校しても周りからは白い眼差しで見られ、教師からは「なんで来たんや」と罵倒される日々が続く。そして、16歳の時にとうとう我慢の限界を迎え、当時着ていた制服を帰り道の川に投げ捨てそのまま中退。


その後、何もせず家に引き篭もる姿を見兼ねた兄のせいじが吉本に来るよう誘う。せいじとコンビを組み、入学した養成所でせいじに書かされた初めてのネタを披露する。すると、周りの生徒や講師から大喝采を浴びその瞬間に自分にはこれしか無いと決意し芸人の道へと進むことに。色々と鬱屈した青春時代を歩んできたためか、デビュー当時の宣材写真では芸人とは到底思われない殺人犯のような殺伐とした表情をしていた。その凶相に違わず、当時はそのストイックさと恐れを知らぬ喧嘩腰からジャックナイフと呼ばれていた。

2001年にバイク事故を起こし、骨折で顔が大きく変形してしまい芸能生活再開が不可能と思われるような大怪我をしてしまった。結果論ではあるが、事故当時付けていたのがフルフェイスのヘルメットじゃなかった事がある意味生死を分けたとされ、もしフルフェイスヘルメットだったら帰らぬ人になっていた可能性があったという。

このときにほぼ顔を作り直すくらいの形成手術を行いなんとか復帰する。本人は何故そのような事を頼んだのかを全く覚えていないが、手術後にベッドに横たわる痛々しい顔の姿を家族に一枚だけインスタントカメラで撮影させたという。後にそのインスタントカメラが出てきて現像したジュニア自身が驚いた。


ガサツな兄とは兄弟とは思えないくらい性格も芸風も異なる。

TBS系列で放映中のプレバト!!では類稀なる芸術センスを発揮しており、5部門において特待生以上と言う活躍を見せる。

中でも丸シール絵画部門では採点を務めるプロから「そう来たか!!」と舌を巻かせ、査定初回から特待生昇格と言う圧倒的な芸術センスを披露した。


運動神経が悪く、スキップさえも出来ない。


2021年2月、自身のYouTubeにて、原因不明の股関節痛にかかり、難病と診断されたことを告白。


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