そうしたら、そのさ。友達になってくれるかな?
概要
小5ちゃんとは小説『やがて君になる佐伯沙弥香について』に登場する人物。作中では名前が明らかになっておらず、現状タグとして使われている名称である。(以下女の子)
※ネタバレ注意
原作から約六年前。通っている学校は違うが、沙弥香と同じ水泳教室に通っていた少女。沙弥香に会うと明るく挨拶し、一緒に水泳教室に並んで入ったりしていた。
当初沙弥香は、彼女があまり好きではなかった。彼女はプールの職員の指導に従わず、好きなように泳ぎ、どんなに注意されてもそれを改めなかったのだ。
このため、職員も諦めて放置していた。
ある日、沙弥香とロッカーが隣同士になった時。女の子は沙弥香が嫌そうと感じ、
「佐伯さんって私のこと嫌い?」
と聞いてきた。
沙弥香は「正直に言った方がいいか」と尋ねると、女の子は苦笑し、「自分のどこが嫌いか」、そして「(嫌いな点を聞いて)直せるなら直したい」とも言ってきたので、沙弥香はこの際だからずけずけ言う事を決めた。
「不真面目なところ」
「だって邪魔でしょう?周りがちゃんとやろうとしているのに、遊んでいたら」
そう言われた女の子は、それ以後は職員の指示に従う様になり、真面目に取り組むように。
そして、最後の競争(この水泳教室では、授業の最後に決められた泳ぎで競争を行う)で勝ち、沙弥香に、
「これからはマジメにやってみるよ」
「そうしたら、そのさ。友達になってくれるかな?」
本心では認めなかったが、沙弥香はそれを受け入れる。
初めて沙弥香に恋した女の子
その日、水泳教室が終わった後。女の子は沙弥香と話をしたくなり、施設内の自販機に誘った。少し話をした後に、沙弥香は「何故そんなに自分のことが気に入っているのか」と聞いた。
「佐伯さんを見ると、手のひらが熱くなるんだ。一目見たときからそうだった。それから、背中が熱くなる。汗もぽつぽつ浮かぶし、それがまるで収まらなくて。他の子や物を見てもそうはならないのに、佐伯さんだけそうなる。だから佐伯さんにはなにかあるんじゃないかって、ずっと思ってる」
と、女の子は一気に明かした。
見ると頬が火照っていて、微かに赤みを帯びていた。
それを聞いた沙弥香は、彼女の身に起こった事を予想した。沙弥香もそれまで経験はなかったが、女の子の気持ちに心当たりはあった。
だがそれは、あり得ない組み合わせであり、女の子も沙弥香も同性。そのために「何でかな」と聞かれても、沙弥香は「分からない」と答えるしか無かった。そして…
消えないヒビ
それからの二人は、更衣室では女の子が目で沙弥香を追い、プールでは逆に女の子が沙弥香に泳ぐところを見せるようになる。
沙弥香の視線に気付いた女の子は、沙弥香に近づいてくる。『何か用』と尋ねると、『泳ぐのが上手いと思った』と返答する女の子。
水泳教室が終わり、みんなが更衣室に戻ろうとした時。女の子だけは戻らずにプールへと飛び込み、そのまま浮かんだ。職員が「おーい、なにやってる!」と呼びかけても動かない。
そして、沙弥香もまたプールに飛び込み、女の子へと近づいた。
沙弥香は、「女の子が、体が熱くて仕方なかったのかもしれない」と推測していた。それがどのくらい熱いのか、それを確かめたいと思って彼女へと近づいたのだった。
水中で、二人は互いに見つめ合い、手を取り合う。そして女の子の熱を、沙弥香は感じ取っていた。
そろそろ苦しくなり、沙弥香が上がろうと目で訴えると。女の子は首を振り、そのまま沙弥香の首筋に唇を重ね、
その時、心臓にヒビが入った。
そうだとしか思えない鋭い痛みが走り、ビキビキと音を立ててヒビ割れるのを、沙弥香は感じた。
その瞬間、沙弥香は手を振り払い、水上に上がり、その場から逃げ出した。
女の子も慌ててプールから上がったが、沙弥香は彼女から逃れるように、更衣室で髪も身体もろくに拭かずに服を着替え、そのまま施設から出て行ってしまった。
その夜、沙弥香は両親に「水泳は自分に合っていないから辞めたい」ともちかけた。反応を恐る恐る窺うと、両親は反対や叱責などせずあっさりとそれを受け入れる。沙弥香はその日から、水泳教室に行く事はなかった。
やがて君になる佐伯沙弥香について(3)にて
それから約九年後。
沙弥香が通う大学の図書館。そこにはテレビが設置してあった。
ある時、そのテレビに。大会を控えた、女性の水泳選手にインタビューしている場面が映っていた。
それを一瞥し、テレビの前を通ろうとした沙弥香だったが、画面内の選手が帽子を外した瞬間、足が止まる。
『泳ぐのが好きなんです』
「水泳を始めた切っ掛け」を聞かれた水泳選手が、そう答えていたのだ。彼女は更に付け足し、
『昔、水の中でとてもきれいなものを見たんです。だから……えっとつまり、泳ぐのが好きなんですね』
後半は上手く言葉に出来ず、もどかしさを含んだ返答に。聞き手に小さな笑いを起こした後、画面は次の話題に移り、映像が切り替わった。
沙弥香は、その水泳選手の言葉と、その姿を目にした事から、
「………………………ふぅん」
忘れた頃に届いた手紙に目を通すような、そんな気分を覚えていた。