概要
ゲームブックのブームが華やかなりし87年に、スーパーアドベンチャーゲーム(ゲームブック)のレーベルから発売された一冊。
シリーズではないが、当時に発刊されていた他作品と比較しても、特異かつ個性的、そして魅力的な作風の作品である。
モチーフとして、モデスト・ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」を用いている。同組曲における「十枚の絵」および「プロムナード」に即した様々な世界を渡り、記憶を失った主人公が、己が何者なのかを思い出す……という内容である。
作品解説
主人公=あなたは、気が付くと、琴を片手に旅をする吟遊詩人となっていた。
自分が何者か分からぬまま、名前も、過去も、記憶がないままに旅を続けるあなたは、街から町へと旅を続け、様々な人々に出会ってきた。そうすれば、いつか自分を知っている人間に出会えるだろうと信じて。
そしてある日、大きな門のある「リモージュの市場」にて。
大道商人の開いていた、小さな店……様々なガラクタを、引いたむしろの上に並べているだけの店の前に差し掛かった。
その店には、商品の中に大きな「タブロー(油絵)」が掲げられていた。
立派な金縁の額に入れられたそれは、「伝説の侏儒(ノーム)」が描かれており、同時に丸い屋根のついた寺院の門の印が、作者のサイン代わりに付けられていた。
あなたはそれに見覚えがあった。どこで見たのかわからないが、確かに記憶にあるものだった。
そして、その店の商人が驚きとともに、あなたに対し声を上げた。
「わしはお前を知っている、とうとう見つけたぞ!」
自分は何者なのかと、彼に問うあなただが、
「それを今教えるわけにはいかない。それは自分で探し出さねばならない」と答える商人。
そして、小石ほどの大きさの宝石……黒いガーネットを手渡し、
「自分にできるのは、道を指し示すだけ。手始めに、その絵の中のノームに出会う必要がある」
そう言われたあなたは、いつしか周囲が完全な闇に包まれている事に気付いた。
こうしてあなたは、「十枚の、展覧会の絵」の世界に入っていくことになった……。
本作のジャンルは、ファンタジーではあるが、当時に出ていた「剣と魔法のヒロイックファンタジー」とは異なるそれである。
主人公が、よくある戦士、または魔術師や魔法使いの類ではなく、ほとんど戦闘能力のない「吟遊詩人」であり、「記憶を失い、自分が何者かを探し求める」という冒険の目的を有している。
劇中に戦闘はあるが、戦いばかりを強調した当時における他のファンタジーゲームブック作品よりもその回数は極めて少なく、琴が奏でる魔法の弦の調べで解決する……という、極めて幻想的かつ神秘的な処理が施されているのだ。
戦いに終始し、ともなれば戦う事自体が目的になっている感もあった当時のファンタジー系ゲーム全般よりも、本作は「幻想的な異世界をそぞろ歩く」という事が強調され、爽やかな読後感を与えている。
そして、「クラシックの組曲をモチーフにしている」という事も、大きな特徴の一つ。
モチーフとなったムソルグスキー「展覧会の絵」は、十枚の絵と、いくつかのプロムナード(歩道)で構成されているが、劇中でも主人公はそれらの絵をモチーフとした「十の異世界」へと赴き、それぞれで冒険を行い、発生するイベントを解決、それとともに少しずつ自分の記憶、自分が何者かという真実に迫っていくのだ。
作者は自身もピアノを嗜み、ムソルグスキーを、ひいては「展覧会の絵」を引くとの事だったが、ろくに弾けなかったとあとがきで語っている。そして「(本作は)ピアノをマスターできなかった自分にとっての、ムソルグスキーに対するアプローチである」とも記している。
ファンタジーにおいて、いわゆる「ハイファンタジー」に近い作風の本作は、現在の目で見ても非常に魅力的な内容である。
本書は2002年に創土社より復刊された。ゲーム内容は旧版のままだが、原曲にまつわるコラムが挿入されている。また、イラスト担当は伊藤弥生に変わり、解説を矢野徹が書いている。
2012年10月にはフェイス・ワンダワークスより、iPhone/iPadアプリとしてリリースされ、2013年3月には英語版も公開された。2014年1月からはAndroid用もリリースされたものの、2015年3月末で配信終了した。これらのイラストはリリース情報ではみつきやよい名義ではあるが伊藤弥生のままで、アプリ内でのクレジットタイトルも伊藤弥生である。
2016年3月より「幻想迷宮書店」で配信が開始された。
真の楽師の琴
本作の主人公=あなたは、記憶を失った吟遊詩人である。
その能力は、所持している『真の楽師の琴』により発揮される。
琴には『和解』『魔除け』『戦い』の3つの旋律を奏でる弦が張られ、それぞれの状況において使い分けていく事になる。
そして、これらの弦により歌える歌は『弦の色の歌』と呼称し、使用回数に限度がある。
『和解の旋律』は、金の弦。相手との和解、または意思疎通に用いる。
『魔除けの旋律』は、銀の弦。敵の魔法を封じたり、毒物を中和したりするのに用いる。
『戦いの旋律』は、銅の弦。相手を物理的に倒したり、物体を崩したりするのに使用。
それぞれ、授けられる際に、最初に選び、その選んだ弦の数としてサイコロ二個+6の回数分使えるようになる。その後、他の二つもそれぞれ、サイコロ二個+4の回数分の弦が授けられる。
これら三つの歌は、上記のようにそれぞれ使用目的が決まっている。そのため、どのように用いても必ず役立つとは限らない(例として、魔力の無い相手に『魔除けの旋律』を用いても意味がない)。
琴は、然るべき状況(危機に陥る、何らかの問題が起こるなど)に陥った際、光り出す。そうなったら、上記の三つの旋律のいずれかを弾かねばならない。弾く事で、琴の旋律の魔法が働き、主人公を救ってくれる。
もちろん、光らずとも主人公の意志で、必要があれば普通に楽器として弾く事は可能。
ただし、上記の通りに弾ける回数に限度がある(一曲引くたびに、『弦の色の歌』の数値から一点ずつ引かねばならない)。この回数がゼロになったり、残っていてもその場所で使うべき歌が無かったら、ゲームオーバーになる。
琴自体も、破壊されたら同じくゲームオーバーに。そのため、使いどころを考えて歌わねばならない。
なお場合によっては、魔法の剣や魔法の木の棒など、弦の代用が効くマジックアイテムを入手する事もある。
冒険の目的
主人公は、十枚の油絵の世界をそれぞれ巡り、そこで真実を探る事になる。
それぞれの世界に赴くためには、十枚のタブロー(油絵)を発見する必要がある。
絵には「キエフの門」の印が描かれており、それぞれの絵の世界に入った後、そこで起こっているイベントを解決。そして絵を発見し、次の世界に赴く……というのが、大きな流れ。
また、モチーフの通り、「プロムナード(歩道)」もいくつかに挟まれている。
また、十の絵の世界を巡るにあたり、『バーバ・ヤーガの宝石』も集めねばならない。
それらは、1月から12月までの誕生石であり、それぞれにキエフの門のマークが彫刻されている。これは、最後にクリアするための重要なアイテムとなる。
とはいえ、すべて集めずとも、場合によってはクリアは可能。
やり込み要素として「いかにして宝石を全部発見し、集める事ができるか」という楽しみ方もできる。
10枚の絵
原曲にのっとり、本作は10枚の絵をモチーフにした章で構成されている。また、「プロムナード」と呼ばれる間章の存在も原曲にならったものである。
侏儒 - 地の精
主人公は洞窟の迷路をさまよう。その途中で出会った侏儒の使いの女から「真の楽師の琴」を、そして侏儒その人からは金・銀・銅の3色の弦のうちいずれかを授かる。
古城
とある城の出口のない部屋に迷い込んだ主人公。そこへ風の精が現れ、この地を支配する砂の王を倒してほしいと依頼する。
テュイルリーの庭
噴水のある公園では子供たちが遊んでいる。近くのレンガ色の建物は美術館だ。しかし展示品の中にはキエフの門の印を持つ絵は見当たらない。
ヴィドロ - 牛の群れ
夕暮れの牧場で牛が草を食んでいる。しかし牧童たちはなぜかよそよそしく、まともに相手をしてくれない。どうやら何かを警戒しているようだ。
卵の殻をつけた雛の踊り
主人公は1羽の鳥となる。身も心も鳥そのものであり、琴や絵のことは覚えていない。雛鳥としてすくすくと育った彼は、やがて巣立ちのときを迎える。
サミュエル・ゴールデンベルグとシュミイレ
森の南にある街には、サミュエルという金持ちが住んでいた。弟のシュミイレとは仲たがいして何年も会っていないという。
リモージュの市場
再び訪れた旅の出発点。しかしそこはすでに廃墟と化していた。
地下墓地(カタコウム)
多くの骸骨が葬られた地下の迷路。そして、その設計者もまたここで眠りについていた。
バーバ・ヤーガと鶏の足の上の小屋
あたりは霧に包まれているが、行くべき道は見える。3つの関門を越えた先、「鶏の足の上の小屋」で魔女が待つ。
キエフの大門
旅の終わり。ついに主人公は自分のことを思い出す。そして、ある大切な人との別れのときが……。
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展覧会の絵…モチーフとなった組曲