概要
ここから先は『僕のヒーローアカデミア』429話『私が来た!』のネタバレを含みます
『謎の少年』とは、第425話および第429話に登場した人物である。名前、年齢、個性は不明、わずかな出自が語られるのみでその他の情報は一切明かされない。
しかしその名無しの彼の短い物語は、『僕のヒーローアカデミア』という作品の集大成でもあった。
人物
無造作に伸ばされた長い黒髪と、口元を布切れのようなもので縫い合わされているのが特徴。ボロ切れのような服を纏っている。
見た目からは中学生ほどの少年のように見受けられるが、後述の家庭の事情や本人の語り口からうかがえるように、精神年齢は実年齢よりもさらに幼いと思われる。
個性の詳細は不明。下記のように「突然変異」であり、家系のもつ個性とは明らかに異なるとされる。
指先がAFOの「鋲突」を思わせる形状に変化するシーンが僅かに描かれた。
活躍
この少年の過去は、彼自身の独白によって語られている。
僕の"個性"が「家系のどこにも属さないとつぜんへんい」だと聞いて
パパもママもシスターもおじさんもおばさんも
ばぁばもじぃじも大じぃじも急に優しくなくなった
彼の家は曽祖父や叔父夫妻も同居するほどの裕福な名家だったようだが、彼に家系のどこにも属さない突然変異の個性が発現したと分かると、彼の家族は態度を一変。彼の“個性”どころか存在すらも気味悪がり、地下室に監禁する。
当然彼は嫌がったが、そう言って騒ぐ事すら許さず、彼の口元を縫い合わせてまた監禁した。
何年もの月日が立ったある日、彼の家族は「世界が終わる」と彼に言い、わずかな食糧を残して行方をくらましてしまう。死柄木弔による騒乱を恐れての事だったが、その破壊の余波によって家が半壊。ようやく地下室から脱することができた少年は縫い合わされた口元を切り、外の街を1人放浪する。
久し振りの日の光はとても痛くて恐かった
何がいけなかったのだろう
何でこんなに悲しいのだろう
とにかく僕はずうっと恐くて悲しいのに
なのにどうしてこの人たちは笑っているんだろう
街を彷徨い歩く中で少年が見たのは、復興に励む人々とヒーローの明るい笑顔だった。自分は長年惨い虐待を受けていたのに、なぜみんなは笑っているのか?
何で 僕だけ こんなに!!
その人々も、死柄木のもたらした災禍から懸命に立ち直ろうとしている事など彼が知る由もない。自分一人が世の中全ての不幸を背負っているかのように感じ、憎しみを爆発させて衝動的な殺意が芽生えた彼は、“個性”を発動して社会に牙を剥こうとする。
「ボク!」
しかしそこで、1人の老女が少年の手を取った。彼女はかつて、道端を歩く1人の少年に声をかけたものの、少年の不気味な雰囲気を恐れ、「すぐヒーローが来てくれるからね」と立ち去ってしまった過去があり、彼を見捨てた罪悪感にずっと苛まれ続けていた。
あの子はあの後救われたのだろうか、TVで報道されている死柄木弔というヴィランのようになってしまっていないだろうか。
自分はあの少年を(死柄木弔を)止められなかったのだろうか
目の前にいる少年も、あの時の子と同じような殺気立った目をしている。恐くて体が震えた。
それでも二度と同じ過ちを犯さぬために、同じ後悔をしないために老女は少年に言葉をかける。
「もう大丈夫だからね。『おばあちゃんが来た』からね」
彼女のその言葉は、これまで拒絶され否定されてきた少年を思いやる優しい言葉だった。少年はようやく自分を見てくれる存在に出会い、大粒の涙を溢れさせ、寸前のところで思いとどまったのだった。
余談
先述の通り、彼が受けた虐待は理不尽極まりないものだった。
彼の家庭に関する表現からすると、(おそらく)姉を「シスター」という敬称で呼んでおり、祖父母・曽祖父・叔父夫妻まで同居している大家族で、旧華族のような名家だったのでないかと推測できる。それ故に、何らかの破壊系と思われる彼の個性は、「我が家にはふさわしくない忌むべき代物」だったのであろう。
『個性の特性のみで家族に忌避され』、『実の家族から隔絶した生活を強要させられ』、『社会との繋がりを絶った生活を余儀なくされた彼は』、この理不尽を押し付けた世の中に対して、“破壊”を選択しようとしたのである。
しかしそんな彼を救ったのは、ヒーローではなくたった一人の平凡な女性だった。これが意味するのは、ヒーロー社会の新たなあり方である。
ホークスが唱えていた「ヒーローが暇を持て余す社会」とは、「ヴィランを根絶した社会」ではなく、「常に誰かが誰かに手を差し伸べ、救い出し"ヒーローでないと救えない人間"がいない社会」を意味していた。
死柄木をはじめとしたこれまでのヴィラン達も、元は社会から排斥され拒絶された被害者達だった。そんな彼等に誰かが手を差し伸べられていたら、彼等がヴィランとしての生き方を決める前に救うことができたなら、違う結末が待っていたのかもしれない。この少年とは、「あのとき救うことができたなら」というもしもを描いた、ある意味での「もう1人の死柄木弔」と言える。
また物語序盤から「ヒーローが助けに来てくれる」と受け身の姿勢を取り続けてきた一般市民が、「お節介と言われても自分が手を伸ばそう」と自ら行動したというのは、この作品におけるテーマの総括とも取れるだろう。
そして、最終話にあたる8年後の世界を描いた430話にて、雄英高校の生徒となった出水洸汰の後ろに口元に穴の空いたような傷がある雄英生が描かれている。
この生徒が件の少年という明言はされていないが、もしも彼があの少年ならば、『死柄木弔や他のヴィランたちも誰かが手を差し伸べてくれたなら、ヒーローとして活躍していた未来もあったかもしれない』というかつてのヴィランたちのIFルートがあったことを示しているのかもしれない。
かつて死柄木弔に手を差し伸べられなかった老女も、勇気をだして手を差し伸べた少年がヒーローを目指しているということで少しは救われたのではないだろうか。
前述のように少年は名前も明かされていないキャラだが、読者からは口を縫い合わせていた糸を切った時に使ったハサミが印象的だったためか「ハサミくん」「ハサミの子」と呼ばれることが多い。