概要
君主の称号のひとつであり(英:king、独:König、仏:roi、羅:rex)、特に西洋では国を統治する王をさす。女性の場合は女王(英:queen)と称される。
西洋における国王
一般的には王家の血統を有し、かつローマ皇帝(西ローマ帝国、神聖ローマ帝国)あるいはローマ教皇から国家の支配権を認められた君主の称号とされた。
東洋における国王
中国
古代中国における「(国)王」は当初は中原(黄河中下流域にある平原)を統治する天子の称号であった。
ところが戦国時代に入り、各地の有力な諸侯が相次ぎ王を称したため、紀元前220年に統一を果たした秦の始皇帝は王を上回る称号として「皇帝」号を新たに設け、「王」は皇帝から皇族および貴族などの有力者、あるいは中国の政権に朝貢する他国の君主に与えられる称号に変わった。
日本
日本の君主は5世紀頃までは中国の皇帝から国王号を受けており(「倭の五王」など)さらには大王(おおきみ)の称号を用いていたものの、7世紀以降の支配者は対内的には独自に「天皇」号を名乗った。
ただし皇族の名称として王という称号は使用され、また対外的には天皇も王を名乗っていたと思われ、天皇とは別に皇帝から冊封を受け国王の称号を与えられた人物(例としては後醍醐天皇の皇子懐良親王、足利義満など)も存在する。
琉球(沖縄)の君主は明治時代に日本に併合されるまでは琉球国王である。ただし、事実上、中国及び薩摩藩の支配下にあったとされる。大韓帝国併合後、朝鮮半島独立まで旧韓国皇室(朝鮮王室)の当主は「王(李王)」を身位・称号としていた。また大韓民国の公式外では天皇を日本国王(日王)と呼ぶことがある(歴代の朝鮮王と日本の天皇の立場を対等にするため)。
上述の通り、東洋的には「王」というのは皇帝から任命される地位でもあった。それゆえ明治に入って世界各国との外交が始まると、当初は他国の皇帝と他国の王とで儀礼の重さを変えていた。しかし一部の君主のみを差別待遇しているとの批判を受け、一時は全ての独立国の君主を皇帝と呼ぶようになった。その後、日本以外の皇帝(に相当する地位)が存在しなくなり、他国の君主を「王」と呼ぶように戻った。もちろん現代では、称号によって外交上の儀礼を差別するようなことは行っていない。英国「王」の王位継承者を「皇太子」と訳すのは、このような経緯の名残である。