中東にあるアラビア半島の大部分を占める国家。首都はリヤド。世界の代表的な産油国の一つであり、サウード家がイスラム教と絶対王制に基づき支配する、現代ではまれな専制政治を採用する国家の一つである。イスラム教の聖地であるメッカ、メディナがある。
サウジアラビアの政治と社会
- サウジアラビアの国名が意味するところは、「サウジ=サウード家」の「アラビア」である。つまりサウード家による絶対王政であり、国政選挙が存在しない、現在では稀な国の一つである。三権分立も近代的な憲法もなく、コーランに基づくイスラム法(シャリーア)により統治が行われており、およそ近代国家とは言えないような体制である。宗教警察が日々目を光らせており、戒律に反することがらへの弾圧は厳しく、たとえば酒が存在しない。どれくらい徹底しているかというと、闇市場が存在しないくらい。
- このほかギャンブル、ポルノ、「偶像崇拝」とみなされる物品の所有・収集、魔術・オカルト、イスラム教(特に国教であるワッハーブ派)やその開祖ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフへの批判が禁じられている。また王家への批判も厳禁。
- 一部クルマ好きの間ではとてつもなくぶっ飛んだ、しかも日本のそれとは全くスタイルが異なるドリフト(いわゆる「サウジドリフト」)が行われる地としてその名が知れ渡っている。
- サウジアラビアはクルアーンとハディース、スンナ(ムハンマドの言行録と慣行)を憲法とする。イスラム教をベースに統治が行われているのだが、イスラム教の極めて保守的解釈から女性の地位があまりに低い。一切肌を露出してはいけない。イスラム教は主に「スンニ派」「シーア派」の2つがあるが、サウジではスンニ派を国教としており、それ以外の宗教の信仰は極めて制限される。例えば他宗教の聖典や宗教用具を持ち込むことができない。同じアブラハムの宗教の聖典である聖書でさえもである。
- 公開処刑がいまだに行われているのも特徴。イスラム教の教えに合わないことをした者を殺すというとんでもない理由で面目を保つ「名誉殺人」もまかり通っている(「名誉殺人」はイスラム教でも禁じられているため、部族や家系の面子を守るため、という側面が強いが)。周囲の国々からは非難の声を上げようとする者はいるが、世界最大の産油国ゆえに石油の輸出を止められてしまうことを恐れ、表立った非難にはなっていないことが多い。軍事大国アメリカと親しいことも無関係とは言い切れない。処刑場も場所を転々としながら運営されている。
- 日本からの直行便はなく、観光目的では団体ツアー以外はお断り。上記から想像できるように、渡航危険区域にも指定されており、そもそも観光客を受け入れないスタンスらしい。なお、イスラム教の聖地メッカがあるため、イスラム教徒=ムスリムは巡礼目的での入国が許されている。たびたびムスリムでない者が変装してメッカに忍び込んでは、逮捕されて処刑あるいは厳罰に処されているとのこと。
- 裁判はアラビア語で進められ、被告がアラビア語を理解しなくても関係ない。そのため、うかつにイスラム教の戒律に触れてしまうと拷問で極刑に処される可能性もある。
- 国旗に書かれている文字は、イスラム教に入信するときに唱える必要のある一文で、「アラーのほかに神はなし。ムハンマドはアラーの使徒なり」を意味している。つまり国旗そのものがイスラム教と密接につながったものであり、半旗にすること・縦向きで掲示することが禁じられている。
- 上記の理由で他国の常識では考えられない理由での処罰、国外追放などを行うことが度々ある。2013年にはアラブ首長国連邦から来ていた3人の外国人男性を「イケメンすぎて女性達を惑わす」との理由で国外退去処分にして話題を呼んだ。このうち1人はイラク人のモデル兼カメラマンのオマール・ボルカン・アルガラであり、この騒動が縁で日本のイベントに呼ばれたりもしている。
- サウジドリフトと呼ばれる一部の王族の交通マナーの悪さが指摘されている。怖い怖い、車怖い。最悪のドライバーが多い民族トップ10の9位にランクインされるなど無謀な運転が多い。
ワッハーブ派
サウジアラビアはイスラム教のスンナ派に属しているが、スンナ派でも最も過激なワッハーブ派を国教としている。
スンニ派のハンバル学派に位置する宗派として紹介されることが多いが、全てにおいて同じというわけではない。スンニ派の代表的な他の法学派とも教義解釈が異なっている。
オスマン帝国統治時代のイスラム改革運動に由来し、思想的リーダーはムハンマド・イブン・アブド・アルワッハーブという人物でワッハーブ派という名称はここからきている。
彼はスーフィー実践者イブン・タイミーヤの影響を受けつつも、スーフィーを否定するに至った。
ワッハーブは四学派の一つ「ハンバル派」のムスリム出身であり、彼自身もそう考えていたが、
彼の弟スライマン・イブン・アブド・アル=ワッハーブをはじめとするイスラム学者たちはこれを否定した。現代でもワッハーブ派を否定するスンニ派ムスリムがいる。
ワッハーブはサウード家(現在のサウジ王家)という支援者を得、ワッハーブの教義解釈に帰依したサウード家は彼らとワッハーブ派に従わない他のムスリムを攻め、勢力を拡大した。
その渦中で他のイスラム諸国には一般的な聖者廟などの聖地をも偶像崇拝の産物として破壊し、ワッハーブの考える「本来のイスラーム」を実現しようとした。
尚、サウジアラビアはISIL支援国家の1つでISILにもワッハーブ派の影響があるのではないかと指摘されている。
因みにISILはサウジアラビアの国教と同じくスンナ派である。