概要
かつてJR東日本が上越新幹線で新潟駅まで運行される列車に付与されていた愛称。1997年以前は速達列車用として、それ以降は新潟駅まで行く全ての列車に使用されていた。
列車名の由来は新潟県と山形県の県境にある山・朝日岳から取られた。また、同時に設定された在来線特急「かがやき」と合わせて『朝日の輝き』が由来とも言われている。
なお、1962年から1982年までは在来線で「あさひ」が運行されており、こちらは新幹線開業と同時に「べにばな」に改称されている。
上越新幹線「あさひ」
1982年の上越新幹線開業と同時に誕生し、速達型として設定された。公募18位だった。1位の「とき」は新幹線開業とともに廃止された上野⇔新潟間の特急電車名であったが、既に絶滅寸前の鳥だったため速達型には使いづらく、2位以降(「雪国」など)は反対意見が出てきたため中々決まらず、最終的に時間切れとなって「あさひ」となった。「とき」は各駅停車型として使用されることになった。
その後E1系が誕生し、E1系で運転される「あさひ」は「Maxあさひ」となった。
開業からしばらくは特に変化はなかったが、1997年にJR東日本が管内新幹線の愛称をそれまでの停車駅別から運転区間別に整理した。その際に新潟駅に行く列車は各駅タイプ速達タイプ問わず「あさひ」となった。一方、各駅タイプとして運転されてきた「とき」は「あさひ」と「たにがわ」に統合されて一度消滅した。
北陸新幹線「あさま」の誤乗車多発と終焉
1998年12月8日からは速達あさひ2往復にE2系を投入。当初はJ編成8両編成、またはN編成8両編成による運用だった。案内上ではニューあさひやあさま型車両と呼称された。
「あさひ」は「とき」の消滅と同時に誕生した長野新幹線(現:北陸新幹線)「あさま」と一文字違いで紛らわしく誤乗車が多発し、高崎駅を過ぎたところで誤乗車に気付くなどのケースも多かった(高崎駅を通過する速達「あさひ」に使われていた車両の多くが「あさま」でも使われているE2系だったことも誤乗車が多発した原因の1つとなっている)。また、「とき」の復活を求める声は新潟県を中心に強く、新潟県の関係機関からも「とき」に変更するよう要請が行われた。
このような経緯から2002年に「あさひ」が「とき」に改称され、「あさひ」は消滅。「とき」が復活した。同時にE2系もJ編成10両固定へ変更され、使用車両も差別化された。
余談
1990年に200系F90番台を使用した一部の「あさひ」による275km/h運転を開始した。これは世界最速をTGVに奪われた事と日本最速を山陽新幹線に奪われかけたため、大清水トンネルの下り勾配を利用して無理やり275km/h運転をして、世界最速を取り戻すために行ったのである。しかし1993年にTGVが、1997年には山陽新幹線(500系)が300km/h運転を開始したことで存在意義が薄れたため1999年に中止となり、以降は240km/hとなっていた。
時は流れ2023年。旧型車両が撤退しE7系に統一された上越新幹線は全線で最高速度を240km/hから275km/hに引き上げられた。今度は勾配等の利用はなく、車両性能のみで高速化されたため、これこそ真の275km/h運転と言えるだろう。