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シビエスの編集履歴

2023-11-29 11:11:31 バージョン

シビエス

しびえす

ミスターシービー(ウマ娘)とカツラギエース(ウマ娘)のコンビ・カップリングタグ。

概要

ウマ娘プリティーダービー』のミスターシービーカツラギエースのコンビ・カップリングタグ。


関係性


リリース2周年に合わせてミスターシービーが育成実装されると同時にカツラギエースも登場を果たした。2周年エピソードやシービーの育成シナリオでは随所でエースが奔放なシービーに振り回されたりしながらも友人兼ライバルとして良好な関係を築いている様子がうかがえる。

「シービーを育成していたらシビエス沼にハマった」との証言も上がっているとか。


なおそれより前、2022年5月実装のシービーのSSRサポートカード「Dear Mr. C.B.」のエピソードは皐月賞で出走したとあるウマ娘のモノローグとなっているが、このウマ娘がカツラギエースであると見る向きも(なお同レースではエースは苦手な不良馬場に苦しみ11着に終わっている)。


史実

3歳(当時4歳)ミスターシービー3勝1敗カツラギエース1勝3敗

4歳(当時5歳)ミスターシービー1勝3敗カツラギエース3勝1敗

8回対戦し、4勝4敗の五分の成績


史実で対戦したレース 同期(83世代)

レース名ミスターシービーカツラギエース他の1着馬
1983皐月賞1着11着不良馬場
1983東京優駿1着6着
1983京都新聞杯4着1着
1983菊花賞1着20着
1984毎日王冠2着1着
1984天皇賞1着5着
1984ジャパンカップ10着1着
1984有馬記念3着2着シンボリルドルフ

クラシック戦線では19年ぶりの三冠を達成したシービーに対しエースはなかなか勝ちきれないレースが続いた。特に「前哨戦で勝って本番で負ける」例が続いていたが(83年京都新聞杯菊花賞、84年毎日王冠天皇賞(秋))、84年ジャパンカップでそのシービーと後輩の無敗三冠馬シンボリルドルフをまとめて完封、初の日本馬による同レース勝利の栄誉を勝ち取った。


引退後


2000年7月に死去したエースの墓碑銘にはファンの手により


「あの"ジャパンカップ"を想い出します

"ジャパンカップ"の感動を!!

もう一度、君とミスターシービーの対決を!!」


カツラギエース育成エンディングの元ネタはこれ


と刻まれている。

同年12月には後を追う様にシービーも死去した。


逃げのカツラギエースが先に引退、死去し、追い込みのミスターシービーが後で引退、死去、脚質までも同じ。

不思議な事あるんですね。


引退から38年、没後22年余りにして姿は違えど「もう一度の対決」の舞台が戻ってきたことになる。


余談

ミスターシービーとカツラギエースの父系辿ると同じ

プリンスリーギフト系に当たる。


関連イラスト

【ウマ娘】朝ラーを無事に食べられたシビエス射的

シビエス【ウマ娘】「脚、見せてみろ」(シビエス)

関連タグ

ウマ娘のコンビ・カップリング・グループタグ一覧 ミスターシービー(ウマ娘) カツラギエース(ウマ娘)

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