データ
概要
中山競馬場芝2000mで行われる重賞(GⅠ)競走。牡馬三冠の一冠目。
英国のクラシック競走「2000ギニーステークス」を手本として、1939年に「横濱農林省賞典4歳呼馬」の名称で創設された。
当初は横浜競馬場(現在は廃止)で開催され、横浜競馬場が閉鎖された1943年からは東京競馬場に変更。
1949年に中山競馬場での開催となり「皐月賞」に改称。
翌年に距離が芝2,000mとなり、現在に至る。
なお現在の例年4月中旬開催に対して旧暦の5月を意味する皐月という名称であるのは、創設からしばらく4月末から5月上旬の時期に開催されていた名残である。
東京優駿(日本ダービー)、菊花賞と共に牡馬クラシック三冠を構成する。
本競走はその一冠目に位置付けられており、満3歳のシーズンを迎える有力馬の多くが出走を目指す。
同三冠競走の中で距離が一番短いため「(当日で)もっとも速い馬が勝つ」とも言われており、競走で5着以内に入着した馬には日本ダービーへの優先出走権が与えられる。
また、指定交流競走であるため、地方所属馬も所定の条件を満たせば出走可能である。
レースの傾向
レースの傾向としては本競走の次に日本ダービーではなくNHKマイルカップに向かうマイラータイプの先行馬がハイペースで飛ばすことが多く、しばしば人気薄の差し馬が激走して波乱の決着となる。
一方で中山競馬場は直線が短くフルゲートが18頭のため、人気の差し馬が馬群を捌ききれずに敗れるケースも多発しており、一概に差し馬有利というわけでもない。
またこの時期の中山競馬場は前年の9月から短いスパンで冬場に開催されるため馬場が荒れやすいとされており、2012年度のように荒れた馬場を苦にしないパワーが求められる場合もある。
ちなみに中山競馬場で開催されるGⅠとして、ホープフルステークスのGⅠ昇格までの間、唯一フルゲート18頭で出走可能な競走であった。
代替開催
本競走は原則中山競馬場で開催されるが、諸事情によって東京競馬場で開催された例が何度か存在する。
代替開催の皐月賞を勝利した馬は、なぜか例外なくその後も大レースを勝利している。
回 | 年 | 勝ち馬 | 代替理由 | 備考 |
---|---|---|---|---|
第16回 | 1956年 | ヘキラク | 改修工事 | 後に安田記念・クモハタ記念を勝利 |
第23回 | 1963年 | メイズイ | ストライキ | 後に日本ダービーを制し二冠達成 |
第24回 | 1964年 | シンザン | 改修工事 | 後に東京優駿・菊花賞を制し史上2頭目の三冠馬となる |
第34回 | 1974年 | キタノカチドキ | ストライキ | 後に菊花賞を制し二冠達成 |
第36回 | 1976年 | トウショウボーイ | ストライキ | 有馬記念と宝塚記念を制し、「天馬」と称される活躍を見せた |
第48回 | 1988年 | ヤエノムテキ | 改修工事 | 後に天皇賞(秋)を制した |
第71回 | 2011年 | オルフェーヴル | 東日本大震災及び原発事故 | 後に史上7頭目のクラシック三冠馬となる |
主な前哨戦
トライアル競走
・弥生賞ディープインパクト記念(GⅡ/中山競馬場芝2,000m/3着以内優先出走権付与)
トライアルの中でも、本競走と同条件で開催されるレースのため有力馬が集まりやすい。
・スプリングステークス(GⅡ/中山競馬場芝1,800m/3着以内優先出走権付与)
弥生賞と比べ距離が短縮されているが、こちらも有力馬が集まる。
・若葉ステークス(L/阪神競馬場芝2,000m/2着以内優先出走権付与)
開催地以外の条件は本競走と同一。皐月賞トライアルの中で唯一リスデット競走で関西圏で開催されるが、有力馬は上記の重賞を狙うためこちらにやってくる有力馬は少ない。
その他
また、優先出走権は付与されないが、以下のレースも前哨戦として用いることもある。
・ジュニアカップ(L/中山競馬場芝1,600m)
かつては3年連続で勝ち馬が本競走を制したこともあり、歴代の勝ち馬には本競走以外のG1馬も名を連ねる隠れた出世レースともされる。
皐月賞と全く同条件でのレースであるが、開催時期が早いため朝日杯フューチュリティステークスまたはホープフルステークスに出走した有力馬がここに出てくる事は少ない。
かつては開催時期の関係から京成杯に近い扱いを受けていたが、オルフェーヴルが出走(2着)した2011年以降出世レースと目されるようになり、マイラータイプの馬がここを経由することが多い。
・若駒ステークス(L/京都競馬場芝内回り2,000m)
ディープインパクトの2戦目となって以来出世レースとして知られる一戦。2005年以降、このレースを経由して上記のトライアル競走を制した馬がこのレース以後のクラシックで中心的存在になりやすい。
・きさらぎ賞(GⅢ/京都競馬場芝外回り1800m)
栗東トレーニングセンター所属の有力馬が、関東圏での連戦を避けるために出走させるケースが多い。
・共同通信杯(GⅢ/東京競馬場芝1,800m)
後の日本ダービーに向けて東京競馬場での経験を積ませるために出走するケースもある模様。
・すみれステークス(L/阪神競馬場芝内回り2,200m)
開催時点で3歳馬の出走できるオープン以上の競走で最も距離が長く、好走例は少ないが長距離に適性のある馬がここからクラシック戦線に名乗りを上げるケースも多い。
・毎日杯(GⅢ/阪神競馬場芝外回り1,800m)
皐月賞の前哨戦としては最も遅く開催されるため一部から「東上最終便」とも言われるレースであるが、時期的な関係で日本ダービーやNHKマイルカップに向かう馬もいる。
歴代優勝馬
馬の太字は最優秀3歳牡馬(2000年までは最優秀4歳牡馬)、騎手の太字は騎手・調教師顕彰者、年の太字は原則中山固定となる1949年以後に東京競馬場で施行。
☆は三冠達成。
★は二冠達成(「優」は日本ダービー、「菊」は菊花賞、優牝はオークスとの二冠を表す。)
回数 | 施行年 | 馬名 | 冠 | 騎手 | 備考 |
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昭和時代 | 創設。横浜競馬場1850mで施行 | ||||
第1回 | 1939年 | ロツクパーク | 稲葉幸夫 | 初代王者。東京優駿は故障のため出走せず。 | |
第2回 | 1940年 | ウアルドマイン | 野平省三 | ||
第3回 | 1941年 | セントライト | ☆ | 小西喜蔵 | 初の牡馬三冠馬、2戦目での勝利、顕彰馬 |
第4回 | 1942年 | アルバイト | 小西喜蔵 | 前年の覇者セントライトの半弟。のちに栗林友二に馬主が変わりクリヒカリと改名。横浜競馬場最後の皐月賞馬。鞍上の小西は史上初の騎手として連覇。 | |
東京競馬場1800mに施行場を変更。 | |||||
第5回 | 1943年 | ダイヱレク | 中村広 | 横浜競馬場閉鎖に伴い、東京競馬場で施行。 | |
第6回 | 1944年 | クリヤマト | 境勝太郎 | この年を最後に戦争激化で2年間中止となる。 | |
距離を2000mに変更。 | |||||
第7回 | 1947年 | トキツカゼ | ★優牝 | 佐藤嘉秋 | 初の牝馬制覇、変則二冠、顕彰馬 |
第8回 | 1948年 | ヒデヒカリ | 蛯名武五郎 | 現在まで最後の牝馬制覇。 | |
この年以後原則中山競馬場2000mに施行場を変更。 | |||||
第9回 | 1949年 | トサミドリ | ★菊 | 浅野武志 | この年のみ1950mで施行。第3回優勝セントライト半弟、第4回優勝アルバイト全弟。顕彰馬 |
第10回 | 1950年 | クモノハナ | ★優 | 橋本輝雄 | |
第11回 | 1951年 | トキノミノル | ★優 | 岩下密政 | 幻の馬。無敗で皐月賞制覇。顕彰馬 |
第12回 | 1952年 | クリノハナ | ★優 | 八木沢勝美 | |
第13回 | 1953年 | ボストニアン | ★優 | 蛯名武五郎 | 関西馬初勝利。 |
最優秀4歳牡馬設置 | |||||
第14回 | 1954年 | ダイナナホウシユウ | ★菊 | 上田三千夫 | 褐色の弾丸と称された。 |
第15回 | 1955年 | ケゴン | 野平好男 | 3歳王者メイヂヒカリは故障のため回避。作家・吉川英治所有馬。 | |
第16回 | 1956年 | ヘキラク | 蛯名武五郎 | 中山競馬場改修工事のため東京競馬場で施行。 | |
第17回 | 1957年 | カズヨシ | 山本勲 | ||
第18回 | 1958年 | タイセイホープ | 渡辺正人 | ||
第19回 | 1959年 | ウイルデイール | 渡辺正人 | 鞍上の渡辺は史上2人目の皐月賞連覇。同年年度代表馬。 | |
第20回 | 1960年 | コダマ | ★優 | 渡辺正人 | 「ナタの切れ味」と呼ばれた三冠馬シンザンと対比させ「カミソリの切れ味」と評された。ダービーまで無敗。同年年度代表馬。顕彰馬。また、鞍上の渡辺は史上唯一の皐月賞3連覇。 |
第21回 | 1961年 | シンツバメ | 野平好男 | ||
第22回 | 1962年 | ヤマノオー | 古山良司 | ||
第23回 | 1963年 | メイズイ | ★優 | 森安重勝 | ストライキのため東京競馬場で施行。 |
第24回 | 1964年 | シンザン | ☆ | 栗田勝 | 中山競馬場改修工事のため東京競馬場で施行。2頭目の牡馬三冠馬。顕彰馬 |
第25回 | 1965年 | チトセオー | 湯浅三郎 | ||
第26回 | 1966年 | ニホンピローエース | 田所稔 | ||
第27回 | 1967年 | リユウズキ | 郷原洋行 | 鞍上の郷原は当時23歳で最年少の皐月賞優勝騎手。 | |
第28回 | 1968年 | マーチス | 保田隆芳 | 3歳王者タケシバオーを破る。鞍上の保田は史上初の八大競走完全制覇を達成。また当時最年長(48歳)の皐月賞優勝騎手となる。 | |
第29回 | 1969年 | ワイルドモア | 森安重勝 | ||
第30回 | 1970年 | タニノムーティエ | ★優 | 安田伊佐夫 | アローエクスプレスとの対決。 |
第31回 | 1971年 | ヒカルイマイ | ★優 | 田島良保 | |
第32回 | 1972年 | ランドプリンス | 川端義雄 | 関西最強世代の一角。この年は馬インフルエンザ大流行のため5月28日に施行。 | |
第33回 | 1973年 | ハイセイコー | 増沢末夫 | 地方・大井競馬出身。顕彰馬。タケホープは未出走。 | |
第34回 | 1974年 | キタノカチドキ | ★菊 | 武邦彦 | この年は厩務員ストライキのため5月3日に施行。 |
第35回 | 1975年 | カブラヤオー | ★優 | 菅原泰夫 | 逃げ切り勝ち。 |
第36回 | 1976年 | トウショウボーイ | 池上昌弘 | 2着テンポイント。この年は厩務員ストライキのため1週間遅れで施行。顕彰馬 | |
第37回 | 1977年 | ハードバージ | 福永洋一 | 毎日杯の勝ち馬による初の優勝。 | |
第38回 | 1978年 | ファンタスト | 柴田政人 | 柴田政人八大競走初勝利。 | |
第39回 | 1979年 | ビンゴガルー | 小島太 | ||
第40回 | 1980年 | ハワイアンイメージ | 増沢末夫 | 不良馬場での勝利。「重戦車」の異名を持つ。 | |
第41回 | 1981年 | カツトップエース | ★優 | 大崎昭一 | 2着すべてサンエイソロン |
第42回 | 1982年 | アズマハンター | 中島啓之 | 9戦目での制覇。最後の勝利となる。 | |
第43回 | 1983年 | ミスターシービー | ☆ | 吉永正人 | 第36回優勝馬トウショウボーイ産駒、3頭目の牡馬三冠馬。顕彰馬 |
第44回 | 1984年 | シンボリルドルフ | ☆ | 岡部幸雄 | のちに4頭目かつ史上初の無敗の牡馬三冠馬。顕彰馬 |
第45回 | 1985年 | ミホシンザン | ★菊 | 柴田政人 | 第24回優勝馬シンザン産駒。ダービーは骨折で出走回避。 |
第46回 | 1986年 | ダイナコスモス | 岡部幸雄 | 皐月賞が初重賞の制覇。 | |
第47回 | 1987年 | サクラスターオー | ★菊 | 東信二 | このレース後に故障するが、次走はぶっつけの菊花賞で快勝する。 |
第48回 | 1988年 | ヤエノムテキ | 西浦勝一 | 中山競馬場改修工事で東京で施行。3歳王者サッカーボーイは捻挫、オグリキャップはクラシック未登録のため出走せず。 | |
平成時代 | |||||
第49回 | 1989年 | ドクタースパート | 的場均 | 3歳王者サクラホクトオーは不良馬場と最内枠のため最下位負け。 | |
第50回 | 1990年 | ハクタイセイ | 南井克巳 | 第33回勝ち馬ハイセイコー産駒。 | |
第51回 | 1991年 | トウカイテイオー | ★優 | 安田隆行 | 第44回勝ち馬シンボリルドルフ産駒。無敗二冠馬。顕彰馬 |
第52回 | 1992年 | ミホノブルボン | ★優 | 小島貞博 | トウカイテイオーに続き2年連続の無敗二冠馬 |
第53回 | 1993年 | ナリタタイシン | 武豊 | 武豊騎手皐月賞初制覇、2着ビワハヤヒデ | |
第54回 | 1994年 | ナリタブライアン | ☆ | 南井克巳 | 5頭目かつシャドーロールの牡馬三冠馬。大内1番からの勝利。顕彰馬 |
第55回 | 1995年 | ジェニュイン | 岡部幸雄 | サンデーサイレンス初年度産駒。 | |
第56回 | 1996年 | イシノサンデー | 四位洋文 | 3歳王者バブルガムフェローは骨折、トライアル勝者ダンスインザダークは熱発で回避。 | |
第57回 | 1997年 | サニーブライアン | ★優 | 大西直宏 | 11番人気での制覇。 |
第58回 | 1998年 | セイウンスカイ | ★菊 | 横山典弘 | |
第59回 | 1999年 | テイエムオペラオー | 和田竜二 | 皐月賞最年少勝利記録(21歳9ヶ月27日)。クラシック追加登録馬による初の優勝。顕彰馬。 | |
第60回 | 2000年 | エアシャカール | ★菊 | 武豊 | |
馬齢改正・最優秀3歳牡馬に変更 | |||||
第61回 | 2001年 | アグネスタキオン | 河内洋 | これがラストランとなってしまう。 | |
第62回 | 2002年 | ノーリーズン | B.ドイル | 外国人騎手初制覇、単勝15番人気の万馬券制覇 | |
第63回 | 2003年 | ネオユニヴァース | ★優 | M.デムーロ | 鞍上のデムーロは当時短期免許で三冠戦を騎乗。 |
第64回 | 2004年 | ダイワメジャー | M.デムーロ | 鞍上のデムーロは史上3人目の皐月賞連覇。 | |
第65回 | 2005年 | ディープインパクト | ☆ | 武豊 | 6頭目かつ平成初の無敗の牡馬三冠馬。顕彰馬 |
第66回 | 2006年 | メイショウサムソン | ★優 | 石橋守 | 鞍上の石橋は初のJRAGⅠ勝利。 |
第67回 | 2007年 | ヴィクトリー | 田中勝春 | 鞍上の田中勝春は15年ぶりのGⅠ勝利。 | |
第68回 | 2008年 | キャプテントゥーレ | 川田将雅 | 川田将雅GI初制覇。 | |
第69回 | 2009年 | アンライバルド | 岩田康誠 | 最後の勝利。 | |
第70回 | 2010年 | ヴィクトワールピサ | 岩田康誠 | 同年有馬記念勝利。翌年にドバイWCを日本馬で初制覇。鞍上の岩田は3人目の騎手連覇。 | |
第71回 | 2011年 | オルフェーヴル | ☆ | 池添謙一 | 東日本大震災の影響で東京競馬場で施行。7頭目の牡馬三冠馬。顕彰馬 |
第72回 | 2012年 | ゴールドシップ | ★菊 | 内田博幸 | 同年有馬記念制覇するも、年度代表馬はジェンティルドンナが選ばれた。 |
第73回 | 2013年 | ロゴタイプ | M.デムーロ | 朝日杯勝ち馬。デムーロ3度目の制覇。 | |
第74回 | 2014年 | イスラボニータ | 蛯名正義 | フジキセキ産駒初のクラシック制覇 | |
第75回 | 2015年 | ドゥラメンテ | ★優 | M.デムーロ | 鞍上のデムーロは皐月賞最多勝利騎手となる。 |
第76回 | 2016年 | ディーマジェスティ | 蛯名正義 | 第65回優勝ディープインパクト産駒 | |
第77回 | 2017年 | アルアイン | 松山弘平 | 松山弘平GI初制覇。3連単100万円超の大波乱 | |
第78回 | 2018年 | エポカドーロ | 戸崎圭太 | 第71回優勝オルフェーヴル産駒。 | |
第79回 | 2019年 | サートゥルナーリア | C.ルメール | ホープフルSから連勝、皐月賞まで無敗。 | |
令和時代 | |||||
第80回 | 2020年 | コントレイル | ☆ | 福永祐一 | 新型コロナウイルスの感染拡大により無観客での開催。第65回優勝ディープインパクト産駒。8頭目かつ史上初の父子での無敗の牡馬三冠馬。顕彰馬 |
第81回 | 2021年 | エフフォーリア | 横山武史 | 皐月賞まで無敗、同年有馬記念勝利。 | |
第82回 | 2022年 | ジオグリフ | 福永祐一 | ドレフォン産駒GI初制覇、福永祐一最後のGⅠ勝利。 | |
第83回 | 2023年 | ソールオリエンス | 横山武史 | 皐月賞まで無敗。京成杯勝ち馬による初の優勝。戦後の最少キャリア勝利記録(3戦目) | |
第84回 | 2024年 | ジャスティンミラノ | 戸崎圭太 | 皐月賞まで無敗。最少キャリア勝利記録タイ(3戦目)。レコードタイム1:57.1 | |
第85回 | 2025年 |
関連項目
3歳クラシック三冠レース
3歳牝馬三冠レース