ゴールドシップ
ごーるどしっぷ
ヒーロー列伝No.74
「黄金の航路」
見るものの想像を遥かに超える仕掛けと
それを可能にする剛脚で
誰よりも先にゴールを駆け抜ける。
圧巻のロングスパートで、次々とライバル達を抜き去る
ゴールドシップの辿った道筋は、まさに黄金に輝く航路。
それは、ただひたすらに勝利へ向かっている。
名馬の肖像2017年天皇賞(春)
【栄光への航海】
轟音をあげるスクリューが
荒々しいまでの推進力を生み
常識に囚われない操舵が
奔放な航跡を描いていく。
海図もコンパスも無用だ。
潮の流れに逆らい
波濤を押さえ込んで
ただ本能のまま
黄金の船は進む。
ゴールという港を目指して。
誰かが言った。
シンボリルドルフは競馬にも「絶対」があるのだと教えてくれた。
ゴールドシップは競馬が「絶対のない“ギャンブル”」であるのだと教えてくれた。
生年月日 | 2009年3月6日 |
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英字表記 | Gold Ship |
性別 | 牡 |
毛色 | 芦毛 |
父 | ステイゴールド |
母 | ポイントフラッグ |
母の父 | メジロマックイーン |
生産 | 出口牧場(北海道沙流郡日高町) |
馬主 | 合同会社小林英一ホールディングス |
管理調教師 | 須貝尚介(栗東) |
主戦騎手 | 内田博幸、横山典弘、岩田康誠※ |
調教助手 | 北村浩平 |
厩務員 | 今浪隆利 |
競走成績 | 28戦13勝(JRA27戦13勝+海外1戦0勝) |
獲得賞金 | 13億9776万7000円 |
※現役を通じて7名の騎手が騎乗したが、引退式に呼ばれたのはこの3名である。
強豪犇めく12世代を代表する芦毛の牡馬。主に記憶として(記録はジェンティルドンナに取られた)
威風堂々とした芦毛の大きな馬格、後方から無尽蔵のスタミナに任せて一気に捲っていくスタイルを得意とした豪快なレースぶり、そしてそんな能力の高さを帳消しにするヤンキーぶり・ネタ馬ぶりから愛された競走馬である。
血統としては父ステイゴールド・母父メジロマックイーンのいわゆるステマ配合の一頭。この配合は当時相性の良い配合とされ、2009年に春秋グランプリを制覇したドリームジャーニーやその全弟にして2011年のクラシック三冠馬オルフェーヴルなどが有名であるが、ゴールドシップは先述の2頭とは異なりノーザンテーストのクロスを持たず、また後述するように偶然にもこうした配合となった。
一方で母系を辿ると宮内庁下総御料牧場の輸入牝馬の一頭「星旗」に辿り着くという、日本における昔ながらの血統の持ち主。ゴールドシップのステマ配合が偶然の産物なのに対し、実はこの母系はゴールドシップの誕生、そして彼を取り巻く人々の出会いにおいて、極めて重要な役割を果たしている(後述)。
母父譲りの芦毛はグレイソヴリンを介さないザテトラーク由来と、こちらも古き血統を見せている。
ちなみにポイントフラッグの出産予定日は2009年の2月19日で産まれるまで半月も遅れている。つまり産まれる前からゲート難だったのだ。
2011年デビュー。
2012年に皐月賞・菊花賞のクラシック二冠と有馬記念を制し、JRA賞最優秀3歳牡馬を受賞。
2013、14年にはそれぞれ宝塚記念を優勝し、史上初の宝塚記念2連覇を成し遂げた。
2015年、天皇賞(春)の優勝を以てGIを6勝し、4年連続GI制覇(史上6頭目)も達成。GⅡ阪神大賞典では同一重賞3連覇(史上5頭目)、皐月賞・菊花賞の二冠馬として26年ぶりの古馬GI制覇などもあった。同年末の有馬記念を最後にレースから引退。
芦毛馬のGⅠ勝利数・獲得賞金は2022年現在も歴代1位である。
2016年シーズンから種牡馬となった。
母ポイントフラッグは大柄だったこともあり、その産駒は大柄ゆえの脚の弱さを抱えていた。そのため小柄なステイゴールドと配合することで、子供のサイズを抑えて脚部不安を解消させることのみを目指した配合だったのだが、結果として生まれたのはその想定から随分と外れた大型馬であった(競走馬の平均が470~80kgに対して彼は515kg程度と重い)。とはいえ父譲りの頑丈さを受け継いだのか、現役中は大きな怪我も無く健康体のままで引退を迎える事が出来たため、結果的には目論見通りの配合となった。なお、出口牧場がこの配合を考えた際には既に黄金配合(もしくはステマ配合)のドリームジャーニーが活躍していたが、牧場側はこれを特に意識せず、ポイントフラッグ産駒の小型化のみを目的としていたという。
ちなみに、しばしば気性の中和を図ったと語られることがあるが前述のとおり体格のみを目指した配合である(生産牧場の社長も「(周囲から言われて)そう言えばジャーニーと同じ配合だなあと後々思った」と語っている)。そもそも当時結果を出しているステマ配合の代表がドリームジャーニーなので……(お察し下さい)。
まず尻尾に「蹴癖注意」の赤いリボン(芦毛なので余計目立つ)が付けられている通り、気に入らない相手なら人間でも馬でも蹴りかかるのは日常茶飯事。気分が乗らない時は騎手が押しても引いても動かず、興奮して騎手を振り落とす事もあれば、落ち着いていたかと思うとちょっとしたことで機嫌を悪くしてしまう。一方で実はとても繊細な馬であり、素行の悪さもそれ故だと言う見解もある。
評価・強み
先述の通り、競走馬としての最大の武器は母父マックイーンから受け継いだ無類のスタミナであった。
また、奇行や気性難ばかり注目されるがその賢さはレース中にも発揮されており、騎手の言うことを聞かないことは日常茶飯事なのに「かかり」でスタミナを浪費することはなく、サボることは多かれどヘロヘロになるようなことは皆無だった。ミスターシービーを彷彿とさせる、京都競馬場での菊花賞や天皇賞(春)において第3コーナー手前、ゴールから1km以上前からのロングスパートで最後尾から一気に先頭へ立って逃げ切った掟破りとも言えるその走法はそのスタミナの強さを強調するエピソードといえよう。
また、とにかくそのスタミナの多さを補佐する馬体の頑丈さも有名。競走馬時代においては一切怪我とは無縁であった。
元々メジロマックイーン血統の怪我のしやすさを克服するために小柄なステイゴールドの血を入れたもののそちらはうまくいかなかったのだが、予想外に父の頑丈さを受け継いだのかゴールドシップは現役時代は先の通りほとんど故障知らずで、大小問わずこれといった怪我もせずに現役を終えている。
ある時、脚を気にしている様子を見せたため「脚に何かあったか!?」と心配したところただの筋肉痛で、本人は至って元気にいつも通り気に食わない奴に蹴りをいれようとしていたという逸話もある。
ちなみにこの「体調管理」について、「ゴルシは頭がよかったので、予後不良になる馬がどういう状態かを概ね把握しており、それを避けるためにあえてセーブすることがあったのではないか?」という噂もある。やっぱり50戦を走りぬいた父ステイゴールドと似た部分がある。なお、引退後に馬体を検査すると競走馬とは思えないくらいの綺麗な健康体であったことから「実は現役時代はずっと手を抜いて走っていたのでは?」という疑惑が生まれるほどだった。
またゴールドシップは500kgを優に超える大柄な馬体でありながら、かなり筋肉が柔らかく柔軟な馬体で身体能力が高い馬だった。競走馬は身体が硬いと地面を蹴る力がしっかりと伝わって素早いスタートにキレのある速い走りができる反面怪我をしやすい傾向があるが、ゴールドシップは柔らかい筋肉がクッションにもなったのか日本特有の固めな高速馬場でも身体への影響が少なく、大きな蹄と合わせて不良な馬場でも地面をしっかり捉えて失速せずに走ることができたとも言われている。
かと言ってキレのある速い走りができないのかと言われたらそんな事はない。速さ特化の馬ほどではないが、二段ロケットと形容されるスパートを持っており、第3コーナーからのロングスパートで最後の直線に入り、直線で一気に加速してくる馬達を寄せ付けずさらに加速して圧倒できる末脚を持つ。柔らかい筋肉でありながらも大きな馬体を活かしたストライドの広さでぐんぐんと加速する事ができ、スタミナだけでなく本気で走った時のその速さがあったからこそ、G1を6勝できたとも言える。キレのある加速というよりは馬名よろしく船のような速度を上げるにつれ伸びていく加速である。
- なお、そのずる賢さのあまり手を抜く事を覚えてしまった故に、トップスピードで走るのはゴール前の直線ラスト100mも無いため宝の持ち腐れである。
さらに、メジロマックイーンの蹄が大きくて頑丈だが不同蹄(左右で大きさが違う蹄)だったのに対し、ゴールドシップの蹄は「マックイーンのように大きく頑丈で、ステイゴールドのように左右対称」という見事な良い所取りだった。これはコーナリングで有利に働き、皐月賞でのゴルシワープや菊花賞での常識破りなスパートも、スタミナだけでなくこの蹄あってこそだったのかもしれない。
先述したように健康体で引退したためか、現在でも時折牧場を走っている様子が見られる。引退して種牡馬になってからも現在進行形でネタを提供し続けており、いまだ話題に事欠かない名(迷)馬として輝き続けている。
因みに、芦毛馬としては比較的早いうちから白化が進んだこともあり、中身はともかく黙っていれば美しい馬である。
時は1950年代、ゴールドシップのオーナー・小林英一氏(ベアリング製造メーカー創業者)が馬主になる前の若い頃の話。彼はある騎手のファンになった。
その騎手とは当時「ミスター競馬」と謳われた名手にして、引退後は調教師としてシンボリルドルフ等を管理した野平祐二である。彼は騎手として「競馬関係者はジェントルマンでなくてはならない。ジェントルマンはフェアでなければならない」「プロの騎手はただ勝てばいいのではない。プロらしい技術を見せてファンを魅了しなければならない」というフェアプレー精神とファンサービス精神を持ち合わせた人物であった。小林オーナーは「野平の祐ちゃんの騎乗に、これから競馬は変わるんじゃないか、と可能性を感じたわけですよ。競馬から離れられなくなったのは、あの人のせいじゃないかと思うんですよね」と振り返る。
そして1960年代、小林オーナーは「馬主になりたい」と夢を抱かせた忘れ得ぬ1頭の馬に出会う。野平騎手のお手馬だったスイートフラッグである。下総御料牧場出身で星旗の牝系を持つ彼女は、シンボリ牧場オーナー・和田共宏氏が所有する重賞勝ち馬であった。小林オーナーは「姿形が凄く格好良くて、馬主になれたら、この馬の血統を買うと決めていました」と振り返っている。
その後、小型精密ベアリングの製造事業を成功させ、1988年に晴れて馬主資格を得た小林オーナーは知人の石栗龍雄調教師にスイートフラッグと同じ牝系の馬を探すように依頼したところ、調教師はスイートフラッグの妹アイアンルビーの孫を探し出した。この孫こそ、ゴールドシップの祖母パストラリズムであり、オーナーは彼女を人生初の所有馬とした。
パストラリズムは当時石栗調教師の門下生で、後に孫にも騎乗することになる横山典弘騎手を主戦騎手として迎え、現役時代は2勝を挙げた。繁殖入り後はタマモクロスなど様々な種牡馬を試す中、5番仔としてメジロマックイーンとの間にポイントフラッグが産まれる。ポイントフラッグは後に息子の調教師となる須貝尚介騎手を背に現役時代を駆け抜け、2003年に繁殖入り。初の配合相手にはフジキセキが選ばれ、その間に産まれたハニーフラッグにも須貝騎手は騎乗した。しかし、須貝騎手は騎手としてGⅠ勝利を果たすことなく引退し(重賞はGⅢを4勝)、調教師への道を歩むことになり、ハニーフラッグでの勝利が騎手としての最後の勝利となった。尚、このハニーフラッグはゴールドシップが誕生する2ヶ月前にレース中の怪我が元で5歳でこの世を去っている。
そして、2007年、産駒の小型化による脚部不安の防止を目的としてステイゴールドが配合相手に選ばれる。1回目は流産に終わるが、2008年に再び配合し、ポイントフラッグはステイゴールドとの子供を身篭った。
2009年3月1日、須貝尚介氏は晴れて調教師として須貝厩舎を開業するが、その頃、かつての相棒ポイントフラッグはある命をこの世に産み落とそうとしていた。
2009年3月6日、北海道沙流郡日高町の出口牧場で誕生。毛色が灰がかり始める前の当歳馬の頃は、父の母ゴールデンサッシュの血を思わせる、顔に大流星のある栗毛だったことが知られている。
可愛い仔馬だったので牧場の女性スタッフ達にちやほやされ、場長から「甘やかさないように」とお達しが出るほどだった。人にウケることを喜ぶ性質はこの頃から培われたのではないかと言われる。
出口牧場の出口俊一代表へのインタビューによれば、「性格はおとなしかったですね。ほんの少し我の強いところはありましたが、特に手を焼くことはありませんでした。」、「気性は父の特徴を受け継いで、許容範囲のやんちゃさでしたね」、「今思うと多少やんちゃだったかな。私もよく引っ張られたなあ」とのことであった。なお、3月6日は代表の弟の出口悟氏と同じ誕生日であり、悟氏はゴールドシップのレースを見る際には一緒に出走するような気持ちになったこともある様子。
また、出口牧場の同期には後に地方重賞馬となり、中央にも一時移籍して活躍する幼馴染ポアゾンブラックがおり、ゴールドシップは彼を放牧地で追いかけまわし、いじめていたという。
その後は同牧場や浦河町の吉澤ステーブルで馴致と育成を受ける日々を過ごす。
デビューが決定すると、デビュー前調整のため当時福島県天栄村にあった吉澤ステーブル福島分場に移動。しかし、ここでゴルシを災難が襲う。
幸いにもゴルシのいた天栄村は福島県でも内陸部にあり、津波や原発事故の被害を直接被ることはなかったものの、牧場も強い地震に襲われて設備が破損。避難のため北海道に戻ることになってしまった。
その後は、石川県の小松トレーニングセンターに移動し調整を再開。
また、吉澤ステーブルの社長である吉澤克己氏は、競馬ラボの取材に対して
- 「せっかく24時間掛けて福島まで来たのに、2週間もたたないうちに馬運車に揺られて、北海道に戻って行きました。北海道から弊社の分場の石川県に行ったりとか、あちこち回りました。そういう意味では僕も須貝先生もあの馬に何も調教していないですよ。あの馬を調教したのは馬運車の会社です(笑)。」
- 「結果的に、馬運車がゴールドシップを鍛えたのかもしれません(笑)。でも、あの大地震にあってなかったら、もっと言うことを聞かない馬になったかもしれません。地震の大揺れで大人になったのは確かです。」
と答えており、震災がゴルシに与えた影響は大きかったようである。
なお、ゴルシは震災時に何度もサイレンを聞いたせいかトラウマになっているようで、引退後もサイレンの音を聞いて興奮する様子を写した動画が残っている。
(2019年の動画。消防車のサイレンが聞こえるのだが、ゴルシはそれに反応して0:37頃から激しく頭を振っている)
潜在能力そのものは素晴らしく、時にその能力を示す破天荒なレースぶりでファンを驚かせた。GⅠ6勝という実績面でもそれは表れているのだが、一方でステマ配合の先輩たちの例に漏れず気性難であり、とにかく気分屋で馬券の予想という点では困難極まりない馬であった。
2歳時
震災などがありつつもゴルシの育成は進み、栗東トレセンの須貝尚介厩舎に入厩。
2011年7月9日、函館競馬場で行わた2歳新馬戦(芝1800m)でデビュー。
2番人気ながらも素晴らしい追い込みを見せ、コスモユッカをアタマ差で封じ、2歳レコードのおまけつきでデビュー勝ちを飾った。
次に挑んだコスモス賞でも、中盤から徐々に上がっていき、最終直線で先頭に立ってデビュー2連勝。しかし、重賞初挑戦の札幌2歳ステークスでは、グランデッツァの2着と惜敗。
ラジオNIKKEI杯2歳ステークスでは、いつものように後方からの競馬となったものの、さらに内から伸びてきたアダムスピークに差し切られ、4戦2勝で2歳シーズンを終えた。
3歳時
2012年牡馬クラシック
3歳の初戦として出走した皐月賞のステップレース共同通信杯ではディープブリランテを差し切り優勝。
本番の皐月賞では、序盤は最後方でシンガリに甘んじていたが第3コーナーでスパートを仕掛け、前方の馬達が荒れた内側のコースを避けて外を回った結果、がら空きになった内ラチ沿いを失速する事なく駆け抜け3番手に。まるで「ワープした」と言わんばかりの追い込みを見せ、ラスト1ハロンで先頭に立ち、見事に1着。(⇒詳細はゴルシワープ)
クラシック2戦目の日本ダービーではワールドエースと牽制し合った結果仕掛け遅れてディープブリランテの5着。
秋は同世代のライバルであるディープブリランテやワールドエースが故障で戦線離脱し、目立ったライバル不在となった神戸新聞杯を楽勝、そのまま最後の一冠に挑んだ。
クラシック3戦目の菊花賞は同じく最後方に控えながらも、本来ならここで仕掛けるのはタブーとされる高低差が4.3mもある京都競馬場の第3コーナーで仕掛け、そのままスタミナを切らすことなく一気に抜き去り1着。クラシック2冠を達成した。
4コーナー終わりから最終直線に入る辺り(動画2:40~から)で内田騎手が頻りに後ろを振り返っているが、「(ゴルシは競りかけられると伸びるタイプなので)誰か追いかけて来ないかな、と思ったが誰も来なかったのでそのまま行った(要約)」とのこと。ゴール後は舌をベロンベロンさせる余裕すら見せた。…馬も馬なら騎手も騎手である。
4歳時
明けて2013年、4歳となったゴールドシップ。天皇賞(春)のトライアルレース、阪神大賞典を完勝し、本番の天皇賞では1番人気に支持されるが悲願のGⅠ制覇に燃える同期フェノーメノに敗れて5着。
しかし続く2度目のグランプリ宝塚記念では珍しく先行。先行する芦毛馬は彼の母父を彷彿とさせた。大逃げ戦法で知られるシルポートに大きく離されても慌てることなく好位を保ち、直線でのスパートを仕掛ける。ジェンティルドンナの岩田康誠騎手が荒れたインコースから外に持ち出そうと馬体を併せにきたがジェンティルドンナを逆にはじき返し、そのままライバルたちを置き去りにして圧勝。GⅠ4勝目を挙げる。
かと思えば秋のジャパンカップではジェンティルドンナが連覇達成する遥か後ろで全く見せ場もなく15着と惨敗。これが原因で共同通信杯以降主戦騎手となっていた内田博幸騎手が主戦を下ろされてしまう。
連覇を目指した有馬記念では鞍上をイギリスの名ジョッキー、ライアン・ムーア騎手に交代して臨むも、大外枠の影響もあったが、これが最初で最後の顔合わせであったオルフェーヴルの圧倒的な強さの前に大きく離された3着と敗れてしまった。
5歳時
年明けの2014年、岩田康誠騎手を鞍上に据えて挑んだ初戦の阪神大賞典はまたも快勝し連覇を達成。
オーストラリアのクレイグ・ウィリアムズ騎手を鞍上に再度挑戦した天皇賞春では一歳下のダービー馬キズナと人気を分け合うが、ゲート入りの際にブチギレ出遅れ、怪我からの再起を図ったフェノーメノの一年ぶりの快走にまたしても敗れ7着と惨敗してしまった。
しかし、横山典弘騎手を鞍上に挑んだ宝塚記念では強さを見せ付け、同レース史上初の連覇を達成した。このレースでは(いつものように)スタートで出遅れ最後尾も、早くも最初の直線から第2コーナーにかけて大まくりをかけ先行策を取って番手に上昇。周囲にプレッシャーを掛けて得意の消耗戦に持ち込み、最終直線で悠々と抜け出して勝利した。
なお、上記動画サムネイルでも分かる通り、3歳の頃は素面で出走できていたものが、年齢と共にレースに対する気難しさが増し、それを補うためにどんどん馬装が増えていった。最終的にはメンコ(覆面、主目的は耳を覆って音を気にしないようにすること)・ブリンカー(目の後ろ半分を覆う弧形の馬具、横や後方に気を取られないようにする)・シャドーロール(鼻に被せる枕のような馬具、足元を見えなくして気にしないようにする)と多くの馬具を装着して出走していた。
秋初戦は札幌記念に出走するが、この年の桜花賞馬ハープスターの前に(斤量差はあるにしろ)完敗の2着。
その後、初めての海外遠征として、僚友ジャスタウェイ・ハープスターと共に凱旋門賞へ向かう。フランスでも本馬場入場で一頭のみ馬列を離れてメインスタンドに愛想を振りまきにいくなど安定の奇行を見せ、日本から駆けつけたファンも現地フランスの競馬ファンにも大ウケであったが、肝心のレースは終盤でゴルシが追い込みにかかろうかという時、隣の馬の騎手からムチで顔面を叩かれて完全にやる気喪失。14着に敗れた。
帰国後に出走した年末の有馬記念では1番人気に支持されるも、引退レースで最後の底力を見せたジェンティルドンナに及ばず2年連続の3着となった。
6歳時
現役最後の年である2015年。年明け初戦のAJCCはメンバー中唯一のG1馬として圧倒的な1番人気に推されるが格下相手に7着惨敗。出走予定のあったドバイシーマクラシックには出走せず、昨年までと同じ国内ローテを進むこととなった。
続く阪神大賞典は快勝し、このレースでは史上初の3連覇を達成。JRA平地同一重賞の3連覇は達成馬が三冠馬よりも少ない偉業である。
天皇賞春2015
阪神大賞典の後、右前脚の蹄球炎が発覚。陣営は当初春天を回避して宝塚記念のステップレースである鳴尾記念へ進む意向を示していたが、横山騎手は『(勝利する)秘策がある』といってゴルシの春天出走を口説き、3度目の挑戦が決定した。
これまで2度挑戦し、2度とも敗れた本番の天皇賞春は、宿敵フェノーメノが故障で不在であり、キズナに次ぐ2番人気となった。
このレース、まさに最初から最後までゴルシ劇場の集大成とも言わんばかりの暴れぶりであった。
最初はゲート入りを徹底的に拒み、後ろ向き(ゲート入りを拒む理由に閉所を好まないというのがあるので)で進ませるも失敗し、とうとう目隠しでゲートインし、それだけで観客が歓声を挙げる。
レースは淀の春天にとって最高の枠1枠1番……であったが、なんとそれをかなぐり捨てて序盤は最後尾、しかも大きく遅れての最後尾である。中盤スタンドを通過してようやく向こう正面に入るまでに徐々に順位を上げていく。ところが、なんと2周目向正面の難所の坂でスパートを掛け出す。これで一気に3位まで捲って行くが、観客から大きなどよめきと歓声が起こる。
菊花賞のくだりにもあるようにこの坂を全力で攻める事はタブー中のタブー、殊に古馬でこの攻めは普通ならば良くてスタミナ切れ惨敗、ヘタをすれば故障と言うまさに自殺行為とも言える攻めであった。
しかしこのコンビは坂の下りを4番手付近を大外で回りながら、直線で垂れるどころか再び加速してカレンミロティックを抜き去り、フェイムゲームの猛追を凌ぎ切り1着。6歳と若くは無いながらも、異常とも言える超ロングスパートで念願を果たした。
ちなみにこの日、鞍上の横山典弘騎手は「一番有利な最内枠にも拘らず、終始大外回の競馬をする」という、京都での天皇賞春において”普通の馬”と”普通の騎手”では明らかに不利となる常識外れの戦術をとっている。
理由はいろいろ推測されるが
- 「観客席の前を走らせ、観客の歓声を聞かせてゴルシのやる気を引き出す」
- 「力量差がなく、さらに高速馬場の京都ではゴルシの脚でも第4コーナーまでにトップ集団にいなければ追い込み切れないため、コーナーロスは徹底して避ける代わりに、直線にて早めのスパートでトップに差し込んでいき、終盤で得意のスタミナ勝負に持ち込む」
というゴルシの性格と馬場の特徴を考慮した冷静な判断があったとされる。
後日のあるインタビューでは『実は、乗せてもらえるよう口説くことこそが秘策だった』と嘯いている(つまり走る気になれば絶対勝てるという意識があったということである)。このコンビは文字通り「ウマが合う」のかもしれない。
なお、そんな横山でもゴルシにはだいぶ手こずらされたらしく、春天後の横山のインタビューでは「たまにでもいいから真面目に走ってくれれば」とのことであった。
なお、天皇賞春のように目隠ししてゲートインした場合、レース後にゲートインの再試験が行われるのだが、こちらはすんなりとクリアした(そうでなければ次の宝塚記念は出走できていない)。
事件発生
そしてゴールドシップを語る上で外せないレースの一つが、三連覇のかかった2015年の宝塚記念(通称『120億円事件』)である。
これまで阪神競馬場では無類の強さを見せていたゴールドシップは単勝1.9倍のダントツ1番人気だったのだが、前走でも嫌がっていたため目隠しでのゲート入りとなったことがかえって彼を興奮させのもあったか、隣のトーホウジャッカルが若干騒いだ事に触発されブチ切れトーホウジャッカルを襲撃しようとした為、スタート直前にゲートで立ち上がり大きく出遅れた(ちなみにゴールドシップはこの際二度立ち上がっている。一度目はそれを慮ってゲート開放を遅らせており、落ち着いたとゲートを開放した瞬間もう一度立ち上がってしまったのである。なおトーホウジャッカルに襲撃しようとして右肩を擦りむいてしまったと言うのは、ソダシのインタビューで語られたコイツに関する今浪厩務員の談)。
出遅れてもゴールドシップが真面目に加速すればなんとかなりそうなものだが、横山騎手がいくら指示をしても一切言うことを聞かず、見るからに力を抜いた走りを続けた。
一度やる気を失ったゴールドシップを動かすことは叶わず、圧倒的な1番人気ながら15着と大敗。約120億円の特大の馬券が一瞬にして紙屑と化した……。ゴール後は横山騎手にツッコミを入れられていたが、当のゴールドシップはしれっとした態度だった。一方で気まずい気持ちはあったのだろうか、須貝調教師を前にすると顔を逸らしている(馬の視界の関係上、目を逸らしても"見えている"ため、「目を逸らす」という行為を「悪い事をした」時にやるものだと理解してやったのだと思われる。もしかしたら彼なりの反省の態度だったのかもしれない)。
120億円事件当時、彼のゲート難に関して、横山騎手、須貝調教師のインタビューでも「彼に聞いてみないと分からない」「(練習では何もなかったのに)本当に分からない」と皆で頭を抱えていた。
ジャパンカップ2015
続く秋のジャパンカップは、レース内容以前にファン達はある不安を抱えながらパドックや返し馬を見守っていた。ゴールドシップが、春天でやらかした「枠入り不良」や宝塚記念でやらかした「枠内駐立不良」をもう一度やらかせば、問答無用で一定期間出走停止の制裁が下り、引退レースと決まっている有馬記念に出走できなくなることが分かっていたからである。結局、レースは4歳牝馬のショウナンパンドラに惨敗(10着)してしまうのだが、大人しく枠入りし、五分のスタートを決めた時点でファンはほっと胸をなで下ろしたのであった。
宝塚記念でやらかしておきながらなんだかんだと人気は高く、年末の有馬記念のファン投票は総合1位で選出され、引退レースに臨む事が出来た。
ラストラン
競走馬としてのラストランは2015年の有馬記念。自身4度目の出走となった。
宝塚記念にジャパンCと2連続でG1を二桁順位で惨敗した6歳馬であるにも拘らず、「ゴールドシップなら何かやってくれるんじゃないか」とそのキャラクター性などを買われて1番人気で出走。期待に応えるべく、かつてのように大捲りを見せ、その際には大きな歓声が上がった。が、上がり切ることが出来ず終盤で脚色が衰え、馬群に呑まれゴールドアクターの8着に終わった。
レースの展開は正にゴールドシップの必勝パターンであり、2013年のジャパンカップ以来久しぶりにゴルシの鞍上に復帰した内田博幸騎手も必死にムチを入れ、本人(馬)もやる気十分であり、首を振りながら全力で走ったにもかかわらずこれを完遂できずにいたことに、ファンはゴールドシップが燃え尽きてしまった、これで終わりなのだということを悟ったという。
いついかなる時も好き放題に走り、暴れ、やる気の無い時は惨敗し、本気の時は素晴らしいパフォーマンスを見せた彼のラストランは、
「本気を出した末に負ける」
という誰が見ても納得せざるを得ないモノであった。
自身と同じ芦毛の怪物と言われたオグリキャップや、前年、前々年のオルフェーヴル、ジェンティルドンナのような華々しいラストを飾ることは出来なかったが、レース後の夜に行われた引退式には4万人近くもの観衆が残った。
引退式では関係者のスピーチが行われ、数多くの勝ち鞍やあの宝塚での大失態などの思い出話が話されるなか、最後の鞍を務めた内田博幸騎手が「引退レースに華を飾れずにすまなかった」と話した時、ゴールドシップはまるで「気にするな」と言わんかのように嘶き、内田騎手やファンの涙を誘った。
式が終わり、写真を撮るために厩務員に引かれるが、いつものようにゴネ、拒否するように後ずさる。ターフに立つことはこれで最後になると悟ったのだろうか、何処か名残惜しそうな表情を見せた後に、観客席を見つめて盛大に嘶いた。
とは言え、レース展開は件の菊花賞のごとく消耗が余計大きくなる大坂でスパートをかけて最後方から順位をあげようとする本来なら無茶苦茶と言われる走り、しかも今までと違い一息入れるタイミングがなくゴールまで追いっぱなし。そりゃバテる。実はこの時ゴルシの大捲りを読み切ったマリアライトの早仕掛けにより、先頭に立つことを阻止されて息を入れるタイミングを作れなかったのだ。
むしろそんな走りでトップに立とうかというところまで追い上げ、その後も沈没せずにゴールしたこと自体がまだまだ十分やれることを示していた。最後まで好き勝手に走るゴルシ劇場だったように思われる(担当の松井装蹄士は「まだ衰えていない。むしろ磨きがかかっている」とまで評していた)。
生涯戦績は28戦13勝。勝率約5割。
そして掲示板入りしなかったレースは7戦。1/4は惨敗であり、同じく勝率約5割のオルフェーヴルが21戦中18戦連対、3着も1回だったのとは対照的。
GⅠ6勝馬としては異様に斑のある成績で、やる気のあるなしが此処まで結果に出る馬はそうはいない。
現役時代はコンスタントに出走し、獲得賞金額はおよそ14億。無事之名馬を体現する馬だったと言える(出走数3/4の代わりにコンスタントに入着していたオルフェーヴルに2億ほど負けてるのはともかく)。芦毛馬としては母父メジロマックイーン(10億1465万円)を超える最多獲得賞金と、メジロマックイーン・オグリキャップ(GⅠ4勝)を超える最多GⅠ勝利数を記録した。
余談だが、ラストランの有馬記念で3着に入ったキタサンブラックはこの後に数多の大レースを勝ち、自らに比肩する「みんなの愛馬」となってゆくのだが、ここではまだまだ先の話である。
その優秀な成績から良血統の繁殖牝馬が集まりやすい社台スタリオンステーション入りかと思われていたが、日高のビッグレッドファーム(北海道新冠町)で種牡馬入りした。これは、地元の日高の馬産業に貢献したい&ゴールドシップに無理をさせて寿命を縮めさせたくない馬主の意向や、同じステマ配合の三冠馬オルフェーヴルがすでに社台入りしていたことなどが関係していると言われている。
現在はビッグレッドファームで、亡き父ステイゴールドが使っていた馬房で暮らしている。
日高の種付けマイスター
牧場のスタッフによると、「非常に種付けが上手い」らしい。ちなみにステイゴールドも非常に上手かったようで、こんなところでも両親のいいとこ取りである。
大きくて柔らかい体でどんな相手もしっかり対応し、紳士的かつ丁寧な応対で繁殖牝馬の満足度は高いという。手際よく種を付け牝馬に余計な負担をかけず、ムード作りもしっかりやってるようで相手の牝馬にガチ惚れされてるケースもあるとかないとか。
種の質もいいのか受胎率が相当に高い。通常は平均受胎率70%ほどのところ、ゴルシは80%前後。再種付けまで含めれば頭数ベースでの成功率はほとんどの年で90%を優に超える。種付け自体の成功率は非常に高く、2019年の種付け成功率はまさかの99.1%(失敗例1)だった。
- ちなみに種付けに失敗したのは馬体の小ささで非常に有名な牝馬・メロディーレーン(父オルフェーヴル)の母であるメーヴェ。どうも受胎しにくい体質らしく、2021年現在産駒はメロディーレーン以外では2021年の菊花賞馬タイトルホルダー(父ドゥラメンテ)とベンバトルを父に持つ牝馬の二頭だけである。
2023年時点でも90%近い受胎率を誇っているとされており、如何に凄まじいかが見て取れる。
また、「種付けが大好きで、他の種牡馬が種付けに向かうのを寂しそうな目で見送る」そうだ。
自分の種付けと理解するといつもの暴れ馬っぷりが嘘の様に大人しくついてくる(というよりむしろ急かしてくる)とか。
ちなみにどのくらい好きかと言うとインタビューなどで「種付け」というワードが出た瞬間イチモツをボロンと出すくらいには種付け大好きである。
さらにはこれから種付けに行くと察するやいなや何度も飛び跳ねては立ち上がり、これ以上ないウッキウキ状態となる姿がよく目撃されている。ある意味ゴルシにとっては天職なのかもしれない。
笑い話のようだが、ロリコ…もとい、面食いで種付けが難航したウォーエンブレムや、(馬体が)小さくて種付けに苦戦しているドリームジャーニーとか種付け自体が大嫌いで後年荒んでしまったスペシャルウィークなど、種牡馬として問題を抱えた馬は珍しくなく、その事を思えば、種付け大好きで、選り好みせず(強いて言えば若い娘が好みとか)、スムーズにお勤めを果たせる事は種牡馬としては立派な才能である。
実際、受胎率の高さから不受胎を繰り返す牝馬の駆け込み寺的な需要の意味でもゴルシの存在は中小牧場にとってはありがたいのである(ただし、その影響で能力が低くなりがちな6月生まれも多い)。
産駒成績
2019年から産駒も競走馬としてデビューを果たし、徐々に結果を出し始めている。
種牡馬デビュー以来、第一世代が古馬となる2021年までに中央リーディング成績は88位⇒27位⇒18位と推移。
産駒デビューの2019年、札幌2歳ステークスでブラックホール・サトノゴールドの産駒2頭がワンツーを決めて産駒JRA初重賞という最高のスタートを切ったが、その後1年以上重賞馬が出ず、現役時の知名度の高さと期待感からの反動ゆえか、一時「ゴールドシップ産駒は走らない」と言われたこともあった。しかし初年度産駒からはその後ブラックホールに加えてウインキートス・ウインマイティーが重賞を制している。むしろ3年で既に(非社台系種牡馬としては)5指に入る存在に上がってきており、今後の推移が注目される。特にラフィアン系列は2022年度のシンジケート募集馬の1/3がゴールドシップ産駒、しかもほぼ全て満口と大きな期待を寄せている。
2021年、2年目産駒のユーバーレーベンがオークスを制覇し父としてGⅠ初制覇。オルフェーヴルよりはやや遅れたがクラシックホースの親となった。
ユーバーレーベンがオークスを勝利した際、ツイッター界隈などでは2着に入線したアカイトリノムスメ(馬名は母馬の名前アパパネに因む)と、父親の異名「白いの」「アレ」「白いアレ」などをもじって「シロイアレノムスメ」という異名が付けられてしまった。
2023年、4年目産駒のゴールデンハインドがフローラステークスで重賞を制覇。
年末にはマイネルグロンが中山大障害を勝利して牡馬のG1馬も誕生した(ついでに父の連続産駒重賞・G1勝利記録更新も阻止)。さらに2024年にはメイショウタバルが毎日杯を圧勝、ブラックホール以来5年ぶりの有力平地牡馬が出現している。
2024年、5年目産駒のコガネノソラがクイーンステークスを制覇。
産駒の傾向としては、ややフィリーサイアー(強い産駒が牝馬に寄る種牡馬)傾向で父譲りの芝中・長距離でのスタミナ勝負を得意とする馬が多め。しかし距離適性に関してはややマイルは苦手な傾向を見せているものの母系に合わせて柔軟性もあるようで、新潟1000m直線を主戦場にオープン入りしたジュニパーベリーのような、ゴルシのイメージとはかけ離れた産駒も出てきている。これについては母方の血統に左右されると言う事情もある程度存在するようである。
一方、ダート戦線では初年度産駒からマリオマッハーがまずオープン入りしたが、全体としては今のところ芝に比べいまいち。とはいえ、同郷・同馬主で「シップ」繋がりの牝馬、ウッドシップとの間に生まれた全兄妹たちを中心に、少しづつダート適性のある馬も勝ち上がりつつあるので、ダートで重賞勝ちする産駒が出る日も遠くはないかもしれない。
気性面については、父譲りの激しさ・難しさを備えた産駒もいれば、賢い側面を受け継いだおとなしい優等生タイプもいる模様。
その一方、父最大の強みである頑丈な肉体は上手く受け継がれておらず、病弱な産駒が非常に多いことが大きな課題となっている。
ユーバーレーベンも極軽度の屈腱周囲炎を発症した後、屈腱炎の再発によって引退に追い込まれ、そのまま繫殖入りとなっている。また、デビュー戦からの2連勝で若駒ステークスを制覇しながらも挫跖や筋肉痛などを発症して皐月賞まで休養したマイネルラウレアなどのように故障や体調不良で長い休養を過ごす産駒もいれば、故障で競走能力を喪失した産駒や、残念ながら予後不良となった産駒も少なくない。
ただしユーバーレーベンの場合は母方が屈腱炎を起こしやすい血筋(母親も母母も同時期に屈腱炎で引退している)で、むしろゴルシの血が入ったから軽度で済んだという可能性もある(あくまで憶測だが)。
また、どうやら白毛の牝馬に種付けをすると白毛の仔が生まれる確率が高いらしく、これまで3回白毛馬に種付けし
- 2022年・23年と白毛の米国産馬サトノジャスミンとの間に、これまた白毛の牝馬が連続して誕生(ゴージャス・サトノジャスミンの2023)。
と、白毛の仔を出す結果となった。
片やデビューからまだ日が浅く、片やまだ未出走で実力は未知数であるものの、ハクタイユー系、シラユキヒメ牝系に続く日本で3例目、4例目の白毛血統として注目を集めている。
血統的な面(オルフェーヴルは母母父ノーザンテーストを持ち4×3のクロスを持つが、ゴールドシップはノーザンダンサーの5×5を持つに過ぎない)を抜きにしても繁殖牝馬の差はオーナー、牧場共に重く見ているようで、近年はヘニーヒューズやシンボリクリスエス牝馬等異血統との配合が試みられている。
また、オーナーもゴルシの種牡馬生活支援の一つとしてアメリカ生まれの牝馬・ロータスランドを輸入し、JRAでデビューさせている(その経緯と、凄まじい競走成績から付けられたあだ名が「ゴルシの許嫁」・「嫁入りがまた延びた」等々。2024年高松宮記念を以てようやく嫁入りした。ロータスランドの項目も参照)。
とはいえやはり非社台というハンデは現在の競馬界において重く、比較されがちなオルフェーヴルには現状産駒成績においてやや差をつけられているが、牝馬の質が限られ、しかも上述の通り駆け込み需要の影響で5月・6月生まれが多くなりがちになりながらも普通に活躍馬を輩出し、サイアーランキング上位に入っている事から、中堅種牡馬としての地位を確立しつつある(そのせいか日高はおろか、社台系の種牡馬と比較される事も屡々)。
日常生活
引退後の様子が映された動画ではかつての担当厩務員・今浪隆利氏が顔を見せに来るとやたら構ってもらおうとする可愛げのある場面も見せている、というかなんとかして柵を破壊できないか考えているようにも見える。最近は破壊しようとすると今浪氏にたしなめられるからか、穴を掘ろうとし始めるらしい………潜る気だろうか?
今でも嫌なことはひたすらゴネれば何とかなると思っているとか、取材が入るとカッコつけたポーズを取ったりとか、根本的な性格は変わらないようである。しかしもう調教を受けなくてよくなったためか、現役引退後はあまり暴れなくなった模様。ステイゴールドを担当したスタッフから「本当にあいつの息子か?」と思われるほどだという(ステイゴールドは隙あらば襲いかかってきたらしい)。
引退後 見学に来た子どもたちの前でもいつもの調子なゴルシ
ゴルシがよくやる二足歩行は「馬が興奮している証拠」であり、危険信号なのだが、ゴルシの場合は「ウケるパフォーマンス」としてやっている節があり、子供が来ると興奮しているとは思えないのに何度か立ち上がって得意気にしているとか(上の動画にて18:11~18:25の間に、子供たちの前で立つパフォーマンスをやっているが、決して子供たちを巻き込むこともなければ、そのあとも暴れる様子はない)。二足歩行やロデオなどでその身体能力の高さは今も発揮されており、健康健在である。
現在同じビッグレッドファームにいるアドマイヤマックスとは犬猿の仲だが、後輩のウインブライト(同じステイゴールド産駒の芦毛だが気性は大人しい)とは仲良くやっているようで、一緒に走ったりもしている。また大先輩グラスワンダー(2020年に種牡馬を引退し別の牧場へ移動)がいた頃は、グラスの馬房の前を通る度に立ち止まって挨拶していたという。
また、父ステイゴールドや同じ父を持つオルフェーヴルが、自分の糞を嗅いで悶絶したような声を上げた一方、ゴールドシップは自分の出した糞を嗅ぐと、何故か小便をかけた。これは妙なところで血の繋がりを感じさせてしまった珍場面として有名である。
さらに牧草を水に浸けてふやかしてから食べたり、そうして風味の着いた水を飲むのが好みのようだが、これもステイゴールド譲りの癖のようで、オルフェーヴルやドリームジャーニーもやっている。どうやら牧草を水に浸す行為を含めて気に入っているようで、最初から浸されているとキレる。
馬なのでフレーメン反応もするが、ウケがいいことが分かっているのかわざとらしく、しかもカメラ目線でやることも。
また、2021年12月現在は、引退馬した競走馬の近況についての広報や、牧場見学などを中心とした各牧場への連絡の仲介等を行っている、「競走馬のふるさと案内所」というサイトでは各ページのヘッダー画像に採用されており、どのページを見てもゴールドシップの顔を拝むことができる。
2022年9月頃には、ウマ娘のゴールドシップ役を務める上田瞳氏が帯広競馬場のイベントに参加するために北海道に来ていたのだが、その際イベントでのトークとTwitterにてビッグレッドファームにいるゴールドシップに会って来たとことを報告している。残念ながら写真は諸事情で載せれなかったそうだが、ツイートから上田氏がゴールドシップに会えて嬉しい気持ちが強く伝わってくる。
https://twitter.com/weeeda_i/status/1572000637436727296?s=46&t=PtAxRYWKqJrRqicIsBbtEQ
その気性難から様々な伝説を残している。
- 調教は基本的にやる気がない。気分が乗らなければ全く走らないかなりの気分屋。
- 蹴り癖が酷い。とにかくボス馬気質が強く、人、馬問わず気に入らないやつは蹴る。特に他厩舎のボス馬だったトーセンジョーダンは見つけ次第蹴りに行く。白い馬体に蹴り癖注意の尻尾の赤いリボンがよく映える。
- お尻を触った奴も許さない。即座に蹴る。好かれている今浪厩務員もゴルシのお尻を洗うときは慎重にやるそう。
- なのだが、今浪隆利厩務員にはデレデレ。(ただ機嫌が悪いときはお気に入りな今浪さんでも手が付けられない)
- 逆に須貝尚介調教師は嫌いなのか、一緒に写った写真はどこか目が死んでいるように見える。2015年の春天のレース後でも今浪厩務員にデレデレな一方で須貝調教師を拒んでいる様子が見られる。
- 一連のエピソードを統合すると「今浪厩務員は自分の身の回りの世話や遊び相手をしてくれる良い人、須貝調教師は調教や競走など、自分のしたくないことを強制する嫌な奴」と理解し、好き嫌いをはっきり表していたのであろうと考えられる。
- 性格も荒く、近づいてきた馬はほぼ必ず威嚇する。
- 2014年の天皇賞(春)ではゲート内でフェノーメノに対し馬とは思えない声(例えるなら熊が吠える声のそれに近い,必聴)で吼え、周囲を驚愕させた。この出来事についてはゲート前レポートを担当した細江純子、参戦したジョッキーなど複数の関係者の証言が残っている。曰く「えっ、ここ馬しかいないのに?」「馬が吠えるのを初めて聞いた」。
- 吼えた要因として、ゲートに入って扉を閉じる直前に係員に尻を押し込まれた、蹴ることもできずストレスは溜まり怒り大爆発したのでは、と言われている。なお、今浪厩務員曰く「隣の枠のフェノーメノに対して威嚇をしていた」らしい。フェノーメノは前年の優勝馬であり今回も勝って史上3頭目の連覇を果たしており、ゴールドシップはフェノーメノが強敵であるのをわかっていたのかもしれない。当の本人はゲート入り直後に唸り吠え暴れた為かスタートはいつも以上に遅れ終盤も伸びずに7着となっている。
- 当日のフェノーメノの騎手だった蛯名正義が勝利後の検量室内でゲート内のゴールドシップの動きを再現、それがテレビの競馬実況番組で生放送されてしまう。
- 2014年の天皇賞(春)ではゲート内でフェノーメノに対し馬とは思えない声(例えるなら熊が吠える声のそれに近い,必聴)で吼え、周囲を驚愕させた。この出来事についてはゲート前レポートを担当した細江純子、参戦したジョッキーなど複数の関係者の証言が残っている。曰く「えっ、ここ馬しかいないのに?」「馬が吠えるのを初めて聞いた」。
- 坂路調教で登りきった後、立ち上がってUターンして後ろから来る馬を迎え撃つ。
- 厩舎に帰ってきただけで隣の厩舎の馬がザワつく。
- 調教中に出会った他厩舎の馬がすごい勢いで逃げようとする。
- 勝った後の口取り写真の撮影は露骨に嫌がって、長時間ゴネる。
- レース時のパドックでは大人しくしているが、本馬場入場前にロデオの暴れ馬が如く暴れる。
- 2013年の宝塚記念勝利後の記念撮影時、おとなしく連れられて人々の間に並んだ瞬間、ついゴルシの尻を触ってしまった人を周囲の数人をまとめて後ろ両脚で蹴り、文字通り吹っ飛ばしている。
- 人にチヤホヤされるのが大好き。
- 調教中に北村浩平調教助手を振り落とし、右肩脱臼で病院送りにする。
- それでも北村助手はデビューから引退まで一貫してゴルシの調教を担当し続け、「芦毛の怪物の背中を最も知る男(サンケイスポーツ)」と呼ばれた。なお、北村助手は騎手からの転身組であり、メディアの取材では現役時代ゴルシに乗れなかったことを悔いとして挙げるとともに、もし乗るなら大逃げの戦法を取っていたことを述べている。
- 担当の須貝調教師をストレスで円形脱毛症にした。
- ちなみに、須貝師は円形脱毛症になった部分を調教師仲間にマジックペンで黒く塗ってもらっていたらしい。そんな隠し方しなくても……
- なお、ゴルシを扱い切ってしまったがために、須貝厩舎には癖馬の入厩申し込みがよく来るようになったらしい。須貝調教師の苦労は続く……
- とある厩舎スタッフが差し出したニンジンを無視して手に噛み付いた。
- 血筋に倣って非常に頭がよく、人間が言っていることを概ね理解した受け答えをしたり、自分で応答に関する優先順位をつけていた。
- デビュー戦のために函館競馬場に入厩した際、競馬場スタッフに「常に二足歩行する化け物みたいな芦毛が入厩してきたぞ、みんな気をつけろ」というお触れが出されていたという。
- 主戦騎手だった横山典弘騎手曰く(今浪厩務員を称賛する形で)ゴールドシップの馬房に入るなんて、恐ろしくて俺にはできないと言わしめた。
- と言うのも、横山騎手はあちこちの厩舎に顔を出しては酒をあおって馬房で昼寝していたエピソードが存在し、ゴールドシチーの半弟で彼以上の気性難とされたクラウンシチーの馬房でも寝ていた(そして蹴られて倒れたと勘違いして大騒ぎになった)程である。
- ゴルシが勝利した2012年の有馬記念はカタールレーシングのチェアマンでもあるファハド・ビン・アブドゥラ・アール・サーニ殿下(元カタール首長の息子で現カタール首長の従弟)が生観戦しており、これが殿下が日本競馬に関心を持つきっかけとなった。
- 2013年京都大賞典の敗因の1つとして、京都競馬場の出張馬房で牝馬に挟まれたことで、馬っ気を出していたことを今浪厩務員に挙げられる。
- フランス遠征でも大暴れ
- 札幌記念で鞍上の横山騎手はハープスターの鞍上の川田騎手に握手を求めたが、横山騎手の目的の1つには、フランス遠征に備え、女好きのゴルシをハープスターのような牝馬に近付けたらどうなるかの確認作業もあった。
- 空港での待機中、ゴールドシップとハープスターの間にジャスタウェイを置く配置となったが、女好きなゴールドシップからハープスターへのセクハラ対策と噂される。
- フランスへの移動中、高速道路を降りたところ、周りに牝馬がいない状況にもかかわらず、謎の馬っ気を出した。
- 現地の厩舎と調教を行うシャンティイ競馬場の間は40分ほど森の中を抜けて行くコースだった。騎手を背に乗せて歩き、今浪厩務員は徒歩で後を追っていたのだが、ルンルン気分のゴルシはそのまま加速。今浪厩務員はフランスの森の中に取り残されてしまった。道を知らなかった今浪厩務員は後に「迷子になってしもたんや。このまま死ぬかと思った。無事に帰れてよかったわ。」と振り返っている。
- ジャスタウェイとの坂路での併走中、前方に崖があることに気付いた横山騎手が停止するよう指示するも逆に跳び上がり、暴走。崖の前で急カーブして、近くのゴミの山を駆け登り止まったものの、横山騎手は死を覚悟した。なお、ジャスタウェイは途中で停止した。
- また別の日に同じ坂路でまたもや暴走。輪乗りしている海外馬たちに向かって突っ込んで行ったので、横山騎手は日本語で「逃げてー!」と絶叫。
- 凱旋門賞での馬場入場で1頭だけ列を離れ、客席へ愛想を振り撒きに行った。なお、ジャスタウェイは彼をスルーして立ち去り、ハープスター含めた一部の馬は客席を離れたゴールドシップが走り出すのにつられて走り出した。
- また、ジャパンCでも一頭だけ列を離れて観客の前で数十秒間静止して歓声を浴びたり、レース中に歓声を受けて少しやる気を出して加速したりと観客大好き。
- 引退式に日本歌謡演歌界の重鎮北島三郎を前座にしてしまった馬。これは、ラストランとなった有馬記念に北島氏が事実上の馬主のキタサンブラックも出走していたことから実現。3着で終わったものの、この後控えていたゴールドシップの引退式までの時間が余っていたため、用意していた持ち歌「まつり」をカラオケ付きフルコーラスで大熱唱。その場にいたのが、キタサン騎乗後ゴルシの勝負服に着替えていた横山典弘と引退式待ちのゴルシファンだったため、見ようによっては前座みたいなことに。引退式でまた新たな伝説を作ってしまったのであった。
- 種牡馬入りして(嫌いな)調教も無くまったり過ごしているが、牧場には見学者が絶えない。カメラやファンを理解しているのか、チラッとこちらを見ては走り出したり目の前で用を足したりとレース時以外でもファンサービスは欠かさない。ビッグレットファームで行われる地元の小学生の見学会でも、後脚で立ち上がったり変顔したりとやりたい放題。
- そのひょうきんな顔芸や素っ頓狂な行動などから頭がおかしいのではないかと言われることもあるが、関係者からはほぼ一様に「ゴールドシップは(ズル)賢い」と言われる。例えば舌をベロベロ出す場面がよく取りざたされるが、どうやらゴールドシップは舌を出すこと=挑発、煽りであることを理解しているらしい(本来競走馬が舌を出すのはハミを上手くかませられていない場合など、決して良い事ではない)。暇が有れば変顔したり舌を出している。菊花賞のレース後にベロンベロンしているシーンが映像に残されている。
- 一方その賢さと裏腹に、普段のマイルール全開ながら気に入った相手には甘える素振りや、やる気の有る無しで乱高下した競走成績から、繊細な一面も持ち合わせていると評されている。
- 須貝調教師はAsian Racing Reportのインタビューにおいて自身の仕事(競走馬の調教師)を「音楽プロデューサーのようなもの」とした上で、須貝厩舎の代表馬であるゴールドシップ・ジャスタウェイ・ソダシを歌手に例えたのだが、語ったゴールドシップの例えは「ロックスター」。それも正確に言うなら「クスリをやっているロックスター」というもので、「ショーに来たホテルで家具を窓からぶん投げるみたいな馬」とまで言われてしまっている。
- ちなみに、「ジャスタウェイはフォーク歌手、ソダシは日本のアイドル」らしい。そんな須貝氏も、父から譲り受けた馬頭観音の掛け軸に描かれていた芦毛の馬がゴルシに似ていたことを語っており、自身の厩舎に厩舎初重賞・初GⅠなど数々の功績を齎したこともあったのか、ゴルシについて「神様の馬」と称している。
- 2021年のネット流行語100に競走馬(しかも当時は種牡馬)として唯一5位に入選。
…など、彼にまつわるエピソードは書ききれないほど多い。多すぎてその実績が隠れてしまう程。こうしたレースでのエンターテイメントぶり(奇行とも言う)もゴールドシップが人々に愛される所以の一つと言えよう。
親友のジャスタウェイ
暴れん坊と優等生、最強のふたり
(NumberPLUS「Number競馬ノンフィクション傑作選 名馬堂々。」より)
そんなゴルシと仲が良かったのは、別ベクトルでネタ馬かつ2014年の世界最高レートを獲得した馬ジャスタウェイ。同じ須貝厩舎で馬房も隣同士だが性格が真逆だった。
あちらが「真面目優等生」なのに対しこちらは「暴走インテリヤンキー」であり、調教はジャスタウェイが宥める関係だったらしい。
2頭は同い年だが得意な距離が違う(ゴルシは2000m〜3200m、ジャスタは1600m〜2000m)ため一緒に出走したレースは2012年の東京優駿と2014年の凱旋門賞と有馬記念だけではあったが、調教で2頭で並走する時はゴールドシップもやる気を出していたようである。それだけに、並走で負けた時に凹んで体調を崩したことも。割と繊細である。
人や馬の好き嫌いもテンションの上下も激しいゴールドシップとウマが合う珍しい存在で、たいへん仲がよかった。
- 普段調教を嫌がるゴルシが、ジャスタウェイと一緒に訓練する際には互いに闘争心を駆り立てる(出典:うまレターVol.169、名馬堂々。)
- ジャスタウェイが前にいるとゴルシの落ち着きが全然違う(出典:名馬堂々。馬三郎、あの馬を訪ねて)
- トレセンで離れ離れになると互いの姿を探し合う(出典:名馬堂々。)
- 有馬記念のパドックで他馬に後ろを歩かれるのが嫌いなはずのゴルシがジャスタウェイの前を楽しそうに歩いている
- ゲート裏への移動中に先を行くジャスタウェイにゴルシが小走りで駆け寄るとぴったりくっついて歩く
- 「(ゴールドシップは)寂しかったんじゃないかな。ジャスタウェイが先に引退してしまって」と須貝調教師(出典:2015年ジャパンカップ前の須貝厩舎見学動画)
など、仲睦まじいエピソードが残っている。
なお
- フランスでの調教中に進行方向に崖があることに気づいた騎手の指示に反抗したゴルシが崖に突っ込みそうになる一方で、自分は途中で停止する
- 凱旋門賞入場時のゴルシの奇行から顔を背ける
- ゴールドシップはジャスタウェイにも時々吠えていたが、ジャスタウェイは特に気にしてない
- ゴールドシップなど、他の馬が近くで暴れていても気にせず食事をしたり寝たりしていた(出典:名馬堂々)
など、ジャスタウェイもゴルシとは別ベクトルに図太くマイペースな面があった。これがゴルシに気に入られる秘訣?なのかもしれない。
また、ジャスタウェイは右前脚に爆弾を抱えており、左回り中心に使ったり長い休みをとる必要があった。
これができたのはゴールドシップの存在が大きく「ジャスタウェイ以外に期待馬のいない厩舎だったら、無理な使い方をして成長しきれなかったかもしれない」とは厩舎関係者談。
つまりゴールドシップが須貝厩舎のエースとして活躍してくれたからこそ、ジャスタウェイはその間にしっかり休養を取りつつ調整し、覚醒の時を迎えられたのだ。
担当していた須貝調教師はAsian Racing Reportのインタビューで、「ジャスタウェイは扱いやすかったが、最大の学習曲線はゴールドシップからで、ゴールドシップと同じくらい気性の激しい馬がいるとき、調教や厩舎では馬をコントロールできる必要があるが、その能力を消すことはできない。だから、彼が落ち着くように、必要なときに集中し続けると同時に、彼を阻害せず、レースでベストを尽くすようにしようとして、本当にバランスが取れていた」と語っている。
引退後はそれぞれ別の種牡馬繋養牧場に移ったがジャスタウェイは他の芦毛馬を見かけるたびに反応しているため、芦毛フェチ疑惑あり。
また、須貝調教師は「寂しかったんじゃないか。ジャスタウェイが先に引退してしまって」といった発言も残している。
「Number競馬ノンフィクション傑作選 名馬堂々。」という雑誌ではジャスタウェイとゴールドシップが「暴れん坊と優等生、最強のふたり」というキャッチフレーズの元紹介されている。
そこで現役時代にゴールドシップの担当厩務員だった今浪隆利は「能力が近かったので、一緒に上がっていき、強くなれたのでしょう。どちらかが欠けていたら、そうはならなかった」と語っていた。
須貝調教師も「ジャスタウェイは真面目な優等生気質。それに対してゴールドシップはあんなの、でも能力は双方あるのでお互い切磋琢磨できるようにと意図的に一緒に行動させていた」と語っている。
それほどまでにお互いの存在は大きく、だからこそ親友と呼ばれるのだ。
また同じく須貝厩舎にいたタイセイモンスター(アグネスデジタル産駒)とも仲が良かったというが、こちらも大人しい性格だった。
引退後に知り合ったグラスワンダーやウインブライトもそうだが、性格が正反対の大人しい馬と相性が良い模様。
ゴルシは単にプライドが高いだけではなく神経質な一面もあるため、自分の気に障ることをしない馬を気にいるのかもしれない。
タイセイモンスターは2013年11月に引退し、直後の2013年ジャパンカップでゴルシは15着となっているが、「タイセイ引退のショックで体調を崩したのではないか?」という説がファンの間では囁かれている。また、ジャスタウェイ引退直後のAJCCでも同様の説が囁かれている。
人気馬だけに異名も多い。
現役時代からの競馬ファンからの最も一般的な通称・愛称は「ゴルシ(ゴールドシチーやゴールデンシックスティと被るとの声も)。また、須貝厩舎では「シップ」と呼ばれていたことから、この呼び名で呼ぶファンもいる(それはそれでルーラーシップと被るが…)。因みに担当厩務員だった今浪氏は、馬の方のゴールドシップは「シップ」、ウマ娘の方は「ゴルシ」と呼び分けている模様。
一方、馬券を買う立場からは予想が難しい馬であったため、白毛馬を差し置いて呆れ・諦めを込めて「白いの」とも呼ばれていた。果ては「猛獣ゴルシ」「暴れん坊将軍」「日高の白い悪魔」「アレ」など馬なのかどうかすら怪しい呼び名も頂戴している。UMAかもしれないが。
また、某競馬マンガの似た者同士から「芦毛のベアナックル」と言われたりもしていたらしい。
また冗談めかして「ゴールドシップがロングスパートを仕掛ける度に(非ステゴ産駒の)誰かがぶっ壊れる」と言われ破壊神なるあだ名を頂戴していたが、現に12世代牡馬の多くが怪我により早期引退や長期休養を余儀なくされている(菊花賞2着のスカイディグニティは有馬記念5着の後屈腱炎で2年近く休養、ベールドインパクトは13年阪神大賞典後重度の屈腱炎で即引退等)為、あながち冗談ではなかったりする。果ては菊花賞ではスカイディグニティに騎乗していたイオリッツ・メンディザバルが脱臼するアクシデントから騎手すら破壊したともネタにされた。
その他、以下のような異名で呼ばれていた。
後年この馬を紹介する時によく使われる二つ名はこれである。「不沈艦」は強さ・しぶとさ・頑強さなどを備えた存在に対して用いられるが、船に関する馬名と、馬群後方に沈み、これはもう負けた、と思われた展開からの逆転勝利(2012年皐月賞・有馬記念、2015年天皇賞春など)を度々見せたことから。
……現役後半はムラのある成績で「しょっちゅう沈没してんじゃねえか!」とツッコまれていたが、怪我で轟沈しないという意味合いもあるのだろう。あるいは、自分の気分で沈浮上していることから、彼は艦は艦でも潜水艦だったのかもしれない。
気性の荒さと気分屋であることに関するエピソードは枚挙に暇がない(しかも頭がよく人間の考えていることを分かっている節があり、簡単に丸め込めない)。結局、同じく暴れ馬で知られた父ステイゴールドの異名を見事に襲名することになってしまった。出口牧場代表も須貝調教師も気性については父親似と評している。
ただ、ステイゴールド並びに他のステイゴールド産駒は文字通りの暴れ馬だがかかり知らずのゴールドシップはメジロマックイーン由来の頑固な面もあるという声も。
なお、須貝厩舎の馬房には猛獣注意の札が掲げられていたという。
白っぽい馬体に灰色~黒の斑点が細かく浮かぶ馬体からの連想。これはゴールドシップに限ったことではなく芦毛馬に普通のことで、成長ごとに体毛に白い毛が混じって灰色がかり、やがて白くなっていく。よって若い頃の異名であり、種牡馬になった後はほぼ白馬になっている。
なお、愛着と揶揄の入り混じった後述の「苺大福」と異なり、成績にムラの出てきたゴルシに対し「こんな奴もう不沈艦じゃねえ!ただの豆大福だ!」的に使われていた異名なので、使い所には注意。
2つ由来があり、ひとつは白い馬体の上に赤い勝負服&尻尾に赤いリポン&ピンクの鼻先と、赤い要素が多いことからの見立てによるもの。(このピンクの鼻は他の馬とゴルシを見分けるポイントのひとつ。ゴルシは鼻から上唇にかけ、数字の「3」のような形のピンクの斑がある。)
もうひとつは1着か5着しか取らない時期があったため。2012年2月の共同通信杯から、2013年10月の京都大賞典まで、10戦連続で1着か5着だった(特に2013年は1・5・1・5着)。やっとジンクスが破られた2013年11月のジャパンカップは15着だったので、見事なオチがついたというべきか。
これまで書かれてきた様々なネタから「(こんなにムラっけのある)ゴルシを買う奴は馬鹿。(これだけ強い)ゴルシを買わない奴も馬鹿」と言われ、競馬の中でも特にギャンブル性の高い馬だったようである。その気まぐれさはファンにも知れ渡っており、前述のように特にギャンブル性が高いことを意識して馬券を買っていた。
120億円事件では当然怒り心頭の人間も居たが、その怒りはほぼゴルシに向けられており、横山騎手やゴルシの関係者はむしろ同情を買い、更にその怒りも多くの競馬ファンから「ゴルシを信じる奴が悪い」と一蹴され、「やる時はやり、やらかす時はやらかす馬」と評された。ゲート難自体はルーラーシップやブチコ等もっと酷い馬もいるのだが、ここまでネタにされる馬もそうそういない。
なお、ゴルシは勝つときも勝つときで一筋縄ではいかず、ロングスパートによるスタミナゴリ押しのレース展開にした結果2着以下にもスタミナ自慢な人気薄を連れてくることが多く見られた。そのためゴルシ軸で馬連や3連単狙いの馬券師はしばしば悶絶させられており、そっちの意味でもギャンブル性が高い馬として扱われていた。
気分がのってると最強、悪いと沈む。安定感が無く中々最強馬や実績の凄さなどで名前が上がることは少ないものの、それでも4年間無事に走り抜いて重賞を11勝、内G1を6勝もできたのは彼の確かな実力の賜物だろう。
総じて言うならば、「迷馬にして名馬」の代表格。それがゴールドシップという馬である。
須貝尚介:現役時代のゴールドシップの調教師。乗せようとしなかったり、目を合わせようとしなかったりと何故かゴールドシップから嫌われている。だが暴れ者で終わりかねなかった馬をGⅠ6勝まで導いたのは、間違いなく須貝調教師の功績である。
ジャスタウェイ:現役時代に厩舎の隣の馬房にいた同じ12世代の牡馬。ゴールドシップと性格は正反対だが仲は良かった。雑誌の特集で仲良しタッグとして一緒に紹介されることがたまにある。
ソダシ:世界初の白毛のGⅠ馬&桜花賞馬(21世代)。ゴールドシップと同じ厩舎に属し、調教助手&厩務員も同じだったため、何かと比較される。
ユーバーレーベン:産駒初のGⅠ勝利&オークス馬。ソダシとは同世代でライバルだった。
マイネルグロン:牡馬産駒初のGI勝利。
ヴェローチェオロ、ニホンピロゴルディ:尾花栗毛のゴルシ産駒。
スカーレットテイルの2024(コルシ):ゴールドシップとダイワスカーレットの血を引く唯一の子馬。
ロータスランド:同馬主の重賞勝ち牝馬。ゴールドシップの許嫁。
ベアナックル:漫画「みどりのマキバオー」に登場する競走馬。名馬かつ迷馬繋がり。
マロン号:漫画『銀の匙』に登場する騎乗馬。北海道生まれの元競走馬で、サービス精神旺盛で知性も気位も高い暴れ馬の白毛馬。ちなみに「ギンノサジ」というゴールドシップ産駒が存在する。(2018産)。
ラニ:主にダートを得意とする芦毛馬。彼もまたゴルシに似たりよったりな距離適性や脚質、手の付けられない暴れっぷりで、ファンからは「砂のゴールドシップ」と呼ばれたこともある癖馬。
レインボーアカサカ:平成元年の札幌記念(ダート1700m、芝コースは翌年より使用開始)でガチガチの1番人気を背負って大出遅れをやらかした大先輩。
無事之名馬:健康なのが一番(?)
コメント
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